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魔法学校の用務員リアラ  作者: エーカス
第2章
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第29話 訓練(1)

 金属を叩いたような甲高い音が部屋中に鳴り響いた。

「自己魔力の定常化は、自分の魔力を一定に保つ訓練だ。難しく考える必要はない」

 ハルヴィス先生の声は低かった。固い表情と淡々とした口調。贅肉のない痩躯で、すらりと背の高い40代半ばの先生だ。表情に乏しく、切れ長の鋭い目元には慢性的なクマができている。灰金色で肩にかからない程度の無造作な髪を揺らしながら、講義室と研究室を行き来するときしか校内で見かけたことがない。

 私は初めて会ったときから、この先生が少し苦手だった。

「はい……」

 返事をしたものの、私はすでに頭が痛くなり始めていた。魔力を音に変換する魔道具を使い、魔力を一定に保つ基礎的な訓練を、数刻もの間ずっと繰り返している。

 魔力を整えようとすると、外の魔力がそれに反応して揺れ、私はそれを抑えようとしてさらに複雑な制御をしてしまう。まるで、何本もの糸を同時に操っているような感覚。糸は勝手に絡まり、私はそれを解こうとして、さらに絡めてしまう。

 ――集中しなければ。

 深く呼吸をして目を瞑り、魔道具にゆっくりと丁寧に魔力を注ぎ込む。ぼぅぼぅぼぅ、という、うねるような音が鳴り始める。これを一定に保たなくてはならない。

 けれど、訓練室の空気の中に漂う魔力の粒が、色と形を持って押し寄せてくる。訓練室は魔力が安定しているはずなのに、私には細かすぎるほどの揺らぎが見えてしまう。波紋のような青白く微細な魔力、部屋中に遍在する淡い金色の残滓、誰かが昨日ここで練習したときの焦りのようなざらついた感情。そのすべてが私の身体へと突き刺さり、魔力を乱していく。

 ついに魔道具の音の周期が乱れ、キィィィィン!という耳を刺すような音が鳴った。また失敗した。

「どうしてそうなる」

 ハルヴィス先生の声には、呆れと困惑が混じり合っていた。

「すみません」

「いや、謝る必要はない。だが、もし君が学生であれば、落第だ」

 胸の奥がぎゅっと縮んだ。落第。そんな言葉を向けられなくても、自分が一番わかっている。私には才能がない。才能がなくても努力すればなんとかなることがあるけれど、これは努力ではどうにもならない気がしていた。私の能力そのものが、訓練を邪魔している。

 魔力残滓が視えるこの体質を、私はずっと呪いのように思ってきた。誰かの感情の残り香や過去の魔力の揺らぎが、まるで自分の皮膚の下に入り込んでくるように感じられる。嬉しいものも、悲しいものも、禍々しいものでさえも、区別なく私の中に潜り込んでくる。

 この特異な体質を知られたら、周囲は私を遠ざけるか、あるいは利用しようとしてくる。だから、この秘密を知っているレティシア校長が「公表しなくていい」と言ってくれたとき、私は心の底から安堵した。

 隠し通す代わりに、私は自分の能力から自分を守らなければならない。外界の魔力に振り回されないように、自分の魔力を一定に保つ「自己魔力定常化」。外部からの干渉を自分の魔力で打ち消す「魔力中和」。どちらも初等課程で習う基礎技術であり、普通の学生なら数週間で身につけられるものだった。

 けれど、私は、普通ではない。

「今日はここまでにしよう。次回は、明日のこの時間だ」

「ありがとうございました」

 訓練室を出たあと、私はしばらく廊下の壁にもたれて立ち尽くした。頭の中がぐらぐらする。魔力酔いほど酷くはないけれど、気を抜くと倒れそうなくらい身体が重い。

「大丈夫か?」

 背後からハルヴィス先生が声をかけてきた。私は慌てて姿勢を正した。

「大丈夫です。ちょっと疲れただけで……」

「そうか。無理をするな」

 その言葉は優しいはずなのに、どうしても責められているように聞こえてしまう。良くない癖だとわかっていても、どうしてもそのように考えてしまう。

 この訓練は仕事として扱われている。レティシア校長からの特別な「業務命令」という形式をとっている。訓練を受けていることを知っている人物は限られていて、来期まで公表しないことになっている。

 来期からは聴講生として、基礎講義だけに参加することが決まった。私の入学を強く推薦する一部の先生方とレティシア校長が中心となり、他校の制度を参考にした新しい枠組みをつくろうという動きになった。

 国家機密を扱うこの学校に聴講生という前例はなく、条件は手探りで決まっていった。

 聴講生の間も用務員としての身分は変わらないし、給料も変わらない。指定の講義がない時間は、通常通り用務員の仕事をする。この制度は実験段階であり、結果に関わらず、いつでも普通の用務員に戻ることができる。

 そこまで条件を整えられては、私に拒否権はなかった。せっかくの機会だから、挑戦してみたい気持ちはある。それでも、講義の内容についていけるかわからないという不安や、なぜこれほどまでに私に魔法を教えようとするのかという気持ち、その意図や目的がわからないことに対する一種の疑念は、拭えないまま残っていた。

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