第七話 厨二病、家出する
この怪物を外に出すな(願望)
十五歳になった。
僕がこの日を迎える一年前、ゴルゴン王国に三百年以上も現れなかった勇者が誕生した。
名はゼイン。
ゴルゴン学園を襲撃した邪神教団の大司教《正義》と戦い、王国に眠っていた破邪の剣を覚醒させたことで、正式に勇者と認められたらしい。
父上からその話を聞いた後、兄上からも手紙が届いた。
ゼインは兄上の友人であり、二人は何人かの学生とともに、さらなる修行のためディーン魔導帝国へ向かうという。
「おい、エヒト。落ち込むなよ」
手紙を読み終えた僕へ、ポチが珍しく気遣わしげな声をかけてきた。
「勇者にはなれなかったとしても、お前なら英雄並みの力はある。いや、性格はともかく、実力だけなら――」
「ポチ」
「なんだ?」
「頭がおかしくなったのか?」
「てめえ! 人が励ましてやってんのに、なんてことを言いやがる!」
急に当たり前のことを褒め始めたから、どこか悪くしたのかと思っただけだ。
「そもそも、僕が落ち込む理由は何だ?」
「お前、あれだけ自分が勇者だと言っていただろうが。ところが、実際に選ばれたのは別の奴だ。少しは悔しがっているのかと――」
最後まで聞く前に、僕は吹き出してしまった。
「あはははは! 面白いことを言うね、ポチ。ずいぶん芸達者になったじゃないか」
「なんで笑いやがる! あと、芸達者ってどういう意味だ!」
騒ぐポチを無視し、僕は書庫の中を歩いた。
「いいかい、ポチ。僕は勇者だ」
「その前提を疑えって話をしているんだよ」
「僕が勇者だからこそ、君は森で僕を狙った」
「いや、俺が狙っていたのは――」
「つまり、ゼインという男は偽勇者だ」
「人の話を聞け!」
ポチは何か言いたそうだったが、今はそんなことより重要な話がある。
「物語ではよくある展開だ。本物の勇者より先に偽物が現れ、人々から称賛される。だが、やがて化けの皮が剥がれ、本物が正統な力を示す」
「お前の頭の中にしか存在しない物語で、現実を決めるんじゃねえ」
「では、論理的に考えてみよう。この世界には七つの根源があり、それぞれが英雄を選ぶ。ならば、世界の外から現れた《虚》が、自分の英雄を作らない理由はあるのか?」
ポチの表情から苛立ちが消えた。
腕を組み、黙って考え込む。
「……理屈の上では、不可能じゃねえ」
「だろう?」
「だが、証拠がねえ。それにゼインは、破邪の剣を覚醒させた。あれは歴代勇者の力へ反応する聖剣だぞ」
「魔物は、喰らった生物の能力を再現するのだろう?」
「ああ」
「そして《虚》は三百年前、八代目勇者を一度その内側へ取り込んでいる」
八代目勇者は最後に《虚》へ抗い、自らを犠牲にして封印を施した。
八代目勇者率いる虚を崇める邪神教団と英雄たちの戦いを描いた『新七栄伝』の最後の話だ。
だが、一度取り込んだ事実は変わらない。
「ならば、《虚》が八代目勇者の力を学習し、その力を偽勇者へ与えた可能性は否定できない。破邪の剣が反応したのも、勇者の力を感じたからだ」
「待て。可能性があるというだけで、ゼインが《虚》の英雄だと決まったわけじゃねえぞ」
「つまり、可能性はあるんだな?」
「俺の話を都合よく切り取るんじゃねえ!」
やはり、僕の推理は正しかった。
「それでどうする。本当にそいつが《虚》の英雄なら、倒しに行くのか?」
ポチは馬鹿なのだろうか。
勇者として認定された人間を、証拠もなく攻撃すれば、捕まるのは僕である。
「まったく。物語というものを理解していないな」
「お前にだけは言われたくねえ」
「まずは奴の正体を暴く。そして、すべての悪事を白日の下へさらした後、真の勇者である僕が正面から打ち倒す」
完璧な筋書きだ。
偽物を闇討ちするだけでは、本物の証明にはならない。
「そのためには、僕たちもディーン魔導帝国を目指す必要がある」
「待て。お前、ゴルゴン学園へ行くんじゃなかったのか?」
「邪神教団の襲撃も、勇者の覚醒も終わった学園へ行って、今さら何をするんだ」
「授業を受けろよ」
「今の僕に教えられることがあるのか?」
「……ねえな」
ポチは悔しそうに認めた。
「ならば決まりだ。僕は家出する」
「なんでそうなる」
「旅立つ主人公が、親の許可を得ていては家出にならないだろう?」
「旅立ちじゃなくて、家出が目的になってんじゃねえか」
細かいことを気にする男だ。
◇
僕はさっそく、家出の準備を始めた。
この三年間、ひたすら魔術を研究してきた。
既存の術式を組み合わせ、ときには《界》の根源へ直接触れることで、これまでにない魔術も完成させている。
机の上へ手をかざし、空中に黒い穴を開く。
買い集めておいた干し肉、硬いパン、水の入った革袋を、順番に穴へ放り込んだ。
「改めて見ると、とんでもねえ魔術だな」
横から眺めていたポチが呟く。
「空間と空間の狭間に、物を保存するための小さな領域を作っただけだよ」
「それを世間では、とんでもねえと言うんだ」
名付けて、収納空間。
内部では時間の流れは停止しているので、食料も長く保存できる。
とはいえ、容量に限界はある。帝国までの食料をすべて詰め込めるほど広くはないし、旅先で何が起こるかも分からない。
まずは領地から最も近い、始まりの街ゼケルへ向かう。
そこで生活しながら金と食料を確保し、少しずつ帝国を目指す予定だ。
帝国へ最短距離で向かうこともできるが、それでは旅ではなく移動になってしまう。
せっかく異世界に生まれたのだ。冒険者として街から街へ渡り歩く過程まで楽しまなければ、もったいない。
「これなら、いつでも出発できるな」
「その空間を使えば、家ごと持っていけるんじゃねえか?」
「風情がない」
「家出に風情を求めるな」
《収納空間》以外にも、三年間でいくつかの空間魔術を作り上げた。
一度訪れて印を刻んだ場所へ移動する《転移》。物体の形状、材質、内部を流れる魔力を読み取る《構造解析》。そして、周囲を自分専用の空間へ一時的に塗り替える切り札。
最後の魔術は消耗が大きく、一度使えば、同じ場所では二十四時間ほど再展開できない。空間に残った歪みが元へ戻るまで、時間が必要だからだ。
それでも、切り札としては十分だろう。
「魔術師の等級は、低級、中級、上級、王級、聖級、神級だったな」
「それがどうした?」
「父上とポチが王級。僕は二人より多くの魔術を使える。つまり、今の僕は聖級くらいか」
「違う」
「では神級?」
「上か下かの話じゃねえ。誰も使えない魔術ばかり作るから、既存の等級で測れねえと言っているんだ」
なるほど。
聖級という枠にも収まらないらしい。
「絶対に違う受け取り方をしてるだろ、お前」
剣術についても、母上から教えられる技は一通り身につけた。
もっとも、母上が扱う秘儀だけは教えてもらえなかったので、まだ完成したとは言えない。
実力は申し分ない。
食料、着替え、魔術書、野営道具も《収納空間》へ入れた。
念のため、自室には《転移》の目印を残したので、帰ろうと思えばいつでも帰れる。
それでも、これは家出だ。
本人が家出だと決めたのだから、間違いない。
最後に、ジェニーの枕元へ一冊のノートを置いた。
僕が知っている前世の知識から、危険の少ないものだけをまとめた『兄の威厳ノート』である。ジェニーなら、僕がいない間にも内容を理解し、新しい発明を生み出すだろう。
少し迷った末、ノートの表紙を開いて一文を書き加えた。
『僕が帰るまで、父上と母上をよろしく頼む。知らないことがあれば、帰ってから何でも教える』
これで、兄としての威厳も守られるはずだ。
自室の机には、家族へ宛てた手紙を残した。
『父上、母上、ジェニーへ。
使命を果たすため、家出します。
心配しないでください。これでも割と僕は強いです。
エヒト』
我ながら、簡潔で分かりやすい手紙だ。
「よし。僕の冒険は、ここから始まる」
屋敷を振り返り、胸を張る。
「待っていろ、偽勇者ゼイン。僕が必ず、正体を暴いてやるからな!」
こうして十五年目にして、僕は外の世界へ旅立った。
最初の目的地は、始まりの街ゼケル。
僕の異世界生活、第二部の幕開けである。
◇
エヒトが旅立ったその日。
それが偶然だったのか、あるいは彼の知らない運命によるものだったのか。
世界各地でも、止まっていたものが動き始めていた。
◇
――ラーニアス王国跡地。
崩れかけた教会で、一人の男が片膝をついていた。
男の前に立つのは、顔も腕も失い、辛うじて人の形だけを残した古い神像。その足元には、中央大陸の全土を描いた地図が広げられている。
「おお、世界の外より来たりし、救済の神よ」
男が両手を組み、祈りを捧げる。
「あなたの使徒たる八人目の英雄が、今どこにいるのか、お示しください」
閉ざされた教会へ、風が吹き込んだ。
地図の一点に、黒紫色の光が灯る。
「これは……ゴルゴン王国。始まりの街、ゼケル」
男の口元に、歓喜の笑みが浮かんだ。
「お待ちください、我らが英雄よ。必ずやあなたを救い出してみせましょう」
立ち上がった男の法衣には、逆さにされた七芒星が刻まれていた。
「この邪神教団大司祭――《謙虚》のルシフェルが」
◇
――龍の都。
朝日が、巨大な山脈に築かれた都を照らし始めていた。
龍族の英雄ジャッカルマンは、都で最も高い塔に立ち、東の空を見つめている。
その右手には、自身の半身ともいえる龍神槍《昇廻》。幾多の戦場をともに越えてきた槍が、低い唸り声を上げていた。
ジャッカルマンは柄を強く握る。
「三百年、何ものにも動じなかったお前が震えるか」
空は晴れ渡っている。
それでも彼の目には、世界を覆い始めた黒い影が見えていた。
「世界の外なるものが、再び動き始めた」
龍神槍を地面へ突き立てると、塔全体が震えた。
「戦いが避けられぬというのなら、我が止めよう。災いが民へ届く、その前にな」
◇
――ディーン魔導帝国。
滅亡したラーニアス王国の跡を継ぐように生まれた、魔術研究を国是とする帝国。
近年では紙の大量生産をはじめ、これまでの常識を覆す技術が次々と実用化されていた。
ミスリルで作られた玉座に腰かけ、皇帝グランは報告書へ目を通していた。
「ゼイン殿を乗せた一行は、予定どおり国境を越えたようだ。この調子なら、数日中には帝都へ到着するだろう」
玉座の隣に立つ男が、小さく頷いた。
皇帝の親友にして帝国最強の武人、《風神》スレイプ・ニールである。
「問題は、王国から同行している者たちですな」
「ああ。勇者本人より、そちらの目が厄介だ」
グランは報告書を閉じた。
「我々の研究を盗みにでも来たんだろう」
「ええ、だからこそ我々で守らなければなりませぬな」
「あの子の秘密は私が守る」
グランの手元で、青白い雷が弾けた。
「勇者一行を、研究室へ決して近づけるな」
「承知しました」
スレイプが一礼する。
皇帝として父親として国を守るための計画は、すでに動き始めていた。
◇
――始まりの街ゼケル。
一人の青年が、冒険者ギルドの前に立っていた。
「何とか、街までたどり着けた……」
森や街道で魔物と戦い続け、ようやく人の暮らす場所へ到着したのだ。
青年――飯田哲也は、周囲に人がいないことを確かめ、小さく呟いた。
「ステータス」
直後、彼にだけ見える半透明の画面が現れた。
NAME テツヤ
LV 10
HP 120
MP 60
STR 15
INT 23
SPD 8
DEF 14
MND 30
DEX 14
LUK 50
SP 4
スキル
剣術(1)
低級火魔術(1)
低級水魔術(2)
状態
《戯の祝福》
「本当に、ゲームみたいな世界なんだな」
この世界ではテツヤと名乗る青年は、期待と不安を胸に、冒険者ギルドの扉へ手をかけようとした。
そのとき、背後から一人の少年が歩いてきた。
旅人にしては不自然なほど軽装で、大きな荷物どころか、武器すら持っていない。
「ここが始まりの街ゼケルか。実に分かりやすくて素晴らしい!」
テツヤは振り返った。
少年は彼の横を通り過ぎ、冒険者ギルドの前にできた長い列を見て、足を止める。
「混んでいるな。後にしよう」
それだけ言うと、少年は迷うことなく別の道へ歩いていった。
「ギルドに来たんじゃないのか……?」
テツヤの疑問に答える者はいない。
二人の物語は、ここで初めて交差した。
もっとも、片方は相手の顔すら見ていなかったが。
ということで、一章が終わりました。
この作品自体、挑戦的な感じで描いたのでストックはここまでです。
最初は0PVかと思っていたのですが、意外と見られており、嬉しかったです。
また、暇があれば章ごとに更新したいと思います。それか、謎の人気が出るかです。




