プロローグ―侍の心―
忠誠
人の体重で深く沈んでいく質感のよさそうな高いソファーに、足を組んで座る堅気ではなさそうな男は、白い煙をもくもくとふかしながら、地べたに座って土下座する小太りの男性を細く鋭い目つきで睨みつけていた。
睨みつけられる小太りの男性は、冷や汗に体温を奪われながら鼓動を早めて、待つだけだった。それはいささか死刑宣告を待つかのようにも見受けられた。
ソファーに座る男の身なりは、金を持っているのだろうと思わせると同時に、堅気ではないのだろうと思わせてしまう。
柄付きのシャツにネクタイ、その上に羽織る質のよさそうな漆色のブレザーが、その雰囲気を強く醸し出しているのだろう。
いや、それだけでは怪しいと思うだけかもしれない。
けれども、どうだろうか?もし、刃物による傷跡が顔にあったら...?
実際に男の顔には、二つほどの刃物による傷が刻まれていた。
左目に縦に刻まれた傷、鼻筋に横に刻まれた傷。
そして、少し長めな前髪で見え隠れしているのだが、右のでこには火傷の跡が広がっていた。
それに加え、そういう者特有の顔つきや目つき、雰囲気といった物から、彼は堅気には見えなかった。
ならば彼らの今居るそこは、事務所か何かなのだろう。
この部屋はバーの上にあり、表向きは不動産屋とされている。
この部屋の主である彼の名は神宮寺 竜司。福山で幅を利かせている月禅会頭首神無月 仙禅の懐刀と言われている男だ。
そういう風に思えば、目の前で土下座をしている男は借金を返せなかった類の人間だろうか。
「顔を上げてください、金村さん。別に私どもは怒っちゃいません。ただ、ね?私たちの友情を途絶えさせないためにも貴方には何かしらの形で貸した金を返していただかなければなりません。それは分かっていただけますか?」
竜司はにこやかに笑って話をしているのだが、この場合はそのにこやかさが逆に怖い。
金村はおずおずと顔を上げると、竜司と目が合ってしまった。
何もかもを呑みこむような黒い空洞のような目を見てしまった。
金村は目をそらそうと思考するのだが、危機を感じたのか脳がそれを停止する。
竜司の目が訴えているのだ。目をそらすな、と。
ただ彼を怯えながら見上げるだけだった。
「私は目を見て意思を知るというのが出来なくてですね、できれば頷くか横に振るかぐらいしてほしいんですがねぇ」
肯定しか許さない威圧で、早く頷けと声を重くのしかかせる。
その重さに耐えれなかったのか金村は怯えつつ、ゆっくりと頷いた。
「そうですか、そうですか。分かっていただけましたか」
とてもうれしそうに、貼り付けている笑顔をさらに歪ましていく。
「これは余談なんですがね」と言いながらスマホを出して、ポチポチと何回か画面に触れて、金村に画面を見せた。
「胆嚢、脾臓、虫垂、腎臓、肺。これらは無くても生きられるらしいんですよ、それもこれらを売った金額は金村さんが我々にしている借金を返しても残ります。なんなら、貴方が他の組から借りている借金を返したとしても、お金は残るでしょう」
それを聞くと、金村の表情はさらに青くなっていき、冷や汗で服を染め上げていく。
―まさか、まさか!この人は私に臓器を売れというのか⁉
―いや、それよりもだ。
―何故、彼は私が他の組からも金を借りていることを知っている!?
金村は思考を回転させていくによって、彼に対する恐怖を強めていく。
「あぁ、そう怯えないでください。別に売れと言っているわけじゃないんですよ?あなたには選択肢があります。一つ、臓器を売る。二つ、私どもの商売の下請け。さぁ、どちらがいいですか?」
その選択はあまりにも酷だった。
失くしても生きれる臓器はあるにはあるが、それはいるから人間に備わっているわけであって、なくなった場合は体に不調が現れ、寿命が大幅に短くなってしまうだろう。
一つ目の選択肢は、楽をする代わりにすぐ死ねと言っているのと同じだ。
竜司の商売と言えば、違法なクスリをさばいたり、違法な店の営業だったりだ。
その下請けとなると、犯罪者になるか相手に自分を縛らせるネタを増やさせるだけだ。
二つ目の選択肢は、楽はできないが死ぬことはない。けれども長い地獄を見ることになってしまうだろう。
どちらがいいかと問われれば、多くの人は命を大切にと言って二つ目を渋々でも選ぶだろう。
けれども、今の金村には命を失うよりもこの状況から早く抜け出したいと考えていた。
生き地獄なんかを味わいたくはないと。
実際に、二つ目を答える人は竜司のような人間と相対したことが無いようなごく普通のただの一般市民だろう。
―もういい。楽になろう。
金村が答えを伝えようとした時だった。
「あぁ、そうそう。娘さんや奥さんとは離れて暮らしているそうですね?見に行きましたけど、娘さんは健気かわいらしいですね。確か今年で、不動高校に入学なさるんでしたっけ?それに、本当に奥さんも一人でよく頑張っていますよね?娘さんの学費のためにも、貴方もこれからもっと頑張らないといけませんね」
それを聞いた時、金村の思考は揺らいでしまった。
―娘のために......娘には、いい生活を送ってほしい。ただでさえ、俺のせいで制限された生活になってしまっているんだ。娘のために苦しまずして何が親だ!!
―それに、女房にもだ。俺のせいで苦しい思いをさせてしまっている。女手一つで子供を育てていくのは大変だろう。
―俺は苦しんででも、アイツらには迷惑はかけれない。
―それに、もし俺の臓器の状態が良くなかったら金額だって安い。そしたら、この人たちは娘や女房に目を向けるだろう。
―それは絶対にダメだ。
金森は決心していた。己の身を崩しても、行く道が地獄でも借金を返すまでは止まることはできないと。
「では、決まりましたか?」
「二つ目の選択肢でお願いします」
ここまでがすべて、竜司の思惑通りであった。
だが、彼の計算が外れたのはその数日後だった。
金村は、クスリを売っていたのだが、中毒者共にリンチにされ重体となり、後日死亡が確定した。
竜司にとってそこはさほど問題ではなかった。
自分等は危ないことは一切せずに、貸した分の金は得れたし、利子分も半分ほどは稼げている。残りは、あの家族にでも体を使って稼がせればいいと、思っていた。
だが予想外だったのは、彼の死の原因について彼の女房はその原因について良く理解していた。
いや、そこまでは良いはずだった。対して問題はないはずだった。
問題だったのは、彼の女房が彼に対しての愛が冷めていなかったところだったのだ。
普通の人間ならば冷めているだろう愛ゆえに、竜司もとっくに冷めているのだろうと勘違いをしてしまっていたのだ。
竜司が道を歩いていると、後ろからタタタッとかけてくる音が聞こえ振り返ると、ナイフを持った金村の女房が泣き怒りながらものすごい形相で走ってきていたのだ。
だが、振り返る時にはもう時すでに遅しであった。
振り返ったことで、横腹の辺りにナイフが突き刺さろうとしているところだったのだ。
その時、竜司は何が起こっているのかを理解できなかった。
けれども、死を感じていた。
―あぁ、組を守るために死ぬんじゃねぇのか。
―親父を月禅会を広島一にしてやれなかったことだけが心残りだ。
それは竜司がこれまでの人生を振り返っての感想であった。
彼は人生のほとんどを組みのために費やしてきた。だから、組を最後まで心配したのである。
その思考を最後にナイフの刃は、横腹へと触れる。
カンッ!
その音はまるで金属と金属が激しくぶつかり合ったような音であった。
その音は自分の横腹辺りからなったのだと思い、横腹を見ると傷は一つたりともついていなかった。
「...化け物め」
金村の女房は恐怖に顔を歪めて、そう一言残して去っていく。
特段、追いかける気にもなれなかった。
それどころではなかったのだ、急に脳内にあふれてくる情報量を処理しきれていなかった。
権能や槍といった物の情報だ。
「...槍。親父のために、槍を見つけよう」
―月禅会の勢力拡大に近づけるはずだ。
こうして、竜司は権能が与えられ、それに伴って目標も与えられた。
彼はこの福山の街で前へ前へと進むだけだった。それが修羅の道であっても造られた偽りの道であっても。
プレイヤー・侍(神宮寺 竜司)
権能・【鉄身】
職業・不動産屋
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