第12話 夜明けの綴り
差し戻しの翌日から、監査室は夜が長くなった。
夜会の監査記録――あの夜の全発言の採録と、王子側が主張した罪状との照合作業。第七十一条は、虚偽の事由に基づく解消申請を申請者側の違約とみなす。発動には、罪状が虚偽であることの立証が要る。立証は、紙でやる。つまり、照合でやる。
監査記録は五十三葉あった。罪状に関わる発言を拾い、時刻を突き合わせ、矛盾を票に起こす。二人で分担しても、夜は足りなかった。
三日目の深夜、私はふと手を止めた。
向かいの席で、監査長が綴りをめくっている。左手で頁を押さえ、右手で票を書く。蝋燭の火が、手袋の縁からのぞく手首の引き攣れを、橙の色に照らしていた。
見てはいけないものを見ている気がして、それでも目が離れなかった。
「――訊きたいなら、訊けばいい」
顔も上げずに、監査長が言った。三日も同じ机にいると、視線は音がするらしい。
「……その傷は」
「古い書類事故だ」
「書類で、そのような傷は」
「つく。書類は、燃えるからだ」
それきり、監査長は票に戻った。私も綴りに戻った。訊けば答える、と言った口で、答えの扉を一枚だけ開けて、閉めた。閉め方があまりに静かだったので、私はそれ以上、把手に触れなかった。
ただ、頭の中の欄外に、一行だけ書き留めた。
書類は燃える、とこの人は言った。燃やされる、とは言わなかった。
夜明け前に、照合が終わった。
罪状と監査記録の矛盾、七件。証人発言の不在、二件。票は綺麗に揃い、第七十一条の要件は、あとは正式な手続きを残すだけになった。
監査長が票の束を揃え、紐で綴じた。窓の外が藍色から灰色に変わっていく。記録院の夜明けは、紙の色をしている。
「レンディッシュ書記官」
「はい」
「三日間の超過勤務、記録しておく。代休を取るように」
「……監査長も、三日間ご一緒でしたが」
「私は監査長だ。自分の勤務を監査する者がいない」
冗談なのか、判定に迷った。いつものことだ。ただ今回は、判定の前に気づいてしまった。この三日、この人は私より先に帰ったことが一度もない。私が綴りを閉じるのを待って、自分の蝋燭を消していた。
それを指摘する様式を、私は持っていない。
「――代休は、辞退します。今は、この案件の途中ですので」
「そうか」
監査長は綴った票を書架に収め、それだけ言った。そうか、の後に何か続きそうな沈黙が三秒あって、続かなかった。
私たちの会話は、いつも書式が固い。固い書式で三日間夜を明かすと、行間というものが、少しだけ読めるようになる。読めたところで、行間は記録に残らないのだけれど。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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