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三十三本目 今すぐ何か奢って!

◇翔


 俺に関わる人間は、みんな妙に癖がある。別に癖があるのは悪いことではない。性格や特長を把握して、流されないようにさえ気をつければ、面白い奴も多いからな。けれど、今回は少し手強いようだ。できればもっとマシなのを選びたかったのだが……。彼女、シュリと出会ったのは、ある店でのことだった。


 久しぶりのグジャルダンケル。木物金仏石仏の特殊な扉を通って辿り着いたのは、デビュンドルンド国の首都、ドラクーンだった。ここは、北側が万年雪を頂く大山脈と繋がっている大きな街だ。つまり、運良く俺が生まれた場所の近くに来れたということ。


 そうは言っても、俺がこの世界、そしてこの国にいたのはガキの頃。まだ人の姿になる練習に励んでいた段階だったから、一人でこんな大きな街に出てきたことなんてあるわけない。生まれ故郷と言っても全く見知らぬ街である。


 ドラクーンの人々は竜を崇拝している。中心部には竜を崇めるための神殿まであるようだ。ここで俺がうっかり腕に鱗なんて出そうものなら、神の化身だとか言われて大変なことになるだろうな。そんなことを考えながら、とりあえず故郷の山へ向かうための案内人を探すため、昼間から酒を出している店を探した。たいていどこの世界でも、そういう店は情報を売っていたり、善悪関係なくあらゆる目的で人と人の繋がりを取り持ったり。表沙汰にできないような取引きが行われている。


 表通りから3本奥の細い路地に入ると、いかにも胡散臭い雰囲気のする看板を見つけた。店の名前は『ザラマンダ』。俺が住んでいた山の名前だ。これも何かの縁かと思い、薄汚れたドアを押し開けた。同時にドアからぶら下がっていた鈴がチリンと鳴る。


「らっしゃい」


 こんな店だが、一応挨拶ぐらいはしてくれるようだ。案外普通の店なのか? だったら用は無いなと思ったその時、店の主人と思われる男が奥から出てきた。


「見ない顔だな。探し物か? 情報か? うちは金は貸してないぞ」


 どうやら当たりだったらしい。男は胸ポケットから煙草を出して火をつけた。すぐに薄暗い店の中に白く細い煙が泳ぎ始める。


「探し物だ」


 俺は、荷物から紙切れを取り出して、カウンターの上に広げた。


「これ、知ってるよな?」


 男は、煙草を灰皿に押し付けると、首からぶら下げていた眼鏡をかけて、紙を手に取った。そして次の瞬間……


「おい、あんた頭おかしいんじゃないか? 帰れ、帰れ!! お伽話をするような店じゃねぇんだよ、ここは。お子様は動物園にでも行ってきな!」


 この反応は想定済み。俺は、最初で最後、且つ最大の切り札を出すことにした。


「まぁ、これでも見てから聞いてくれ」


 店の奥に戻りかけた男は、眠そうな目をこちらに向けた。さぁ、目を覚ましてもらおうか。俺は、腕まくりして、腕に少し意識を集中する。


「……?!!!」


 男は、こちらを見たまま硬直してしまった。これも想定済み。でも、このまま使いものにならないのでは困る。俺は、手のひらをカッと広げて、掌の中央から強い光を出した。


「目が覚めたか? こんな暗いところにいるから、こんな真昼間に眠くなるんだろうよ」


 男は、眼鏡をかけなおすと、再び俺の目の前に戻ってきた。そして、両手を合わせて頭を下げる。おそらく、これは神殿における拝礼の作法なのだろう。



「……竜のお方でいらっしゃいましたか」


「できそこないだが、一応な」


「竜が人の姿になって里に出てくるという話は聞いたことがありますが、それは伝説とばかり……」



 急に態度を改めた男。俺は鼻をフンと鳴らして、男の背後に向かって顎をしゃくった。



「竜のお方も酒をお飲みになられるのですか?」


「今は人間だ。辛めのものを出してくれ。旅立ちの景気付けになるものを」


「お待ちください」



 男は、アーティスティックと言うにはいびつ過ぎる形のグラスを取り出すと、一番上の棚から下ろした瓶の中身を七分目まで注いだ。



「うちで一番良い酒です」


「悪いな」



 匂いを嗅ぐと、何か生き物の気配がした。


「何の酒だ?」


 その時、店のドアが勢いよく開き、鈴の音が大きく響いた。


「マスター! 依頼とか来てない?! このまんまじゃ、あたしお腹空きすぎて死んじゃうよ〜」


 赤く長い髪をポニーテールにまとめた冒険者風の女が入ってきて、俺の隣に腰掛けた。


「あなた、誰? あたし、シュリ。何か依頼してくれない? 最近何も仕事がなくってさ。ほんと困ってんのよ」


 俺は彼女が店に入った瞬間、腕に出していた鱗は引っ込めたものの、なんだか悪い予感がしてならなかった。今回は、できるだけ人と関わらずに成し遂げたいのだ。どうやらここの常連のようだが、口が軽そうで、気に食わない。鱗を見せた後だが、今からでもやはり店を変えるべきか。


「あら、いいもの飲んでるじゃない? これ、雪兎酒ゆきとざけでしょ?」


 そういうと、シュリは俺の目の前に置かれたグラスをかっさらって、一気飲みした。



「あー美味しかった!!」


「シュリ! 馬鹿野郎!! これは俺が竜のお方にお出しした飲み物だぞ……?!」


「竜のお方? ……あなたがそうなの?」



 店の主人よ。怒ってくれるのはありがたい。でもな、もう全て台無しだ。シュリは既に、俺に狙いを定めている。


「ねぇ、竜のお兄さん! 何か依頼があってここに来たんでしょ?! あたしが何でもお手伝いしてあげるわ! だから、今すぐ何か奢って!!」


 ドラクーンでも、信仰心のない人間はいるらしい。俺は諦めて、店の主人に視線を移した。彼は、心から申し訳なさそうな顔をして縮こまっている。


「……これで、何か食わしてやってくれ」


 俺は、荷物から金の粒を取り出すと、空になったグラスの中に放り込んだ。




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