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ヒロイン論争 3


「あ……あたし……ほんとは……恥ずかしくて言えなかったけど……

 ほ、ほんとは……処女なの。経験ないの。」


 恐怖か羞恥なのか小動物のように震えながら、絞り出すようにそう呟いた赤毛の女。

 赤毛の女から小さく放たれた言葉は、蝶の羽ばたきが竜巻を引き起こすバタフライエフェクトのように、小さな囁きに関わらず俺の心に特大の竜巻を起こしていた。


 起きたトルネードは俺の心の全てを暴力的なまでに破壊してゆくが、辛うじて残る意識を支えながら口を開く。


「赤毛の女よ……君の名前を教えてはもらえないだろうか。」


 内心の荒れ狂いぶりを精一杯の理性で押さえつけている為か、発せられた俺の声は震えていた。

 問いかけに対して赤毛の女は怯えながらも数度瞬きをした後に俺の目を見て言った。


「レベッカ……です。」

「……レベッカ。」


 教えてもらった名前を噛みしめるように復唱する。

 復唱すると荒れていた内心もパズルのピースがハマっていくようにどんどんと整理されてゆく。


 パズルを作り上げるスピードはどんどん加速し、俺の中でのヒロイン方程式は完成が見えた。


「レベッカ……手を」


 右手を差しだすと、レベッカは怯えながらもやがて言われた通りに俺の手に、そっとその手を乗せた。


「優勝です。」

「えっ? えっ??」


 俺は乗せられたレベッカの手を高々と掲げ、そしてすぐさま拍手で称える。

 ヒロインレースはレベッカの勝利だ。ユーアーグレイト。


「なっ!?」


 俺の行動にティアーヌの困惑したような声が上がる。


 それも当然だろう。

 ヒロイン(りょく)の勝負で同じ処女であるということが露見しただけなのだから本来であれば振りだしに戻るのが正しいはず。

 それが一段飛ばしで勝敗を決してしまったのだから不満が漏れるのも当然のこと。


 だがもう俺にとっては当然の結末なのだ。


 そもそもヒロインに処女が求められる理由というのは、まず恋愛面で他の男を知らないという事で、主人公だけを一途に愛してくれるであろうという期待が持てる事があるだろう。


 だが真に重要なのはそんなことではない。


 処女を守り通してきた事で、精神的な『意思の強さ』や、守る為の『自己防衛力の高さ』が伺い知れる事。これが重要なのだ。

 この強さの暗喩としての処女。

 『内面の強さ』を表現するシンボルとして『処女』というステータスが必要になるのである。


 なぜ可憐であるべきヒロインに『強さ』が必要となるかといえば、その理由は簡単だ。

 『ヒロイン』という存在は、物語において超絶特別となる主人公と並び得る存在でなくてはならない。

 レベル999の主人公と、レベル1の村娘ヒロインは成り立たないのだ。


 なぜならストーリーを共有できないからである。


 主人公の苦難を共に分かち合い、そしてその苦難を協力し合って乗り切る。主人公の事を最も理解できるだけの存在でなくてはならないのだ。

 時に支え、時に叱責し、辛く苦しい時も隣に立ち続けるからこそのヒロインという存在。

 『あ、私面倒だから家で待ってるね』という弱さではヒロイン足り得ないのだ!

 故に強さの表現のステータスとして『処女』という称号が必要になる。



 だからこそ俺の考えるヒロインレースにおいてレベッカの勝利が決まったのだ!



 この勝利の要因を分かり易くする為に、二人を『城』に例えようじゃないか。 


 まず二人とも非常に美人であることから、誰しもが攻め落とし自分の物にしたいと感じる美しい魅力ある城だ。

 この点は甲乙つけがたい。


 ティアーヌは貴族令嬢であるという事がヒロイン(りょく)を大きく上げる要因となっている。

 主人公が物語的に成長した時に「貴族社会だとこうこうこなのよ」といった導き手となる展開もしやすく、貴族関連の補助要因になったり、時には「お前の婚姻が決まった」などのナンダッテー!を入れることで波風も起こしやすく、物語に一人は欲しい要因と言える。凄まじいヒロイン(りょく)の固まりだ。

 

 ティアーヌ城は『貴族令嬢』のステータスを得た、純白の高い城壁が築かれた強固な城といえる。



 対するレベッカは、普通は処女でなくても当然という状況であるにも関わらず、なんと処女を守っていた。

 守る事が到底難しいと思える状況であるにも関わらず、それを守り通す事が出来るという鉄壁。


 こうなると何故処女を守れたのかという点で多くの物語の起点を作り出すことができるようになる。さらになぜかたくなに守る必要があったのかという点でヒロインの過去を深く掘り下げる事もできるし、さらにさらに延々守り続ける為に協力者も必須となり、その協力者を物語の起点とする事で恋愛絡みの三角関係などの演出も容易くなり展開の幅がより一層膨らむ。これまた凄まじいヒロイン力だ。


 レベッカ城は高い城壁も無く誰でも気軽に攻め落とす事が出来そうな城……に見えるだけで、その実、堀や落とし穴などの工夫を用いて数々のトラップで強固に侵入者を阻む城塞といえる。


 純白の城壁を有する貴族の住まうティアーヌ城。

 強固な撃退網を有するレベッカ城。


 貴族という城壁で一見して『難しそう』と感じて攻め込まれない箱に収まっていたティアーヌ。

 『攻めやすそう』と思われる為に努力で襲い来る兵を撃退し続けてきたレベッカ。


 よりヒロインりょくが強いのはレベッカなのだ。

 さらにヤンキーが優しいと割増で優しく見えるギャップ萌えという属性まで持っている。ちょう強い。


 だが、この差はまだティアーヌが何かの要素を追加するだけで埋まる差ではある。

 勝利を宣言するには至れない甲乙つけがたい差である事も事実だ。まっこと甲乙つけがたい!


 となれば、後は観点を変えてみる必要がある。

 ヒロインの恋愛的な観点で見るのだ。




 俗に言えば、どっちとヤレるのかという焦点。

 『セックス』だ。




 過去、物語においてセックスはゴールに位置していたが、『結婚がゴール』という認識から『結婚がスタート』というリアリズムが浸透したのか、近年の物語においてセックスは中盤、序盤に位置する事が多い。

 

 さて、となるとティアーヌ、レベッカとのおセックスに至るまでを考える事になるのだが、これはすぐに結論がでる。


 ティアーヌ。貴族とのおセックスなど双方の合意があろうと後々問題しか起こらない予感しかしないからだ。

 『しゅき! 私もしゅき! ……でも』となってグダグダする! 絶対、一回ベッドインして、いざ! という時にティアーヌ側からなんかの告白が始まって、んでソレを解決する必要が出てくる流れのヤツだ。結局おせっせまでのハードルが滅茶苦茶高くなり、さらにおせっせ後も問題を解決したが為に貴族化的な展開も決まってしまいそうになる。


 比べて山賊レベッカとのおセックスは双方の合意があれば、もうそれだけでOK!

 『しゅき! 私もしゅき! → アハーン!』だ! 早い!

 その後の展開も自由自在! 二人で山賊化することもできるし、もし貴族ルートに入りたければ『山賊にまで身をやつしたけれど実は云々』などのピロートークをいれるだけで無問題!



 つまり、元々のヒロイン(りょく)の高さと、そして、おせっせの観点から


「レベッカの優勝です。」

「わ、わぁい?」



 とてもレベッカには聞かせられない勝因を内心だけで語る。




「いやいや! どう考えても『処女』って嘘ついてるだけでしょう!?」



 ティアーヌの絶叫が響く。

 俺は優勝トロフィーの土台にヒビが入るように感じた。


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