第四十四話「自然の摂理」
「ふわぁ〜」
起きたはいいがあくびが止まらないし、目も開かない。
「取り敢えず顔を洗いにいくか」
シオンはまだ寝ているので起こさないように部屋をでる。
魔国にやって来て約一週間程が経過した。俺たちは現在も同じみの温泉宿、ナマズの女将が経営する『センの湯』でお世話になっている。当初の予定通り観光を目的とした滞在だ。
初代魔王城の掃除はクロメリアの呪術のおかげですぐに終わった。空き時間に探索はしたが初日のようなハプニングも無く、あの城に通ったのは結構最初の二日だけである。
もの足りなさはあったが元々魔族が何度も調査を済ませていた場所だ。あんなものが残っていた方が珍しかった言えるだろう。
「初代魔王と勇者についてもうちょっと調べてみるか。それから神についても」
目的がいまいちはっきりしない俺にとって、目的の方から歩みよってくれるのはありがたい。だがこれが盛大なフラグだったとして今後どう転がっていくのか。
規模が大きすぎて全体像が見えてこないんだよな。
まあ、当面の目標としては最優先はシオンの妹の救出だ。偉人調べはいろいろ落ち着いたらゆっくり自分の趣味にでもしよう。
考え事をしながら歩いていたら、あっという間に宿の裏庭へ辿り着いていた。
井戸から水を汲み上げ、持参したタオルを水につける。
「うへぇ、つめて〜」
こちらの世界に来てからは早寝早起きが当たり前になってしまった。ネトゲのために夜更かしをしていたのが嘘のようである。
健康的過ぎて逆に不安になって来た。
「なんて情け無い声出してるニャ」
足音が近づいてると思ったらアーニャか。
彼女も寝落きなのか目が半開きだ。いや、これは単に呆れた目をしてるのか?え、そんなヤバい声出てた?
「仕方ないだろ。冷たいもんは冷たい」
「今からそれじゃあ、蒼の月なったらどうなってしまうニャ」
「蒼の月は冬だったか?それならリリィーに頼んで人型の暖炉になってもらうさ。焦がされそうだけど」
「魔王様にそんな事言えるのはお前たちくらいニャ......」
アーニャはため息を吐きながら、俺の隣へ来てタオルを水に濡らす。
水の冷たさか一瞬びくりと震えていたが、わざわざ指摘してやるつもりはない。俺は寛大なのだ。大人である。
そもそもネコ科って水だめじゃね?
「それで? 今日も懲りずに偵察か?」
「そうニャ。いい加減スキルの一つくらい開示するニャ!毎日毎日お前のランニング見てても、なぁーんにも楽しく無いのニャッ!」
「お前が偵察なんて言って見に来るからだろ。俺だって普通にスキルを使った訓練がしたいっての!」
こいつはリリィーに、俺が朝の日課(特訓)をしていると聞いてから、律儀に毎日ここへ通い詰めている。
おかげで最近はジョギングぐらいしか出来ていない。まあ俺にとっては、ただ走るだけでも結構楽しいからいいんだけど。
訓練になっているかは別だな。
「いきなり自分たちの王に得体の知れない奴が付き纏い初めて、はいそうですかって方がおかしいニャ!戦力分析くらい当然ニャ!受け入れるのニャー!!」
「おい、やめろ!揺さぶっても情報は落ちねーよ!襟から手を離せっ!」
寝起きの頭になんて事するんだ!
「っち!分かった分かった。その代わりベラベラ周りに喋るなよ?」
仕方ない。珍しいスキルでも見せれば満足するだろ。獲得してから使っていない、試したいスキルもあるしな。
「え?ほんとに教えてくれるニャ?」
「お前の言い分は最もだしな。ちょっと離れてろよ。巻き込んでも責任は取らないからな」
「そうやって逃げる気ニャ!」
「ちげーよ」
大きめの溜息を一つ吐く。
コンセプトは……そうだな。相手を逃がさない広範囲の無力化。
しゃがみ込み手のひらを地面につけ、発動の起点をイメージやすくする。
本来こんな動作は必要がないが、発動が初めてなので念のためだ。やり過ぎで周りに被害が出ても困る。
(スキル《操氷》を発動しました)
生えていた草が俺を中心に、広がる様に凍てついていく。急激に周囲の温度が下がっていくのが分かった。
恐らく既に氷点下だろう。
(称号《氷の世界》を獲得しました)
一通りの技の発動を終えると顔面蒼白のアーニャが立っていた。
あれ、そういえばネコ科って寒さがダメなのか。
「お、お前今何したニャ」
「何って、このくらいリリィーだって軽くできるだろ」
「そんな話はしてないニャ!」
いきなり語気を強めるアーニャに流石に俺も少々戸惑う。
「今のに魔力は使われていなかったのニャ……」
それはそうだろう。今のは魔法ではなくスキルなのだから。
「お前は今自分が何をしたのか分かって無いのニャ……?」
責められている意味が分からず首を傾げる。
「何の代償もなしに、魔力を使わずに氷魔法の再現なんて!こんなの世界へ冒涜なのニャ!」
……なるほど。そういことか。
「スキルはあくまで補助的なものなのニャ。こんなスキル見たことも聞いたこともかないのニャ!」
「そうは言うけどな。今お前が言った補助的なスキルでさえ何の代償もなしに行使されるのはおかしいだろ」
「それは……!」
「異世界人の俺に言わせれば、もとよりこの世界の法則は間違いだらけだ。まあ世界が違うからと言われればそれまでだが、少なくとも自然な摂理とは言い難いだろ」
俺の身体やスキル、それから邪竜が溜め込んでいた特殊な武器など。原理を説明できないものは多い。
「不安か?自分達の王が負けるかもしれないって」
「図に乗るなニンゲン!そんな訳ないニャ!お前ごときが魔王様の足元にも及ばないのニャ!」
挑発するように鼻で笑えば何の迷いも無くすぐに言い返してくる。なんだ最初から分かっているじゃないか。
「そうだよ。お前にとって俺はその程度の存在の筈だ。真に信じるべきはリリィーの奴で、多少の理から外れてる奴が現れたから何だってんだ。そんなものでお前の世界は揺らぐのか?」
「……取り乱して悪かったのニャ。」
下を俯いたままアーニャが小さな声で謝罪する。動揺が抜け切ってはいないが一先ずは落ち着いたようだ。
この世界で育ったアーニャにとって常識とし埋め込まれていたものが崩れかけたのだ。仕方ないとは思う。外の世界から来た俺の価値観だから気づけた事だ。
発動していたスキルを切れば庭は元の状態へ戻っていく。
「俺の方こそ悪かった。こうして毎朝まとわりついてくるのはリリィーから仲良くするようにとか言われてるからなんだろ?」
先ほどリリィーの名前をだしたおかげで思い出した。リリィーはそういう事を言うやつだ。これはアーニャなりに気を使っていたのだろうと今は思う。
「別に……。敵になるかもしれない相手の手の内を知ろうってのは嘘じゃないニャ」
「だとしてもだ、ありがとう。こうして人と話して頭の中の整理ができた。誰を信用して、誰を疑うべきかってのも」
言ってしまってから羞恥心に襲われる。真面目に話していたつもりだが、格好つけてるやつと思われてもおかしくないやり取りだった気がする。
「ニンゲンの癖に生意気ニャ」
「あ、おい。さっきも言ってたけどそれやめようぜ」
「ニャ?」
「そのニンゲンってやつ。お前らだって人だろ。数える時だって何人って言ってた筈だ」
四天王の四人って言うわけだし。
別にアーニャから差別的なものは感じない。なら何故わざわざニンゲンなんて言葉で表すのか。魔族と人間は別物で分かりあえないものと無意識に区別しているからだろう。
けどその意識のままじゃきっと変われない。シオン無謀とも言える理想叶えるにはこういう些細な部分から変えていかなくてはならない。
「だから俺のことは名前か転生者って呼んでくれ」
「転生者はニンゲンって言ってるのと同じじゃ無いのかニャ!?」
「まあ、それは良いんだよ。俺たちの街だと転生者って呼ばれてるし」
「よくその呼び名で広まったのニャ」
「いや俺が広めた。だって俺以外、魔王様とか神様とか勇者様とか呼ばれてるの一人だけ名前ってダサくないか!」
「その思考がすでにダサいのニャ!!」
そうしていつも通りのノリへ戻してまた日常へと帰ろうとする。気分転換という名目の観光を終えて、新たに増えた協力者達と共に街の発展を手助けしていくそんな日常を思い描いていた。
朝食の時間リリィーがどこか遠くを見つめてうわ言のように呟くまでは——
「う、そ……。なんで、一体なにが……!」
「魔王様?どうされたのですか?」
真っ先に身を案じるボルガーの声も聞こえていないのか、動揺のまま立ち上がりテーブルに視線を落としている。
「シルフィアさんの生態反応が突然消えたの……」




