【01】ミーシャの手紙
「……で、そのあとはどうなったんです?」
二〇一八年、クリスマス間近のマンハッタン。
イーストハーレムの片隅にあるバー『夕暮れから夜明けまで』
クーパーの問いに、闇エルフはジントニックを飲み干してから寂しそうに微笑む。
「視界が青白い光いっぱいに包まれて、気がついたらどこかの田舎道だった。……両側には農場が広がっていて、あたしは未舗装の道の上に座っていて……。しばらく周囲を見渡して、あまり、こっちも向こうも変わりないんだなって妙に冷静にそう思った。……あとから死ぬほど色々びっくりさせられたけど」
「あはは……なるほど」
クーパーもペールエールを飲み干して、二人で新しいグラスを注文する。
すでに、かなりの量のグラスを空けていたが、闇エルフはまったく変化を見せない。
クーパーも酔ってはいたが意識は鮮明だった。目の前にいる彼女の話が、脳内のアルコールを吹き飛ばすくらい興味深かったからだ。
テーブルには、話の合間に頼んだつまみの皿がいくつか並んでいる。
そのうちのひとつのムール貝の酒蒸しに手を伸ばして、クーパーは問うた。
「……で、到着した場所はどこだったんですか?」
「スペインのアンダルシアの外れ」
「スペインでしたか」
闇エルフは頷く。
「とりあえず、海の上に出なくてほっとしたわ。それで、思い出したの」
「ミーシャさんの手紙ですね?」
「ええ」
闇エルフは、ポーチの中からぼろぼろの封筒を取り出す。それをテーブルの上にそっと置いた。
「見てもいいですか?」
「構わないよ」
闇エルフは肩をすくめた。
クーパーは、封筒を開けて中に入っていた便箋をひらいた。
そこには、あのカリオンの山小屋で見つかった書物と同じ様な文字が並んでいた。
「読めません」
クーパーは端的に素直に言った。すると闇エルフは吹き出す。
「それもそうか」
「で、この手紙には、何と書いてあったんですか?」
クーパーは便箋を封筒の中に戻し、闇エルフに返す。
彼女は手紙を受け取りながら言った。
「この手紙には――」
一九七九年のスペイン。
アンダルシア州セビリア県の片田舎。
異世界転移を果たしたのち、しばらく呆然としたあとで周囲を見渡して、ロザリア姫は荷物の中からミーシャの手紙を取り出した。
乾燥した未舗装の農道の上に座り込んだまま、封筒を開けて手紙をひらいた――
『親愛なるロザリア姫へ。
今はもう異世界へ辿り着いた頃でしょうか? そうだったら嬉しいです。
あたしは姫様にずっと秘密にしていた事があります。
実はあたし、そちらの世界で生まれ育ち、そちらの暦で二〇四〇年から転移して来た異世界人であります。
姫の元いた世界の転移術では到着する時間と場所は選べませんが、そちらの世界の二〇四〇年では、すでにある程度の範囲で、到着する時間と場所を指定できる転移術が開発されているのです。
あたしは、その転移術を使って、あなたを救うためにこっちの世界へとやって来ました。
あなたは、このあと、苦労もありますが素敵で善良な人々と出合い、とても幸せな人生を送ります。
しかし、そちらの世界へと向かう時に大勢の親しき者達があなたのために命を賭して死に、あなたはその事をずっと悔やんでいたそうです。
本当に自分だけが幸せになっても良いのだろうか……。
幸福が訪れるたびにそんな自問自答を繰り返し続けたあなたは、緩やかに精神を磨耗させ、月日を重ねるごとにゆっくりと病んでいきました。
自分が魔王の転生体かもしれないという疑念も、随分とあなたの心を苦しめた様です。
ともあれ、長い年月、幸せを享受しつつ罪悪感に苛まされ続けたあなたは、ある日突然……本当に突然、自ら命を絶ってしまうのです。
あなたの事が大好きで尊敬していたあたしは、とても悲しみました。
死後、あなたの日記を読んで(勝手に読んでごめんなさい!)あなたを苦しめていた物が何なのかを知り、何の力にもなってあげられなかった事を悔やんで、何日も何日もずっと泣き続けました。
そして、あたしは悩んだ末に決心したのです。
転移術を使い、こっちの世界へと向かって、あなたのために死んでしまった人々の命を救おうと。
あなたの日記には教会があなたを魔王の転生体と認定してから、いつどこで、どんな事が起こったのかが、大雑把ではありましたが記してありました。
それを利用して未来に起こる事を先回りして、仲間達の死を回避し、あなたをそちらの世界に送り届ける……それが、あたしの大きな目的でした。
でも全然、上手くいかなかった。
日記には事細かに当時の事が記してある訳ではなかったし、日記の記述とまったく違う事も良く起こりました。
あんな恐ろしいチェーンソー男の事も、どこにも書いていなかった。
きっと多分、これは、あなたの記憶違いで日記の記述が間違っていたとか、そういう訳ではなく、本来ならその場にいなかったはずのあたしという存在が干渉した事により、歴史が改変されてしまったせいかもしれません。
ともあれ、原因はわかりませんが、あなたのために命を賭した人々を救うというあたしの目的は大失敗に終わりました。
これに関しては、あたしの力不足なので、あなたのせいではありません。絶対に気に病まないでくださいね。
そしてなぜ、この事を今まで直接、あなたに話さなかったのかと言うと、あたしは怖かったのです。
まず、信じてもらえるかどうかすらわからなかったし、あなたは自分のために大勢の人が犠牲になると知ったら、あたしの事を見捨てて、そのまま教会に身をゆだねるかもしれないと思いました。
心優しいあなたがあたしを見捨てるはずはないと信じてはいましたが、それでもやっぱり怖かった。
だって、あなたはそちらの世界の未来で、あたしとパパを置き去りにして、突然あの世へと旅立ってしまったのだから……。
だから、ずっと怖くて言い出せなかった。
結果、騙す様な事になってしまって本当にごめんなさい。
そんな訳で、だいたいの事情は飲み込めたと思うけど、最後にもう一度だけ念を押します。
こちらで、あなたのために命を落とした人々や、こちらに残ったあたしの事をどうか気に病まないで。
私達の分まで、そちらの世界で幸せになってください。
それから、あたしが大きくなったら、一緒にチョコミントアイス食べに行こうね。
ギターもいっぱい教えてね。
パパはちょっと頼りないけど素敵な人だよ。
きっと、ママの人生は楽しいよ!
どうか、死なないで!
あなたの可愛い娘より。
PS.このあと、そこにガルシア・ハポンという姓の老夫婦が通りかかるはずなので、まずはその人を頼ってください。
とっても好い人らしいから安心して!』
雲ひとつない青空の下、少女の泣き声だけが響き渡った。




