二幕 幸と仁義 その肆
竜司が槍と《プレイヤー》に近づくために体制を整えてる一方で、遊蓮はというと、ただただ危険のない平和で平凡な日常の中にいた。
宗一郎と相対したあの日から、特に何も起こらずにいつも通りの日常へと戻っていっていたのだ。
神島橋の変死体の件については、犯人を断定するようなモノはまだ何も見つかってもないらしい。
しかしながら不気味なことが一つ分かったらしい、変死体の肉片はここが意思を持つかのように一つに集まろうとするらしい。
権能を使われてそうなったのか使ってそうなったのかは分からないが、多分だが《プレイヤー》と何らかの関係があるということは分かる。
だがさらに不思議なことに、変死体は海外の宗教団体に引き渡すよう要望が来たらしい。
その宗教団体の名前は『魔女狩りの罪』というらしいが、ネットで調べても何も出てこないのだという。
唯一分かったことは、その教団がありとあらゆる宗教的なモノを求めているということだ。
その変死体が何の宗教につながるモノかは知らないが、権能によるものだとしたら神の力も同義だ。そりゃ、熱心な宗教家たちはその変死体を欲しがるだろう。
しかしそれを欲しがるのは宗教形だけではなく、科学者たちとて肉片が自ら動く変死体というモノは喉から手が出るほど欲しいだろう。
なんせ、科学の根本にある錬金術師共が探し求めた賢者の石やホムンクルスの完成形たる不死につながりうるのだから。
しかしながらそこまで行くと、もう青年の手の届く範囲ではない。伸ばしてはいけない禁忌にも近きモノだろう。
だが、遊蓮自身もその禁忌そのモノであろう。なんせ神に権能を与えられた《プレイヤー》なのだから。
他の《プレイヤー》と同じく、遊蓮も権能を使って《遊戯》で槍を探す準備を整えていた。人にそれらしい情報を耳にしたら自分の所に伝えに来るように命令を書き込んでいた。
だが、そんなある日の放課後ことだった。遊蓮は同じクラスの女子生徒に呼び出された。
その女子生徒の名前は、望月 紫苑。影の薄い地味な生徒だ。
時々、教室にいるのかすらも分からなくなるほど...いや、存在自体を忘れてしまうことも多々あるぐらいだ。遊蓮とは関わりもないし、なんなら話したことすらないだろう。
呼び出されたとき、遊蓮は死を感じた。
知らない女子からの呼び出しってのもあるが、持ち前の影の薄さからか急に人が現れてナイフを突きつけられるような感覚だった。
しかしながら特に怪しむこともせず、遊蓮は紫苑の後ろをついて歩いた。行き着いた先は、屋上だ。普段は進入禁止のはずなのだが...なぜか彼女は鍵を持っていたのだ。
ガチャリと音を立てて扉は開き、彼女はスタスタと扉の向こう屋上へと足を踏み入れていく。
そして、彼女はドアに隠れて見えなくなった。
「おいで」
そう言われて辺りをきょろきょろと見まわして、屋上へと出る扉をくぐった。
そしたら、誰もいない。
俺に命の危機が迫ったら鳴くように命令していたカラスが、カァカァと頭上で鳴いていた。
―は?
―待て、命の危機ってなんだ⁉
―何が迫ってるというんだ?
―近いのか遠いのか?
―今この状況で怪しいモノはなんだ?
―彼女は何処に行った?
―...権能持ち...《プレイヤー》!?
ザクリッ!!
何か冷たいものが自分の腹の中へと入っていくのを感じた。そしてそこから暖かいものがあふれ出していった。
ドロドロと、ポタポタと、紅い赤い雫が。
―痛い、痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
頭の中は赤に埋め尽くされていった。
赤に塗りつぶされながらも思考を続け、止血しないとと遊蓮は思った。
腹のあたりの服に触れて命令を書き込んだ。
―命令.締め付けろ
「がはっ」
ギュッとお腹の辺りが締め付けられる。
そのおかげか出血する量は少なくなっただろう。
遊蓮は恐る恐るナイフを持ち主の顔を見た。黒い髪を風になびかせる同じクラスの少女、望月 紫苑の顔を。
―こんな近くに《プレイヤー》がいたのか...
―このゲームではいつ殺されてもおかしくなかった。
―警戒が薄くなってたなぁ
「よかったな、君の勝ちだ」
遊蓮は虫のように細い声で目の前の少女に言い放った。
けれど少女は動かない。
少女は泣いていた。苦しそうに泣いていた。
少女は人に暴力を振るったことはなかった。少女は振るわれる側だったからだ。だからだろうか、目の前で腹を抑える遊蓮を見て、自分と重ねてしまった。
―あぁ、あの目は諦めの目だ。
少女は自分が家の中にいるときの虚ろな瞳が今彼の瞳と同じだと感じ取ってしまった。だから、手に握るナイフを振り下ろすことはできなかった。
「君に僕を殺す意思がないのなら、雑談でもしよう」
こいつは急に何を言い出すのかと、少女は驚き目を見張った。
「君の願いはなんだ?槍で何をかなえたいの?」
「私は...私は、幸せが欲しい」
―幸せか
幸せだなんて人によって十人十色多種多様だ。何もないことが幸せ、暴力をふるうことが幸せ、逆に受けることが幸せ。
幸せなんて思考や感情、境遇でがらりと変わるものだ。
しかしながら彼女は今自分が置かれている状況に納得してないんだろう。
「なぁ、君にとって幸せってなんだ?」
「...それは......答える必要あるの?」
とても苦しそうな表情で、絞るように声をあげていた。
「いや、僕にも何か協力できないかなってさ」
「なんで、今私、貴方を殺そうとしてるのに」
「だったらそんな苦しい顔をすんなよ。多分、これから自分の手を見るときっと今日を思い出すよ」
遊蓮はそっと紫苑の手に自分の手を伸ばして、両手で包み込んだ。そのまま彼女の手を撫でるように滑らせて包丁を抜き取る。
そのまま包丁から手を離す。すると包丁は重力に従い落ちて行く。そのまま地面へと打ち付けられるとカランと音を立てる。
「幸せにはこんなものは似合わない。僕と一緒に来い、僕が君を幸せにするよ」
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