ヒロイン論争 1
本日2話目
「デヤァ!」
「グワー!」
「「「「 ナ、ナニーっ!! 」」」」
2m以上の跳躍を加えた脳天砕き。
ジャンピングブレーンバスターは周辺の騎士・傭兵モブ、山賊モブ、どちらも共に巻き込んで見事に決まった。
人ひとりを抱えた上での人間離れした跳躍。
抱えた相手の脳天だけに全ての体重がかかるように計算された技。明らかに殺人の意図が明確な技だ。
そして更に驚くべきは、その落下点近くにいたモブ達が、そのブレーンバスターに触れるだけで皆吹っ飛んでしまう程の威力をもっていた。その尋常ではない破壊力を目の当たりにしたモブ達はみな戦慄を覚えずにはいられない。
その戦慄により波に乗りかけていた山賊の動きが止まる。
山賊の頭の赤毛の女もまた、その信じがたい光景に目を見開いていて止まった。
またしても訪れた静寂。
そして静寂をもたらした男はゆっくりと立ち上がり両手を軽く開いた戦闘体勢を整えてから口を開く。
「俺は山賊の味方じゃあない! ヒロインの味方だ!」
男の高らかなる宣言が静寂を割る。
騎士・傭兵モブ、山賊モブも、みな一様に『わけがわからないよ』といった表情を浮かべる事しかできない。だが明らかに圧倒的な戦力を持っている男の叫びなのだから、分からずともその宣言を無視できる者はいないのだ。
山賊の赤毛の女もまた『わけがわからないよ』状態ではあるが、この戦力を味方にすれば確実に勝利を収めることができる事だけは直感で理解していたからこそ、すぐに口を開いた。
「ヒ、ヒロインといえば女だろう! ここで女といえば私しかいないじゃあないか! おま……あなたは私の味方ってことでいいだろ!?」
男はゆっくりと腕を組んで赤毛の女を採点するように上から下まで凝視する。
赤毛の女も、その視線を受け、ぎこちなく笑顔を作った。
その笑顔を見て男は一度片眉を動かし、その後モブ達を見渡しゆっくりと考え始める。
赤毛の女は、よくよく見れば整った顔立ちをしている。
山賊服を着ていても主張している胸のふくらみも素晴らしい。
集団を率いるカリスマ性もある。
顔・スタイル・性質。
それらは赤毛の女がヒロインだったとしてもおかしくないレベルに達していると告げていた。なにせ三拍子揃っているのだ。
「う~ん……確かに。」
男の言葉にホっと胸をなで下ろす赤毛の女。
さらに男はじっくりと考え始める。
そもそもにして貴族を山賊が襲うという事は普通有り得ないはず。何故なら成功しても失敗しても確実に報復が来て息の根を止められるからだ。
商人や旅人であれば報復の可能性は低い。だから山賊は襲う相手を吟味するはず。
なのにこの赤毛の女は貴族を襲っていた。
ということは襲う理由が必要であり、貴族に対して何かしらの因縁があったり……よりヒロインチックに考えるのならば、この赤毛の女は例えれば実は王族と市井の子で遥か高みの血統を受け継いでいる云々などの裏設定がふんだんに盛り込まれている可能性が高い。
よし。この赤毛の女がきっとヒロインだ。
「ヨォシわかった! デヤァ!」
「グワー!」
心が決まると同時に騎士・傭兵モブの一人を掴みバックドロップを決める。
さらにすぐさまフライングボディプレスを騎士・傭兵モブに向けて放った。
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
フライングボディプレスに少しでも身体が触れた騎士・傭兵モブ達は皆ふっとばされてゆく。
「「「「 うぉおおおおおお! 」」」」
騎士や傭兵を蹴散らすという圧倒的な戦力増強に山賊モブ達が沸いた。
「お待ちになって!」
「むぅ!?」
だが吹き飛ばされた騎士・傭兵モブ達が立ち上がったりしている中、貴族側の本丸にあった馬車が開き、中から意を決したような強い瞳を持った金髪の令嬢が現れる。
「先ほどの言葉承りました……ヒロインならば私の方が相応しいはず!
なにせ私は、このプロヴィル国、ベラノドール侯爵の娘、ティアーヌ!」
その登場と同時に男の心に突風が吹いた。
『貴族の娘』
このキーワードだけで、ヒロイン力が数倍に膨れ上がる。
更に金髪碧眼の人形の様な美しさを持ち、貴族らしく汚れのない上品で綺麗な服に包まれた16歳くらいだろう娘。
妙に自信を持った喋り方といい、このヒロイン力は明らかにヒロインだ。強い。
このティアーヌと比べると赤毛の女で考えた裏設定はあくまでも『あるかもしれない』レベルのヒロイン力でしかない。比べてみれば明らかに差があるのだ。
分かり易く例えるならば現役JKとJDの偽JKコスプレ程もある差だ。
「ヨォシわかった!」
すぐさま踵を返す。
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
山賊モブの群れに向けてドロップキックを放つ。
放射線状にジャンプしているにも関わらず身体に触れた山賊はみな吹っ飛んでゆく。
「ま、まま、待って!」
これに焦るのは山賊達と赤毛の女。
だがここは鉄火場。言葉ひとつで止まる者がいるだろうか。いや、いるはずもない。
「なんだ。」
いた。
「え!? あ、えー、えーと、えーっと!」
赤毛の女もまさか素直に止まると思っていなかったのか焦りながらも必死に目を動かし貴族令嬢から勝てそうなヒロイン情報を探る。
「えーと! えっと! えーっと! あっ。」
何かに気付き、すっと落ち着いたような雰囲気に変わる赤毛の女。
小さく咳払いをしてから口を開く。
「ヒロインだったら……やっぱり女として魅力に溢れてなきゃいけないはず……そうよね?」
赤毛の女の自信ありげな問いかけに一度腕を組んで考え、それほど時間を置かずにコクリと一つ頷く。
ヒロイン力と女性的魅力は切っても切れない関係にある。当然の事だ。
その『魅力』については色々な面があるが、例えば顔立ちひとつにしても、ブスのヒロインなどは存在しない。
もちろん『ブスヒロイン』『ブス主人公』という区分けもあるが、そのブスは総じて『ブス』ではないのだ。
大抵の場合、髪型を変えたり眼鏡を外したりするだけで美人になってしまう。時々ダイエットや美容武装してから美人になったりもするのだが、ほぼ100%で元々の顔立ちは通常の人以上であることばかり。だからブスヒロインなど、ただの意外性を求める言葉遊びでしかない。顔立ちの美しさ=ヒロインなのだ。
だが、今、貴族の娘ティアーヌと山賊の頭の赤毛の女の美人力は、どちらも高いレベルにある。
その立ち位置は『ロリータを秘めた深窓令嬢力』と『ワイルドさを全力で放ちながらも美形』という対極に位置しているのだが、この構図では双方違った魅力を放っており甲乙つけがたいレベルなのだ! 決定的な差にはならない!
さぁ、この現状を踏まえて、どう出るつもりだ赤毛よ!
「その娘はおっぱいがないわ!」
おっと、そうきたか!
勢いよく貴族の娘ティアーヌに向き直り事実を確認する。
ティアーヌは驚愕しつつも即座に胸を両手で隠す様な動作をした。
だがその動作からでも彼女がちっぱいである事は伺い知れてしまう。
胸がある場合は自分の胸の前で腕をクロスすれば、むにゅり感が服に現れるはずだが残念ながら彼女からは明らかなスカスカ感が溢れていた。
何となく無念な気持ちになり俺は目を下に落としてしまう。
モブ達も同様だったようで、みなガックリと肩を落とした。
「な、なんなんですか!?」
その様子にティアーヌの憤慨したような心底腹立たしげな声が響く。
「ふふん。比べるのも可哀想だけれど……私は結構自信あるのよね。」
ティアーヌに対して両手でぐっと自分のおっぱいを持ち上げる赤毛の女。
服の上からでも明らかに分かる重量感のある膨らみ。ブラボー。おぉブラボー。
その仕草にモブからも「おぉっ!」と声が上がった。
「お、胸とか……関係ないじゃないですか!」
すぐさまティアーヌから非難の声が上がった。
だが俺は頭を振る
紳士であれば『そうだ関係ないだろ!』と肯定しただろう。
だが俺は紳士ではない。もう俺は破滅都市暴力市長なのだ。だから自分に素直に生きる。
素直に生きるからこそ本音で語るのだが、おっぱいとヒロイン力は大きく関係してしまうのだ。
『おっぱいでしか女を語れない』などと言われるが、そもそも8割の人間が第一印象で好き嫌いが決定しているのは常識のこと。人間は自分が考える以上に上辺でしか判断できない単純な生き物であることを皆が知っている。
だからこそ男にとって視界に飛び込みやすく一目で女性らしいと判断できる性的な部位は重要なのだ。ビバおっぱい!
そもそも「おっぱいしか見ない男さいてー」とか言っている女だって男がちんこもっこりしていればそこに、ちらりと目が行っていることを男は知っている。
さらにさらにそんなことを言っているくせに、わかった上で自分から見せている女のなんて多い事か。けしからん。誠にけしからん。もっとやれ!
再度踵を返す。
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
騎士・傭兵モブ達にフライングボディプレスを放った。
「さいてー!」
ティアーヌの怒声が響く。
思いの外、胸に刺さって痛い。
心が痛いから飛ぶ。
ドロップキックだ。
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
「さいてー!」
いや、痛いから。
心が。ね? ほら。体と心は別物だからパイルドライバー
「デヤァ!」
「「「「「 グワー! 」」」」」
「ほんとさいてー!」
いたたた。
いた、あいたたた。
ボディブローボディブローハンマーナックル
ボディブローボディブローバックドロップ
ボディブローバックドロップ
ボディブローボディブローバックドロップ
無心になる為に攻撃を繰り返す
「デヤァ!」
「グワー!」
騎士・傭兵モブは、もうその数を3人にまで減らしていた。
「ううぅ……山賊なんかと同じレベルにまで落ちたくなかったけれど仕方ありません!
そっちがそうなら、こっちだって言うんですからねっ! 私の方が圧倒的にヒロインだという事を宣言しますからねっ!」
「なにっ!?」
俺のボディーブローがティアーヌの言葉で止まる。
「私は……」
若干頬を染めながら言い難そうに間誤付くティアーヌ。
だが既に言う事を決めているのか、程なくしっかりと前を向いた。
「私は……純潔です! 処女です!」
心に暴風が吹いた。