第20話: 番人の自覚
朝、柵の一本が倒れているのに気づいた。
夜のうちに、何か大きな獣が通ったらしい足跡が残っていた。庭の外周を囲う柵は、精霊たちの住処と、人の生活圏を緩くわける印のようなものだった。壊れたままにしておく理由はなかった。
道具を持って、直しにかかった。体が覚えている作業だった。杭を打ち直し、縄を締め直す。七年間で、何度繰り返したかわからない。
作業の途中、水路の方から声が聞こえた。話しかけられたのではなく、シアとソルが話しているのが、たまたま耳に入ってきた。
「番人、また柵、直してる」
シアの声だった。
「いつも、そう」
ソルの声が答えた。
二人とも、こちらに気づいていないようだった。話す相手として呼んでいるのではなく、ただの呼び名として使っている響きだった。
手を止めた。
番人、という言葉が、思っていたよりも自然に、二人の間で使われていた。まるで、ずっと前からそう呼んでいたかのように。
「今の、なに」
思わず、声をかけた。シアが、はっとしたように振り返った。
「聞こえてた?」
「聞こえた。番人って、なに」
シアは、少し困ったような光り方をした。答えていいものか、迷っているようだった。
「……リナのこと」
「わたしのことを、そう呼んでるの? いつから」
「わからない。ずっと前から」
「ずっとって、どれくらい」
「たぶん、何年も前から」
その答えに、言葉を失った。自分の知らないところで、自分を指す名前が、すでに出来上がっていた。
ソルが、地面の中から短く付け加えた。
「柵、直す。畑、見る。木、確かめる。それが、番人」
「わたしは、ただ、必要なことをやってるだけ」
「それが、番人の仕事」
ソルの言い方には、迷いがなかった。役目として与えられたものではなく、七年間の行動そのものが、いつの間にか「番人」という一つの言葉に落ち着いていたのだと知った。
都にいた頃、リナは役目を与えられ、それに見合うかどうかで測られていた。役立たずと判断されて、追放された。だが今、この庭で得た名前は、誰かに与えられたものではなかった。ただ、してきたことの積み重ねが、そのまま名前になっていた。
柵を直し終えて、手についた土を払った。
「番人、か」
声に出してみると、思っていたより、抵抗がなかった。役に立つかどうかで判断される役目ではない。ただ、そこにいて、必要なことをしてきた結果としての名前だった。
「嫌?」
シアが、遠慮がちに尋ねた。
「ううん。嫌じゃない」
それは、本当だった。役立たずと呼ばれた七年前と、番人と呼ばれる今と、同じ「呼び名」でも、意味がまるで違っていた。前者は他人の都合で貼られた札で、後者は自分の足跡が積もってできた名前だった。
「番人でいい。それで、いいと思う」
その言葉に、シアが小さく揺れて、水路の方へ戻っていった。柵の向こうに広がる庭を見渡すと、いつもと変わらない景色のはずなのに、少しだけ違って見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第20話をお届けしました。「番人」という言葉を、リナ本人が知らないところで精霊たちがすでに使っていた、という構成にしました。誰かに与えられた役目ではなく、七年間の行動の積み重ねが、いつの間にか名前になっていた——そういう順番を大事にしたかった話です。
「役立たずと呼ばれた七年前と、番人と呼ばれる今と、同じ呼び名でも、意味がまるで違っていた」という一文は、この物語の根っこにあるテーマそのものだと思っています。
次の話では、リナのクールな表面が、ある珍しい出来事の前で少しだけ崩れます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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