三十四本目 まさか、もう一度
◇翔
案の定、シュリがザラマンダへの案内人に決定。そして3日間かけて頂上の岩山までやってきた。天気は良好。遠く彼方まで続く雪に覆われた白い山脈に、強い日差しが降り注いでいる。切り立った崖の上は、さすがの俺も竜の爪を出して何とか地面に張り付いていないとすぐに吹き飛ばされてしまいそうなぐらい、強い突風が吹いていた。そんな中、しれっとした顔で笑っているこの女、シュリは、案外強者なのかもしれない。
「ねぇ、何も無いじゃない? マスターはここにあるって言ってたけど……この情報ガセだったんじゃないの?」
「いや、ある。ちゃんと感じるから」
どこからか高い音色が聞こえる。そして、胸の中に、なんとも言えない懐かしさがこみ上げてきて、思わずうっと涙が溢れそうな心地がした。だからこそ確信がもてる。
「ありがとう。ここまででいい」
俺は、シュリの胸の谷間に金の粒が入った小袋を押し込んだ。キャッと存外女らしい声をあげたシュリは、少し体勢を崩して、足場が雪崩を起こしそうになる。
「待ってよ! こんなところで私を捨てないで!」
たまにいるのだ。こういう勘違い女は。ちょっと数日間寝食共にしただけで、俺を自分のものだと思うらしい。あまりにしつこい奴は味見して相手の意識が飛んだ時点で立ち去ることもあるが、そういうのはあまり好きじゃない。それに、ほら、手のひらに収まるぐらいのちんまりした感じの方が好きだから、こういうデカいのはちょっと……。『何が』とは、敢えて言わないけどな。
「金は渡した。それに、ここまで俺を連れてこれたんだ。帰り道が分からないとは言わせないぞ」
ここからは、俺も全力で竜化して挑む必要がある。ただえさえ完全に変化できないのに、この女がいると集中できなくて、うまくいくものもいかないだろう。
「昨夜はあんなに良くしてくれたのに……」
ちょっと待て。誤解されるようなことを言わないでほしい。俺はこの女と何もしていない。それどころか、楓が25歳になってからは、本当に誰とも何もないのだから。昨夜したことと言えば、飯食って、先に眠ってしまったこいつに毛布をかけてやったぐらいのことだ。
「もう、あの美味しいブルグラッド汁が飲めないだなんて……!! あたし、生きていけなーーい!!!!」
……そっちか。俺は昨夜、日中に雪山の中腹で狩ったブルグラッドという鹿のような動物の肉を使って、具沢山の味噌汁を作った。大鍋満タンにあったそれは、あっという間にシュリが平らげてしまった。何度もげっぷして幸せそうにしていたのは確かだ。
「……目的が済んだら、マスターに味噌とレシピを渡しておく。それで作ってもらえ」
「ほんと?! 嬉しいーー!! これでまたタダ飯にありつける!!!」
よく滑る雪面の上で、ジャンプするシュリ。うるさいから、このまま滑り落ちてしまえと思ったが、そんなことが現実になれば、さすがに後味が悪い。俺は、シュリが興奮しすぎて命を落とさないように、彼女の腕を強く引っ張った。だから、油断していたのだ。
「翔、大好き!」
屈託のない良い笑顔。赤くて長いポニーテールが大きく揺れたと思った瞬間、彼女と俺の影は重なって……
* * *
「美味しいーーー!!! 翔は、やっぱり最高ね!!!!」
俺達は、早朝から丸一日近くかけて必死に上り詰めた山の頂上から転がり落ちて、山の中腹まで逆戻りしてしまった。しかも、人が歩けるようなルートから外れた場所。しかし、ブルグラッドだけはたくさん生息している。
「まさか、もう一度ありつけるだなんて思ってなかった!!」
俺は、今夜もブルグラッド汁を作った。シュリはすっかり上機嫌。
「まさか、もう一度作ることになるとは思ってなかったよ」
でも、確かに美味いのだ。ブルグラッドなんて、その見た目からは獣臭くていかにも食えそうにない感じするのに、案外良い出汁が出て、それが手持ちのドライ野菜の旨みと交わると何とも言えない美しいハーモニーを生み出す。いくらでも食べれそうな程の味になるのだ。でも、楓が作れば、もっとうまくできるんだろうな。
俺は満天の星空を仰いで、ゆっくりと目を閉じた。




