第8話 永年
欠番の件を、私は監査室に持ち込んだ。
課長に上げるのが筋だが、課長はあれ以来、私の顔を見ると書類で顔を隠す。それに、家格の虚偽はもう一課の手に負える話ではない。
監査室は記録院の最上階にあった。扉を叩くと、入れ、とだけ返ってきた。
中は、書類の要塞だった。壁という壁が棚で、棚という棚が綴りで埋まり、その谷底の机に監査長がいた。私が差し出した家格申請書の控えを、彼は例の速さで読む。一行ずつ、正確に。
「……相続受理番号、第四十七類の三一一。根拠は」
「一年前、相続課の応援で当該年度の台帳整理を担当いたしました。三一〇の次は三一二です。三一一は欠番として処理されていました」
「台帳の記憶で欠番を特定したのか」
「番号の並びは、憶えてしまいますので」
監査長は顔を上げ、三秒ほど私を見た。彼にしては長い沈黙だったと、後になって知る。このときはまだ、この人の沈黙の相場を知らなかった。
「――監査室で預かる。以後、この件を口外しないように」
「承知いたしました」
用件は終わった。終わったが、監査長は書類を置かなかった。
「レンディッシュ書記官。当面、整理係と聞いた」
「はい」
「ならば、監査室の資料整理を命じる。人手が足りていない」
こうして私は、書類の要塞の住人になった。
監査室の仕事は、性に合っていた。回ってくるのは各課の「引っかかった」書類ばかりで、癖の見本市のようなものだ。そして何より、この職場は静かだった。監査長は喋らない。私も喋らない。喋らない人間が二人いる部屋は、喋らない人間が一人でいる部屋より、静かだ。理屈に合わないが、事実そうなのだった。
会話は、業務にだけ発生した。
「この綴り、保存年限は」
「婚姻関連は三十年。ただしその綴りは係争記録を含むため五十年」
「五十年後には」
「廃棄審査にかけ、通れば焼却。通らなければ延長」
「通らないものは」
「最終的に、永年保存へ移す」
永年保存。
初めて聞く区分だった。三十年、五十年ときて、その先にあるのは百年ではなく、永年。
「……期限の、ない保存があるのですか」
「ある。国の記憶として残すと決めた記録だ。保管庫の最奥に、専用の棚がある。あそこに入った紙は、もう誰にも廃棄できない。総裁にもだ」
監査長は綴りに目を落としたまま、付け足した。
「紙にとっては、あれが一番の栄誉だろう」
冗談なのか、判定に迷った。この人の声は、冗談と規程の読み上げが同じ抑揚で出てくる。私は三秒考えて、事実の陳述として処理することにした。たぶん、それで正しかったのだと思う。
ただ、頭の中で誰かが勝手に、変な感想を書いた。
――紙に栄誉の序列をつける人と、書類の癖を集めている人が、同じ部屋で黙って働いている。
日誌の本文には書けない種類の一行だった。こういうものの行き先を、私は一つしか知らない。その日の業務日誌の欄外に、私は三年間の癖で、小さくそれを書きつけ――
ペンを止めた。
ここは監査室だ。監査室の日誌は、監査長が検めるかもしれない。
私は書きかけの一行を、線を引いて消した。消してから、気づいた。線を引いても、読める。塗り潰そうとして、それも妙に思われる気がして、結局そのままにした。
一行の上に、細い一本線だけが残った。
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