第十一話 帰還と反撃(後編)
◇◇◇◇
揺れる廊下を進み、這う這うの体で船橋に辿り着いた二人である。
「ナギ殿下、どうぞそこへおかけ下さい」
カーリーが船長席を指さした。
だがしかし、今やそのカーリーの方が傷だらけである。
「いや、でもそなたの方が……」
ナギが船内の地位を慮った。
「お忘れですか」
カーリーが念を押すように言った。
「お気遣いは無用です。私は、疲れ知らずのアンドロイドなのですよ。最悪、頭だけになっても生きていられます。今の状態でも、人間に後れを取ることはあり得ません」
カーリーはそのまま、ナギを摘み上げる。
「わわっ! 何をする!」
自分の意思に関わらず、ナギは強引に席へ押し込められた。
「しっかりとベルトをお締め下さい。かなり揺れますよ」
「わ、分かった」
指示に従って、ナギがベルトを締めた。
その途端である。
ガルーダ号の動きがいよいよ激しくなる。
スラスターを含めた全出力が全開になった。
敵が勝手に結んだ舫い綱はもちろんのこと、桟橋代わりに使ったガルーダ号自身のタラップも、強引に引きちぎられる。
「な、何だこの揺れは?」
「ご心配は無用です」
体を硬くしているナギに、カーリーが寄り添った。
「ナギ殿下。ここからが、見物ですよ」
「一体、何が始まるんだ?」
不安を覚えるナギを余所に、着々と事は進んでいく。
船橋中に、唸るようなモーター音が響いた。
「この音は?」
「ガルーダ号の真骨頂をお見せしましょう」
ナギが聞いて、カーリーが思わせぶりに答えた。
船橋にある全てのモニターが、怪しく明滅を始めた――。
◇◇◇◇
一方で、再び軍艦である。
「いてて……」
頭のコブを押さえて、将軍がふらふらと戦闘指揮所(CIC)へ向かっていた。
ちなみにこの将軍、決して誰かに起こしてもらったわけではない。
艦が揺れたと同時に、もう一度頭をぶつけて目を覚ましただけである。
ナギの寄越した兵士たちは、終ぞ将軍に出会うことはなかった。
言うまでもなく、カーリーの手にかかって果てたのが真相である。
「クソッ! あのメスガキ……」
悪態をつきながらも、将軍が目的地へ辿りつく。
扉の内側では、当直員が忙しなく動き回っていた。
「おいっ! 今のふざけた放送は何なんだ?」
一人の士官を捕まえて、将軍が怒鳴りつけるように聞いた。
「こ、これは将軍閣下!」
士官が改まって敬礼する。
「何が起こったのかと聞いている」
ドスの利いた声で、再び将軍が問い質す。
「ハッキングです」
「はあっ?」
予想外の答えに、諸軍は耳を疑った。
「そんなバカな。今時そんな高度な芸当を誰が……。あっ!」
言いかけたところで、将軍は心当たりに気付いた。
「そうか、あいつらだな。おいっ! 暴れていた例の二人はどうした?」
「少年の方は、何とか仕留めました。ただ、女の方は殿下を連れて、依然逃走中と聞いております」
「くっ!」
考えられる限りでの最悪の事態に、将軍が歯噛みする。
「幸いにも、通信を一瞬乗っ取られただけで済みました。艦のコントロールは、我々にあります」
将軍を気遣って、士官が報告を続けた。
「だったら、さっきの揺れは何だ?」
将軍が青筋を浮かべる。
「例の鹵獲した船です」
「何だと?」
「鹵獲船が動き出して、当艦を引っ張ったのです。これがもう物凄い力でして、引き摺り回されました」
「クソッ!」
事の顛末を知って、将軍は激しく後悔した。
用心のために、ガルーダ号を必要以上に拘束したことが、裏目に出たのである。
「無人と聞いて、完全に侮ったわ」
将軍が苦言を呈した時である。
「あっ!」
耳元のインカムを押さえて、士官が言った。
「今度はどうした?」
「はっ。少々お待ちを」
将軍の要請に、士官が持ち場に戻る。
「閣下」
しばらくして、士官が青ざめた顔で言った。
「例の船が、物凄いスピードで逃げて行きます。殿下も連れ去られたようです」
「むっ……」
報告を聞いて、将軍の眉間に皺が寄った。
(どうする? どうすればいい?)
頭の中で、将軍が自答する。
「ひっ!」
どやされると思った士官は、あくまで硬い表情を崩さない。
(こいつは論外として)
目の前の士官を一瞥して、将軍がCICを見渡した。
(この面子ならいけるか?)
将軍にとっては、不幸中の幸いである。
中にいる主だった人員には、将軍の息がかかっていた。
「う~む」
しかめっ面で考える将軍である。
「あの~……」
重い空気に耐えきれず、士官が堰を切った。
「おっと」
将軍が現実に立ち返る。
(ええいっ! ままよ!)
将軍が意を決した。
「全員に通達する!」
その場にいる全員に向かって、将軍が言い放った。
室内がシンと静まり返る。
「これより本艦は、殿下救出のため鹵獲船もとい、不審船を追撃する。場合によっては、攻撃も止む無しと心得よ!」
「ええっ!」
「それでは殿下の御身が……」
将軍の宣言に、一部の人間がざわめきを見せる。
「静まれ!」
「そうだ、持ち場に戻らんか!」
将軍の腹心が息巻いた。
「……無論、手心は加えるつもりだ。可能な限り救出を優先しよう。だがな……」
将軍が言葉を区切って、わざとらしく目頭を押さえた。
「諸君は知らないだろうが、殿下は以前から『虜囚の辱めを受けず』を、信条としておられたのだ」
「おお! 何と見事な軍人魂!」
「流石は殿下!」
将軍に合わせて、腹心が調子よく続けた。
「りょ、了解!」
「わ、分かりました。これより不審船の追撃に移ります!」
上官たちの圧力に負けて、全員が持ち場に戻る。
軍艦がガルーダ号を追いかけ始めた――。




