ぷよ文官、渾身の交渉をするも
それから、あまり間がなかった。
がた、がたたた!
いくつもの重い足音が響き渡り、がたんと扉が開く。
「起きてんのか、二人とも? 何だドーナの奴、灯り置きっぱなしで……危ねぇな」
先頭の男が言う。後ろの方から別の強い光がさしていて見えにくいが、武装したイリー人の男らしい。その背後にもう二人、似たようななりの男たちが立っている。
汚らしくひげを伸ばしまくって、蓬髪がぼうぼうだが、まだ若い。
三人のそろいの外套に、ベッカはおぼえがある。
「……どこの方だか、知りませんが」
だいたいの見当はついていたが、ベッカはそれを隠して平らかに言った。繋がれた両足を前に放り出し、両手を膝の上にのせたまま床に座って、低い寝台に横たわったブランを背にしている。
「我々を、奴隷商人に売るつもりですね」
男たちは、答えない。
「……僕は、ガーティンローの貴石商の子です。後ろの子は最近来た丁稚ですが、途方もなく食べるばっかりの怠け者です。奴隷にしたって、働く見込みは全くありませんから、安く買い叩かれるでしょう。僕もご覧の通り、ひよわでふんわりしているばかりですから、良い取引になるとは思いませんけどね?」
男たちは、顔を見合わせた。
「どうでしょうね。僕らをここで解放して、そのまま見逃して下さるのなら、相応の身代金をお支払いできるのですけど……」
「うそ言うない。あんた、紙切れのたぐいっきゃ、持ってねえじゃねえか」
予想通りのなまりの入った、イリー語にて男の一人が返してきた。
「ああ、僕のかばん検めたんですか。そうですね、現金は持ち歩かない主義なんですよ。それではやはり、小切手だとかはお嫌ですか?」
男たちは顔をゆがめた。
これも、ベッカの予想通り――彼らは字が書けない、ほとんど読めない。鞄の中の書束には、目を通してもいないだろう。ベッカの身分も旅の目的も、全くわかっちゃいない!
「じゃあ、これなら文句ないでしょう。僕の胸元、外套を裏返してごらんなさい」
ぷよん、とあごで示されて、先頭の男がしゃがみ込んだ。
「もっと下ですよ」
「……おっ!」
厚い外套生地の下から出てきた、水晶飾り……ベッカの叙勲章を、短剣の刃でぶちりと取ると、男は手燭にかざして見た。他の男たちものぞき込む。
「お値打ちものの、煙水晶ですよ。そこそこの場所に持って行けば、五桁は下りません。僕ら一人なんて、四千かそこいらが相場なんでしょう? 十分もとが取れて、うはうはってもんです」
「本当か? すげえ」
素で感嘆したらしい、一人が言った。
「持って行ったその場で、すぐ売っちゃだめですよ? 買取査定は数か所に依頼して、一番条件の良いところを選ぶのが鉄則です」
「……ベッカ、さんっっ」
ぺらぺら喋りまくるベッカの背中で、ブランがうめいた。ベッカは肘を少し動かす、黙っていろと言う代わりに。
「確かに、きれいなもんだな。ほんじゃあ、もらっとこう」
「だめだよーっっ!」
かすれ声で抗議するブランを制するように、またベッカの肘がぷよんと動く。
けれど少年は、恐慌に突き動かされて、起き上がった。
「こいつら、それの意味も価値も、わかっちゃいないんじゃないかッ」
「座りなさいッ」
ベッカの冷静な声にも、彼は止まらなかった。
「山賊ども、それ返せッッ」
吼える。
「うるせえがきだなあ」
二人の間に男がひとり割って入って、ぐいとブランの腕をつかみ、寝台から引きずり出す。縛られた両足首にもつれ、ブランは前にのめりかけた。
「やたら威勢もいいし、完全に薬が抜けたら暴れるぞ、こいつは。今のうちに、耳か舌でも切っとこか」
ブランは凍りついた。
「やめてくれッ」
ベッカが叫んだ。声が緊迫してふるえている。
「お金や貴石なら、欲しいだけ約束します。頼むからその子を、……お願いだ、見逃してやってください!」
全くの無視、男たちは顔を寄せて話し合う。
「いいや。こないだの坊主みたく、きんたまが良いだろ」
「ああ……そだね、見えないとこの方が、割引かれなくっていいかもね。俺、止血剤とってくる」
一人が室の外に出た。
「俺がやるから、そのまましっかり押さえてろ。あれ? 猿ぐつわは……。これか」
かくしから短剣を取り出した男が、床の上に落ちていた布ぎれを拾おうとした……。
その瞬間!!




