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三十五本目 力を貸してくれ

◇翔


 翌朝、俺は、全身胃袋でできている赤髪女、シュリをなんとか言いくるめることに成功。その結果、彼女は下山、俺は再び頂上へと二手に別れた。どうせ、頂上まで到達するためには、道なき道を踏み進めるしか方法はないので、シュリの案内人として全く役に立たないし、唐突に変な動きのするこの女が、いつ何をしでかすか分からないという不安を抱えながら登山するのは効率が悪いからだ。正直、お荷物ってわけ。でもこのお荷物は自立歩行できるタイプだから(当たり前か。)、ご自分でお家へお帰りいただいた次第だ。ふぅ。


 だいたい、案内人とか言いながら、前日正規ルートを辿って頂上を目指した時でさえ、あいつは何度も道を間違えかけて、うっかり危ない目に遭いそうなことも多かった。今回は楓のために、絶対に無事に早く辿り着きたかったから案内人を用意するなんていう大事をとったものの、結局余計なことをしてしまったのかもしれないな。初めから、いつも通り自分の勘を信じて動けば良かったのだ。……と言えども後の祭り。俺は、たった1人で朝陽にきらめく雪面に竜の爪を突き立てながら、必死に頂上を目指した。



* * *



 頂上は、前日よりも気候が穏やか。シュリという邪魔者がいなかったせいか、俺の身体能力が存外強かったせいかは分からないが、昼過ぎには目的に到着していた。


 今日も聞こえる。

 高い音。

 懐かしい響き。


 俺は、目を閉じて、耳をすませた。


「ここだ」


 バーのマスターからの情報によると、俺の探し物は頂上の地下にある洞窟に眠っているらしい。俺は、特に音が大きく聞こえる所まで移動して、頂上の岩のある1点に掌を押し当てた。すっと息を吸い、神経を集中する。こういう時は、頭の中を空っぽにするのが大切なんだ。


 まず、シュリとかいう女のことを忘れる。木仏金仏石仏きぶつかなぶついしぼとけのゴミ屋敷みたいになっていた書斎のことも忘れる。昔、仕入先で泥棒と間違えられて逃げまくったりして、酷い目にあったことも忘れる。導きの神の親バカぶりも忘れる。以前、楓に手を出しかけた嫌な客のことも、済んだことだから忘れてやってもいい。止まり木旅館の皆のことは、ちょっとは覚えておいてもいいか。楓のことは……絶対忘れることなんてできない。……って、やっぱり楓のこと考えると意識が乱れるか。いや、それでもいい。今回はある意味楓との共同作業だから。俺は、楓と共にここにいる。お願いだ。なんとか、なんとか力を貸してくれ。俺は、竜としても人としても出来損ないだ。自分でも腹が立つぐらい中途半端だ。けど、これだけは成し遂げたい。中途半端じゃだめなんだ。だから、だから……今だけでいいから、竜の光を俺の手に……!!!!!


 知らない間に全身がぐっしょり濡れて、額からつたってきた汗が目に入った。

 ここまで全力を出してもダメなのか。やはり竜より人としての存在に近くなってしまった俺の限界はここまでなのだろうか。竜にまつわる伝説の扉は、竜が発する光が鍵になると相場が決まっている。それ自体はまず間違いないのに、まだ洞窟への道筋が見えてこない。でも、俺の掌からは経験したことがないぐらいの強い光線が発せられていて、それは岩の1点に向かってどんどん吸い込まれていっている。


「楓……」


 思わず名前を呟いて、最後の悪あがきとばかりに、持てるだけの力を捨て身の思いで掌に集中させた。


「はぁぁぁああああああああああああ!!!!!」




 ?!!!


 その時、それまで俺の掌からの光を吸い込み続けていた岩が、パリンッと真っ二つに割れた。もしかして、やりすぎたか。もしくは、やり方がまずかったのか。そう思っていると、低い地響きが聞こえ始め、あっという間に俺の足元は大きく揺れ始めた。ここは山の頂上。ちょっと足を踏み外すと、また昨日みたいに滑り落ちて山の中腹まで逆戻りだ。地面に這いつくばって揺れが収まるのを待つ。しかし、突如として、身体が宙に放り出される感覚に陥った。


「え?!」


 俺は男だから、「きゃー」とか言わない。色気のない不愛想な反応ですまんな。



* * *



 痛む全身、特に頭。身体を起こすと、そこはいかにも洞窟といった場所だった。少しひんやりするが、山の頂上のように風が強いわけではないので、体感的には随分良心的な温度設定である。いや、エアコンが効いていると思っているわけではないからな。


 頭上を見上げると、鍾乳洞のように、たくさんの氷柱みたいな形状の岩がぶらさがっていて、時々ぽたりぽたりと水滴が落ちてくる。もし、このトゲトゲの岩が一斉に落ちてきたら、俺、死ぬなと思うと、ぶるっと身震いしてしまった。


 洞窟内は薄暗いが、ぼんやり青い光で満たされている。この光は、どうやらこの先少し進んだ所に光源があるような気がする。俺は、立ち上がって軽く身体を動かし、装備を念入りにチェックすると、青い光が差し込む方に向かって歩き始めた。


 しばらく、足場の悪い水たまりなどがある凹凸の激しい地面をやり過ごしなら歩き続けると、急に開けた場所に出た。と言っても、ここは外ではない。まだ洞窟の中だ。そしてこの場所の中心には、大きな半円系の台座があり、さらにその上には、ザ・クリスタルと言わんばかりの形状をした青い宝石が浮かんでいる。



 ……あった。

 

 俺はとうとう、探していたものを見つけたのだ。



 その青い宝石は、とても美しくて、悲しい色をしていた。風もないし、モーターがあるわけでもないのに、不規則、かつ緩やかに上下して佇んでいる。

 俺は、宝石に向かってゆっくりと歩みを進めた。



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