ヒロイン論争 2
「私は……純潔です! 処女です!」
この言葉で俺の心に暴風が吹いた。
そしてその暴風は告げていた。
『これは荒れるぞ』と。
だが……だが! 俺はもう破滅都市暴力市長なのだ!
自分に素直に生きると決めた! どれだけ荒れ狂おうが俺には全てを吹き飛ばすデヤァがある!
静かに立ち止まり嵐の前の静けさのような心地を落ち着ける。
ティアーヌは俺の停止を見て勝ちを確信したような自信に満ち満ちながら口を開いた。
「あっちを見てください! あの女は汚らしい山賊たちと一緒にいるんですよ? それはもう汚らわしく爛れた夜を過ごしているに違いありません!」
踵を返し山賊モブに向き直る。
山賊モブ達はこれまでの経過からデヤァの矛先が変わったことを悟り戦々恐々とした面持ち。
俺の奥歯がギリリと鳴った。
実のところ『山賊で女の頭』という立ち位置から少し頭を過っていたことだった。
山賊などを従える女なのだ従順な僕を作り上げる為に女の武器を使わないはずもない。
『まぁそりゃそうだろうし、そうなるだろうね』的にどこか思い浮かんだけれど考えないようにしていたこと。
それが山賊女頭、非処女説だった。
「は、はぁっ!? そ、そんなの関係ないことだろ! 処女とかさぁ!」
山賊モブ達の向こうにいる赤毛の女の焦りながら放った言葉が耳に届く。
その返答に思い浮かんでいた想像に対する真実味が増す。
処女を否定するような言動は大概が非処女の言動なのだ。
ティアーヌもまたその返答から察したように口角を上げた。
「聞きましたか今の言葉を!? 対して私は穢れを知りません。なにせ私は貴族の娘ですから当然嫁ぐ相手によって失礼にならないよう守っています。家名をかけて守られているのです!」
ティアーヌの言葉にも思うところはある。
基本的に貴族間の婚姻というのは家と家の繋がりの為の政略結婚だ。
個人の意思は二の次で無理矢理結婚される形であり、そこに恋愛感情は無い。同格や下へ嫁ぐ場合には処女であるというステータスはそこまで重要ではなく家名の方が重視になるからこそ精神衛生の為に男女共に恋愛感情を傾ける事ができる愛人を持つ事が許されているのだ。
だから愛人とは嫁ぐ前からでもイチャイチャズッコンバッコンし放題。
それに貴族ともなれば女性専用のオナニー手伝いマスターなんかも存在したりなんかもする。
だが自分より格上の相手に嫁ぐ場合は、そう爛れた性生活をエンジョイする事はできない。処女であるというステータスは確実に必要になるからだ。
これは中世の時代に『処女と偽る方法の手引書』なんかが存在していたことからもその重要さが理解できる。
貴族であれば13歳にもなれば婚姻相手がやんわり決まり15歳にもなれば結婚しているのだろうが、彼女の話しぶりからは、まだ婚姻している様子もなく相手を見繕っている状態だからこそ処女は家名をかけて守られていると断言したのだろう。
それに元々にしてズッコンバッコンリスクは女性の方が大きすぎるからズッコンバッコンしていない方が楽という事もある。とりあえずティアーヌは9割処女と考えて違いない。
ちなみに『処女と偽る方法の手引書』にはどんな手引きの内容が記されているかといえば、行為前日にヒルにあそこを吸わせてかさぶたを作っておけば行為の時にカサブタが取れて出血し、それを破瓜の血とするという技だ。
そんなもん当時の男は完全に騙されるわ。スゴイ。
……今だとわからんけどな。
さて、となれば、ティアーヌと赤毛の女の対立構図は
処女 VS 非処女
となるわけだ。
ヒロイン論争において、この対立はまずもって対立として成り立つ事がない。
なぜなら処女が圧倒的に強者だから勝負にならないのだ。非処女は同じ土俵に上がる事すら許されない。処女の圧勝だ。
もし非処女のヒロインなどが出てくれば、その作品の作者は作者生命を断ち切られる程のダメージを負う。
これは実例からも明らかだ。
ヒロイン=処女。
この論点を提示されてしまった以上、俺は心の底からヒロインは処女以外では成り立たないと断言せざるを得ないのである。
それでもどうしても非処女をヒロインにしたい場合には例外として最初から未亡人などの設定で『非処女です』と宣言する必要がある。それに加えて一途な性格など『精神的な処女性』を表現しておかなければ非処女ヒロインは成り立たない。非処女のヒロイン化には高いハードルが存在するのだ。
だが赤毛の女にはその表現の気配は無い。
となれば
「デヤァ!」
「グワー!」
山賊モブを掴みジャンピングブレーンバスターで山賊モブ集団に落下する。
すぐさまのダブルラリアット。
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
初めて放った被ダメージ覚悟の『必殺技』だ。
広範囲の相手にダメージを与えているが自分もまた鈍器で殴られたような痛みが走る。
だが構わない。
被弾も覚悟の上だ。
「お、おいっ! たかが膜じゃないか! そんなに重要な事でもないだろう!」
これまでに無い新しい技まで繰り出しての進撃に赤毛の女の悲鳴にも似た説得の言葉が飛んでくる。
「否っ! 重要なのだっ!」
そう。重要なのだ。
嗚呼、とうとう宣言した。してしまった。
フェミニストや処女厨うぜーなマウントマンが嬉々とした顔でダッシュしながら全力で殴りに来る姿が見える。
だが……今の俺は破滅都市暴力市長。
デヤァ! と殴り返してやる。
「デヤァ!」
「グワー!」
まずフェミニストは「処女に拘るとか男の嫉妬でしかないし器が小さいにも程がある!」とか言いながら「女性に優劣をつけるゴミカス!」と、その拳を振るってくるのだ。
ふんっ!
そんな事を口にするフェミニストなんぞ、エセフェミニストだクソくらえ!
「デヤァ!」
「グワー!」
そもそもフェミニストとは『フェミニズム』
男尊女卑だった頃の女性の権利拡大を訴える正当な論者だったはず。
対して声高に叫ぶエセフェミニストは『過剰に女性優遇を訴えるだけ』の存在。
そう。その正体は『女性であるだけで優れている』と訴える男性蔑視の差別主義者なのだ。エセフェミニストは男女ともに碌でもない思考の持ち主なのである。
肝心の処女についての論議も『処女の女性について』という論点であるはずなのに、エセフェミニストは『処女、非処女含めて全ての女性に対する差別だ』とエセフェミニズムを持ちだして殴りつけてくる。
これは「処女って凄いよね?」という問いに「非処女が悪いって言うのかー!」という返答なのだ。
求める答えは「はい。凄いと思う」か「いいえ、凄いとは言えない」だ。議論したい内容があるのであれば、その返答の後に、その論点を述べるべきであるのにこの返答。お門違いにも程がある。
そんな意味不明な返答をする輩の正体の多くは『女の敵は女』という言葉があるように『女性』であることが多い。
そう。処女を貶めようとする相手の正体は非処女なのだ。
ただ非処女の女性の全てが処女の敵かと言うとそうではない。決してそうではない。
敵意をもった一部の非処女だけが金切声で煩く声を上げているだけなのである。
なぜなら多くの非処女の女性にとって、こんな処女だの非処女だのについては、心底どうでもいい論議でしかないのだ。
つまり、どうでもいいと感じることのできない非処女だけが声を上げるのである。
そして声を上げる女性は総じて『自分の置かれている現状に不満を抱いている女性』が多い。その溜まった不満をぶつけやすい所にぶつけてストレス発散しているのだ。
なぜなら満ち足りた現状を過ごしている女性にとっては、前述の通り処女だの非処女だのは議論にあげる価値も無いからである。『いや、どうでもいいですよ』でしかない事だからだ。
「デヤァ!」
「グワー!」
さてそのエセフェミニストの叫び声を上げる女性の主張についても考える事になるのだが、そもそも処女を賛美する根拠は『処女を守っている女性個人』に対しての『文化的な理解の深度』や『誘惑に惑わない強固な意思』などを尊敬し、そしてそれを長年に渡って実行できる人格的な長所を「凄い」「しゅき!」と称え、「結婚できるならそういう人と結婚したい」と感想を言っているのであるのに対し、エセフェミニストの主張は「そっちだけ凄いとか言うとか差別だムキー!」に過ぎない。
つまり自分の手の届かない高さに人間が居るのは不平等だから高い所にいる奴は降りてこいと言っているだけ。自分が高みに上る努力をすることなく、ましてや自分から好んで下に降りた立場の癖にこの言い分なのだから話にならないし目も当てられない。
「デヤァ!」
「グワー!」
まぁそれでも、よく言われる『処女に拘るのは男の陳腐な嫉妬』という説は納得できる部分はある。
そもそもにして処女に対する男の執着は異常だ。
この執着については『本能説』『文化説』『嫉妬説』など幾説もあるのだが……俺はその説の全てを肯定する!
なぜなら各説を調べてみれば肯定しかできないからだ!
「デヤァ!」
「グワー!」
本能説は『処女であれば性病の心配もないし、自分以外の子が生まれるはずがない』
うむ。その通りだ。自分の種を保存したい! 肯定!
「デヤァ!」
「グワー!」
文化説は『過去の文明・文化が処女に価値を見出し、それが現代になった今も尚、継承されている』
うむ。その通りだ。世界各国、どの宗教においても処女は神聖視されているし大事にされている。
……世界共通だぞ? マジで世界共通。インターネットどころか航海技術も無い時代からワールドスタンダードなんだから、これは本当に凄すぎる価値観の共通だと思う。
過去の時代においては、お貴族様が平民の処女を奪う権利まで持っていたし処女を守りたければ処女税を納める必要まであったほど。
日本においても巫女など処女しかなってはいけないとされる職もあるし、男女七歳にして席を同じゅうせずなど過去に培われた文化があった。その文化を受け継ぎ、そして過去から学ぶ教養がある現代だからこそ同じように処女という物を特別視しても当然だろう。肯定!
「デヤァ!」
「グワー!」
嫉妬説は、女性が男性経験豊富な場合、他の男と比べられてしまうから嫌という自信のない男のエゴ。
うむ。その通りだ! 他の男と比べられるのは嫌だ!
なぜなら男は同じ土俵に立った同性に対しては競争心を抱かずにはいられないし負けたくないと考える生き物だからだ!
駅までの移動で小学生が『俺の方が歩くの早い!』とチラ見してくれば『ムっ』ときて競歩で戦いたくなるのが男の本能! 負けたくないという気持ちがあるからこそ自分に勝敗の分からない勝負などゴメンだ! 肯定する!
だがこのエゴについては実のところ女性にも当てはまる点があるのではないだろうか?
例えば、自分を抱いている男が内心で
「あ~……前の彼女の方がスタイルも良かったし肌のハリも良かったよなぁ……それに若かったし」
とか思われていたとしたらどうだろうか? いい気分にはならないはずだ。
そう感じる感情に差はあるだろうか?
「デヤァ!」
「グワー!」
まぁ、差があるからこそ童貞が笑われるのだが。
前述により、女性が男と同じように他の女を知らない童貞を重要視しても良いのではないだろうかと考えてしまうのだが、これは不思議と違ってきてしまうようだ。
もちろん童貞を重要視している女性も歓迎されるべきだろうが、なかなかその声を上げている女性はいない。
おそらくこの理由としては、男の場合、前述の本能由来の同性間での競争意識があり過去の同性に対してもそれが顕著にエゴとして現れてくるのだが、女性は過去よりも今現在を重要視する傾向が強いからだと考えている。
そしてなにより女性は過去との決別能力が男よりも高い。
『過去は過去』と割り切る事が出来るのだ。
対して男は『割り切ったフリ』しかできないのである。この差があるからこそ童貞と処女には大きな差があり、童貞は重要視されないのだと結論付ける。
故に重視されない童貞は『捨てる』モノであり、重視される処女は『守る』モノ。
この価値観から童貞と処女は『一度も城を攻めたことのない兵』と『守りの固い城』という例えがされ、そして皆を納得せしめるのではないだろうか?
一度も城を攻めたことのない兵は頼りなく信頼できない。
そして、守りの薄く誰にでも落とされる城もまた信頼できないのだ。
「デヤァ!」
「グワー!」
エセフェミニストには先の女性だけでなく、男も存在する。
だが、これは単に『俺は分かってるから』と同調して共感を得ようとしているだけ。単純に非処女の女性からの好感を得たいだけのコバンザメにすぎない。
要は圧倒的に数の多い非処女の味方をする事で、自身の存在価値を高めたいだけの存在なのである。
このエセフェミニストの男が同調の声を上げている場合、それはその声を上げている女から利益を得ている事が多い。
雑誌などの媒体で考えると分かり易いだろう。
絶対数の多い非処女に受けるように『処女はダサイ』的な内容ばかりを発信する。
なぜなら数のどんどん減る処女向けに内容を考えるより、数の増える非処女に受ける内容の方が売れるからだ。
そしてそれを世論として非処女は処女の立場を狭くしていく。非処女からしても処女の方が強いと理解しているからこそ、処女を非処女に加えようと世論を動かす。
その世論の中には非処女であることを「海外では普通だしー」などと言ったりして補強することもあるが、正直この意見には開いた口が塞がらない。確かに近年の婚前交渉率は高くなってきているが、海外の初体験でのレイプ被害っていうのは滅茶苦茶多いんだぞ?
よく「海外だとタトゥーとか普通だし」とかいうのと同じくらい滑稽だ。
海外でもタトゥーは底辺の人間のしていることであり中流以上は嫌悪感を持つ事の方が多い。
自分の口から話すのであれば、その例に挙げる国の人と実際に話してから話して欲しいものだ。
「デヤァ!」
「グワー!」
『処女厨うぜーなマウントマン』もエセフェミニストの男と同様の存在だ。
要はエセフェミニストの非処女の声明が大きいと感じるから同調する事で異を唱える物を踏みつけたいだけなのだ。
あわよくば非処女からの好感も得て、一石二鳥を得たいだけ。
大きな物の影で異端児を踏みつけて俺tueeeの優越感に浸りたいだけの小物なのである。
ぶっちゃけ処女厨うぜーなマウントマンは、好意を寄せる女性に処女・非処女議論を問われれば、その女性が非処女であれば「処女とかめんどうだよな」と答えるし、処女だった場合には「処女を守ってる女性は凄い!」と風見鶏の返事をする。ただ流されているだけの存在であり、そこに信念などは無い。
なにせ『処女厨うぜーなマウントマン』の口にする「処女とかめんどう」という言葉は、そもそもにして女性を食いものとしてしか見ていない言葉でしかない。そんな相手の賛同を得て喜ぶ非処女もまた可愛そうな存在ではあるが、それもまた個性の一つだろう。
そもそも、もし『処女厨うぜーなマウントマン』の口にする「処女とかどうでもいい」という言葉が真実であり、本当に処女・非処女に拘らない男であったとすれば、その口から『処女厨うぜー』という言葉が出るはずもないのだ。
「個性なんだから別にどっちでもよくない?」
これが本当に処女・非処女に拘らないだろう男の回答だ。
拘らないからこそ処女でも非処女でも関係ない。その相手をしっかりと見つめる。相手の持つ個性こそが重要なのだ。
男であるからには、かくありたい。
つまり『処女厨うぜー』と声に出している男がいた場合『逆張りできる俺かっけー』や『こう言っておけば非処女にモテるだろ』等の低俗な思考をしている可能性が高いということであり、そんな相手は真正面から相手どる必要は、まったくもってないのである。
「デヤァ!」
「グワー!」
赤毛の女の言葉を聞き流しながら、耳に入った言葉について内心で考え返答しながら殴り続ける。
結論として、やはり『ヒロイン』という存在は処女でなくてはならないのだ。
処女以外は有り得ない。
既に振るわれた拳により山賊モブは全員気絶している。
残るは赤毛の女ただ一人。
「残念だが終わりだ。
お前はヒロインにはなれない。」
ふと胸に頭突きする技があったなぁと攻撃方法を思い出し、早速胸への頭突き攻撃すべしと手を伸ばす。
「ま、待ってぇ!」
「な、なんだ!」
胸への頭突きを咎められたかと思い、ビタっと手が止まる。
赤毛の女はふるふると小兎のように震えながら、涙目で怯えるように口を動かした。
「あ……あたし……ほんとは……恥ずかしくて言えなかったけど……
ほ、ほんとは……処女なの。経験ないの。」
俺の心にトルネードが訪れた。




