第十一話 帰還と反撃(前編)
◇◇◇◇
「せいっ!」
掛け声と共に、カーリーがドアを蹴破った。
果たして、二人が飛び出た先は、艦後部の上甲板であった。
「なるほど」
接舷しているガルーダ号を見て、ナギが納得する。
さっきから艦を引っ張っているのは、他ならないガルーダ号その船であった。
激しく揺れる甲板の上で、爽やかな潮風が二人を出迎える。
「わ……」
鼻にツンとくる海の香りを、ナギは妙に懐かしく感じた。
「ナギ殿下」
カーリーが口を開いた。
「何だ?」
「申し訳ありませんが、今しばらくのご辛抱を」
「え? わわっ!」
カーリーが、ナギの身体を肩に担ぎ直す。
「な、何をする?」
驚いて聞くナギの視界に、ガルーダ号の甲板が入った。
「おいおい、まさか……」
「はい、ここから跳び移ります」
ナギの不安を肯定し、カーリーが助走のため距離を作った。
「ちょ、ちょっと待て!」
カーリーの肩で、ナギが冷や汗を浮かべていた。
「この距離だぞ! いや、そなたのことだ。そんなに自身満々に言うからには、確かに跳べるのだろう。だが聞いてくれ。よしんば、そなたが出来るとしてもだ。生身の私はどうなる? とてもじゃないが、衝撃に耐えきれない!」
「大丈夫です」
必死に捲し立てるナギを、カーリーが宥める。
「私のショックアブソーバーを限界まで使えば、まず死ぬことはありません」
「何だそうか……」
カーリーの説明に、一瞬納得しかけるナギであったが……。
「いやいやいや!」
考えを改めて、ナギが首を振る。
「『死ぬことはない』って何だ? 生きてさえいればいいのか? 骨折や内臓破裂でも及第点なのか?」
「少し黙ってください」
「ぐえっ!」
暴れるナギの胴体を、カーリーが二の腕で絞めて黙らせた。
「では、行きます!」
言って、カーリーが助走をつけた。
◇◇◇◇
甲板を猛スピードで横断したカーリーは、船縁へ足をかけると、そのまま一気に宙へと舞った。
「うわーっ!」
ナギが悲鳴を上げた。
それもそのはずである。
予想外の風に煽られて、カーリーは姿勢を保てない。
二人はそのまま、クルクルと回り出す。
「神様、仏様、イエス様、マリア様! もうこの際、悪魔でも何でもいいから、とにかく助けてください!」
回転する視界を前に、ナギは自分の知っている範疇で、あらゆる信仰対象に祈りを捧げた。
だがしかし、そんなナギの祈りは杞憂であった。
「何のっ!」
掛け声を一つ、カーリーはこの不測の事態に、見事に対応して見せる。
披露されたアクロバットは凄まじく、ナギを抱えたままの見事な大回転で、一気に体制は立て直された。
「そぉいっ!」
ドカンとけたたましい音を立て、カーリーがガルーダ号へ着地する。
その着地の衝撃は凄まじく、カーリーの皮膚があちこちが裂けた程である。
その傷口からは、人工筋肉や配線がいっそう剥き出しとなっていた。
もっとも、ここまで損傷した原因は、ナギを庇ったせいに他ならない。
「あれ? 生きてる?」
呆けていたナギが正気に戻った。
「ですから、大丈夫だと言ったでしょう」
カーリーが言って、ナギを地面に下ろす。
「あ、ありが――」
礼を言いかけたナギであるが、満身創痍のカーリーを見て言葉に詰まる。
「ご心配は無用です。ささ、すぐに船内へ」
「……ああ」
カーリーに促されて、ナギが扉へ向かった。
扉が自動で開き、二人を迎え入れようとした時である。
「待てっ!」
敵の生き残りが二人を見つけ、ガルーダ号へ銃撃を加えた。
弾丸がデッキをカンカンと削っていく。
「とりゃっ!」
カーリーが振り向いて、ロケットランチャーを構える。
砲口から火柱が上がった。
ロケット弾が、白い尾を引いた。
「ぎゃーっ!」
ロケット弾の直撃を受けて、敵はミンチより酷いことになった。
「お早く!」
足を引き摺るカーリーに押され、ナギが船内へ転がり込む。
カーリーが続くと、扉は見計らったかのように自動で閉まった。
◇◇◇◇
ガルーダ号の暗い船内に灯りが入った。
「おえっ!」
目の前に広がる燦々たる光景に、ナギが嘔吐する。
船内の至るところには、敵兵の死体が折り重なっていた。
「何だ、この惨状は?」
口元を拭ってナギが聞く。
「侵入者ですね」
カーリーがさらりと答えた。
「ああ、そう言えばさっき、突入班がどうとか言ってたな」
ナギが将軍の言葉を思い出す。
「だが、この有様は一体?」
ナギが訝るのはもっともである。
転がっている死体には、目立った外傷がない。
その代わり、どの顔も例外なく苦悶の表情を浮かべていた。
中には、目玉が飛び出している者や、口から内蔵がはみ出ている者もいる。
あえて例えるなら、釣り上げた深海魚のようであった。
「簡単なことです」
カーリーが続ける。
「ガルーダ号の内部は、非常に機密性が高いのです。それこそ、まるで潜水艦のように」
「それで?」
カーリーの説明に、ナギは今ひとつ納得できない。
「……もう少し聞きます?」
「ああ、頼む」
思わせぶりなカーリーを、ナギが促した。
「つまりですね、ちょっと減圧してやれば――」
「わーっ! もういい!」
物騒な発言に、ナギが耳を押さえた。
全くもって、物騒極まりない客船――それがガルーダ号である。
「まったく……。これだと、どっちが安全か分からんではないか」
ガルーダ号に逃げたことを、ナギは少し後悔した。
その時、ガルーダ号が大きく揺れる。
「さあ、船橋へ参りましょう」
足を引き摺って、カーリーがナギを先導した。




