第十二話 軍艦と巨船(前編)
◇◇◇◇
ありったけの速力で、軍艦から離れるガルーダ号である。
将軍が手をこまねいている間に、既に両者の距離は開いていた。
「逃げるのか?」
「いいえ、戦います」
ナギが聞くと、カーリーが否定した。
「では、何故?」
ナギが首を傾げる。
ナギの疑問はもっともである。
ガルーダ号としては、接舷している方が有利であった。
兵士の携行火器はともかくとして、接近してさえ居れば、艦砲の死角に入ることが出来る。
さらに言えば、誘導ミサイルの類である。
あまり近すぎても、ミサイルという物は当たらない。
空力に頼るミサイルを誘導するには、ある程度の飛翔速度を稼ぐ必要がある。
ナギから見れば、自ら不利な状況にガルーダ号は向かっていた。
「本船は、あくまで客船です」
「いや、意味が分からん」
カーリーの婉曲的な説明に、ナギは要領を得ない。
「武器がありません」
「ああ、なるほど……」
噛み砕いて言うカーリーに、一瞬納得しかけるナギであった。
「いやいや。そなた、何を言っている?」
首を振って、ナギは自身の耳を疑った。
「ほれ、レーザーがあるではないか。あの強力なレーザー砲だ。こんなに離れてしまったら、威力が減退してしまうぞ」
ナギの言うように、ガルーダ号にはレーザー発振器が多数搭載されている。
「あれは砲ではありません」
「分かった分かった。だが、あれを使えばいいことに変わりはなかろう」
あくまで測距用とカーリーは言い張るが、物騒な威力で海賊を蹴散らしたことは、ナギの記憶に新しい。
「出来ません」
ナギの進言を、カーリーが拒絶する。
「そもそも、船体を焼き切るような威力はないのです」
「あっ……」
言われて、ナギは思い出す。
カーリーの言うように、確かに件のレーザーは海賊を撃退した。
しかしそれは、接近するボートに向けた物で、せいぜい乗組員を炙った程度である。
旗艦の改造客船に向けられた訳ではない。
「そうか! あの体当たり――衝角戦を仕掛けるのだな!」
「ご明察です」
ナギの推理をカーリーが首肯する。
ガルーダ号が、わざわざ軍艦から距離をとる理由である。
大きく迂回して、勢いをつける心算に他ならない。
「しかし、敵はそれなりの高速艦だぞ」
「はい。ですから、むざむざ追撃を許すつもりもありません」
ナギの忠告を受けて、カーリーは懐からリモコンを取りだした。
「ポチっとな」
カーリーがボタンを押す。
その直後である。
低い音がブリッジに届いた。
◇◇◇◇
「な、ななな……!」
モニター越しに映る軍艦に、ナギが戦慄いた。
軍艦が突然火を噴いたのである。
「そ、そなた、一体何をしたのだ?」
カーリーの所業を、ナギが問い詰める。
「まだ敵艦にいた時の話ですが――」
武器庫を物色した件を、カーリーが話した。
「なるほど。その時見つけた爆薬を、今使ったというわけだな」
ナギが納得した。
「はい、中々大変な作業でした」
カーリーが続ける。
「何せ、敵兵の攻撃を掻い潜りながら、喫水線以下を狙って仕掛ける必要がありましたから。ですが、これで敵の足並みは随分と乱れましょう。幸いにも、乗組員を大分削ることが出来ました。こうなっては、ダメージコントロールも儘ならないはずです」
「……」
淡々と述べられるカーリーの計略を、ナギは黙って聞いていた。
「あ、ですが」
思い出したかのように、カーリーが言った。
「何だ?」
ナギが尋ねる。
「欲を言いますと、もう少し時間が欲しかったですね。特に最後の最後で、敵の銃撃を喰らうとは思いませんでした。あのロケット弾、本当はレーダーマストにお見舞いするつもりだったのですよ。それさえ出来ていれば、反撃の虞は随分と軽減したのですが」
「そなた……」
悔しそうなカーリーを見て、ナギが口を開いた。
「鬼畜だな」
「何を失敬な。私は客船ガルーダ号の人型端末――単なるお持て成し用の、アンドロイドです」
ナギの指摘を、カーリーは胸を張って受け流す。
そうしてる間に、ガルーダ号が大きく弧を描き始めた。
◇◇◇◇
舞台は軍艦である。
突然の振動に、CICは大混乱に陥っていた。
「状況報告! 今の爆発は何だ?」
「わ、分かりません。あちこちで浸水が始まっています!」
「敵の攻撃か?」
「それも分かりません」
将軍が詰問するも、誰も答えることが出来ない。
「貴様ら!」
将軍の怒号が飛ぶ。
「それでも訓練を受けた軍人か!」
「お、お言葉ですが閣下!」
一人の士官が申し出た。
「何だ貴様?」
将軍が士官を睨みつける。
「乗組員の大勢を失った以上、状況の把握は不可能です」
「くっ!」
士官の正論に、将軍が唇を噛んだ。
「それよりも、問題があります」
士官が続ける。
「言ってみろ」
将軍が促す。
「浸水が激しすぎるのです。このままでは、速度を維持できません。排水を優先する必要があります」
「ええい! さっきから、何でこんなに水が入ってくるのだ? ちゃんと水密区画があるだろう?」
「さっき無理やり引っ張られたせいで、艦全体のアライメントが狂ってるのです。そのせいで、隔壁が閉まりきらないのでしょう」
「くっ……!」
士官の意見を聞いて、将軍が押し黙った。
士官の指摘を裏付けるように、艦全体が少しずつ傾きを見せ始めている。
「あっ! 不審船が進路を変えて行きます。緩やかに舵を切って、こちらに向き直ろうとしている模様」
「いかん!」
レーダーを覗く士官の報告を受けて、将軍が叫んだ。




