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厨二病は異世界でも本物を目指す  作者: ベルナルド


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第六話 深淵の渡り人(笑)

深淵の渡り人、贅沢な名だね。今日からお前はポチだ。

 十二歳になった。


 今日は、兄上がゴルゴン学園へ入学するため、王都へ旅立つ日だ。


 僕たち人族が暮らす中央大陸には、ゴルゴン王国、ディーン魔導帝国、イグノアス聖国という三つの大国が存在する。

 その中でも最大の領土を持つゴルゴン王国では、十五歳になった貴族の子どもの多くが、王都にあるゴルゴン学園へ入学する。


 もっとも、入学は義務ではない。

 平民には学費を払えない者も多く、実際には貴族同士の交流の場という側面が強いらしい。


 僕としては、魔術を学べるだけで十分に魅力的な場所なのだが。


「兄上、嬉しそうですね」


 馬車の前に立つ兄上へ声をかける。


 兄上――リヒト・チューニは、普段あまり感情を表に出さない。

 母上譲りの赤い長髪に、鍛えられた長身。十五歳になった今では、どこから見ても物語に登場する美形剣士だった。


 そんな兄上の口元が、今日はわずかに緩んでいる。


「ああ。ようやく、本格的に魔術を学べるからな」


「いいなあ。僕も早く学園へ行きたいです」


 兄上の手が、僕の頭に置かれた。


「エヒト。お前には、俺よりもずっと大きな才能がある」


「そんなことはありません。兄上も十分強いですよ」


「だからこそだ。お前が学園へ来るまでに、俺は学園で一番になる」


 兄上の目は真剣だった。


「何があっても、お前より前に立てる兄でいるためにな」


 なるほど。

 僕が追いつくまで、先頭を走り続けてくれるということか。


「流石です、兄上! それなら僕も、兄上を追い越せるように頑張ります!」


 一瞬だけ、兄上が言葉に詰まった。

 しかし、すぐに小さく笑い、僕の頭を撫でる手へ力を込める。


「ああ。楽しみにしている」


 撫でる速度が少しずつ上がっていく。

 嬉しいのだが、このまま続けられると十二歳にして禿げてしまう。


「リヒト! そろそろ時間だ!」


 馬車へ荷物を積んでいた父上が声をかけた。


「分かったよ、父さん。今行く」


 兄上はようやく僕の頭から手を離した。


「次に会うときは、今より強くなっているからな」


「望むところです」


 僕たちは固く握手を交わした。


 そこへ、五歳になった妹のジェニーを連れた母上が近づいてくる。


「身体に気をつけて頑張るんだよ。寂しくなったら、いつでも帰ってきな。可愛い我が子、リヒトよ」


「もちろんだ、母さん」


「リヒト兄ちゃん、どこに行くの?」


 ジェニーは、兄上がこれから長く家を離れることを、まだ理解していないらしい。


 兄上はジェニーの前へしゃがみ、その小さな頭を優しく撫でた。


「魔術を学んでくるんだ。帰ってきたら、ジェニーにもたくさん教えてやるからな」


「うん。待ってる!」


 兄上を乗せた馬車が、ゆっくりと動き出す。

 僕たちは、馬車が道の向こうへ見えなくなるまで手を振り続けた。

 次に兄上と会えるのは、おそらく僕が十五歳になったときだ。


 三年後。

 兄上はきっと、今よりもはるかに強くなっている。


 しかし、僕は勇者になる男だ。

 いくら兄上が天才でも、負けるわけにはいかない。


「よし。今日から修行を二割増しにしよう」


 別れを惜しんでいる時間はなかった。


     ◇


 屋敷へ戻った僕は、自室の扉へ鍵をかけ、何もない空間へ右手を向けた。


「虚空に眠りし、果てなき扉よ」


 指先から流した魔力が空中で線を描き、円形の術式を組み上げていく。


「我が名の下に、その眠りを妨げよ」


 かつて《暴食(タルタロス)》として作り上げた術式を分解し、そこから対象を呑み込む機能だけを抜き出す。


「開け――虚空の穴(ワームホール)」


 何もなかった空間に、黒い穴が開いた。

 人一人が通れるほどの大きさまで広がったところで、僕は迷わず中へ足を踏み入れる。


 穴の先には、窓も扉もない部屋が存在していた。

 石造りの壁。その内側を埋め尽くす本棚。床には書きかけの紙が散乱し、部屋の中央では一人の男が机に向かっている。


「やあ、ポチ。兄上を見送ってきたよ」


 声をかけると、男――ポチは心底嫌そうな顔をこちらへ向けた。


「だったら今日は家族と過ごせ。わざわざ地獄まで来るんじゃねえ」


「何を言っているんだ。三時間も僕と話せなかったら、すぐ寂しがるくせに」


「あれは、てめえが俺の意識だけ残して、一週間も放置したからだろうが!」


 どうやら、まだ昔のことを気にしているらしい。

 ポチは意外と根に持つ性格だった。


「くそっ……あの日、あの依頼さえ受けなければ……。俺が地獄へ落ちるのは、もっと先のはずだった……」


 頭を抱えるポチを眺めながら、僕は七年前の出来事を思い出していた。


     ◇


 五歳のとき、森で出会った男を《暴食(タルタロス)》で呑み込んだ。


 僕はてっきり、男の身体を跡形もなく消滅させたのだと思っていた。

 ところが屋敷へ戻ったあとも、《暴食(タルタロス)》の術式だけは消えず、僕の魔力炉と細い道でつながり続けていた。


 不思議に思って解析した結果、《闇喰(あんじき)》は対象を消滅させる魔術ではないことが分かった。

 正確には、空間の境界を一時的に食い破り、その狭間へ対象を放り込む魔術だったのだ。


 男が使った《闇喰(あんじき)》は、送り込んだ対象を内部で分解し、自身の力へ変換するところまでが一つの術式になっていた。

 しかし、僕の《暴食(タルタロス)》には変換機能がなかった。


 そのため男は分解されず、世界の狭間に取り残されていた。

 まったく、運のいい男である。

 残っていた術式を改良して穴を開け、僕が初めてこの空間へ入ったとき、男は右腕を構えて襲いかかってきた。

 僕は穴を閉じた。


 翌日、もう一度開けると、男は再び襲いかかってきた。

 僕はまた穴を閉じた。

 この空間は、僕が魔力を送らなければ時間そのものが止まる。

 そこで三度目は、男の身体だけを停止させ、意識だけが動くように術式を調整してみた。

 一週間後、男はずいぶん話を聞いてくれるようになっていた。


「出してくれ」


 穴を開けた僕へ、男はかすれた声で言った。


「もう襲わない?」


「襲わない」


「魔術を教えてくれる?」


「教える」


「僕のことをご主人様と呼べる?」


「それだけは断る」


 まだ反抗する元気が残っていたので、僕は穴を閉じようとした。


「待て!分かった!何でも教える!だから閉じるな!」


 こうして、僕たちは和解した。

 拳を交えたあとに芽生える友情というものだろう。

 男は魔術について、僕の知る誰よりも詳しかった。


「いいか。この世界には、時、界、質、力、命、理、無――七つの根源が存在する」


 男は石の床へ七つの円を描いた。


「人族を作り上げたのは、界の根源だ。だから人族は、空間や境界を操る魔術との相性がいい。お前がこの場所へ穴を開けられたのも、その性質が関係している」

「なるほど。では、君の《闇喰(あんじき)》も界の魔術なのか?」

「違う。これは――」


 男は上着を脱いだ。

 胸や腹、背中に至るまで、その身体には無数の魔術式が刻み込まれている。


「我々、秘密結社《逢楽廻(アラクネ)》は、英雄を再現するため、あらゆる実験を行ってきた。魔術式を肉体へ組み込むことで詠唱を破棄し、魔物の細胞を移植することで根源の影響を抑える。その実験の末に生まれたのが、俺だ」


 誇るでもなく、男は乾いた笑みを浮かべた。


「もっとも、お前は俺たちが積み重ねてきたものを、何の代償もなく再現しやがったがな」


 急に褒められると照れてしまう。


「それで、お前は俺をどうするつもりだ」


 男が僕を睨む。


「邪神教団へ引き渡すのか。それとも聖国か。まさか、調停者の手先じゃないだろうな」


「何の話だ?」


「……は?」


「僕はただ、魔術を教えてほしいだけだよ。学園へ入れるのは十年も先だからね」


 男はしばらく目を見開いていた。

 やがて、何がおかしいのか、腹を抱えて笑い始める。


「はは……あははははは!とんだ怪物だ! この《深淵の渡り人》を捕まえて、やらせることが学園ごっこかよ!」


 深淵の渡り人。

 なんと格好いい二つ名だろう。


「僕にも何かないのか? 深淵の支配者とか」


「知るか。自分で勝手に名乗ってろ」


「ところで、君の名前は?」


「俺に名はない。ナナシだ」


「それでは呼びにくいな」


 少し考え、僕はふさわしい名前を思いついた。


「今日から君は、ポチだ」


「ポチ?」


「僕の秘密を守り、僕へ魔術を教えてくれる。つまり番犬だろう?」


「ふざけるな!誰が犬だ!」


 元気を取り戻してくれたようで何よりだった。

 それが、僕とポチの出会いである。


 現在は、僕の全魔力の十五パーセントを常にこの空間へ送り、時間が流れるようにしている。

 食事や睡眠に必要な力も僕の魔力で補っているため、ポチは僕なしでは生きられない。


 ここまで面倒を見ているのだから、もう少し感謝してくれてもよいと思う。


     ◇


「ポチ。火魔術の本は完成した?」


 現在へ意識を戻して尋ねると、一冊の本が顔面へ向かって飛んできた。

 首を傾けて避け、そのまま片手で受け止める。


「ほらよ。言われたとおり、初級から上級までまとめてある」


 ページをめくってみる。

 基本術式だけでなく、実戦での使い方や、術式が暴走しやすい条件まで細かく記されていた。


「流石だ、ポチ。褒美に骨をあげようか?」


「てめえ、俺は犬じゃねえぞ!」


 どうやら骨は好きではないらしい。

 好き嫌いはよくないぞ。


 ポチと出会ってからの七年間、僕の魔術は飛躍的に成長した。


 夜は森で実戦訓練を行い、その後はポチから魔術を学ぶ。昼はニャンシーに一般教養を教わり、母上から剣術を学んだ。

 近頃は、妹のジェニーが僕のうろ覚えの科学知識をすぐに理解してしまうので、前世の知識を総動員して兄としての威厳を守ることにも忙しい。


 我ながら、充実した七年間だった。


 現在の僕がどれほど強いのか、自分でも正確には分からない。


 ポチへ聞いても、教えてはくれなかった。


「十二歳で世界の狭間に自分の書庫を作る奴を、どんな基準で測れっていうんだ」


 そう言って、なぜか遠い目をするだけだ。


 とはいえ、母上と本気で戦って勝てるかと聞かれれば、自信はない。

 武術も肉体改造も、身体が成長しなければ完成しない部分が多い。魔術についても、まだ試したいことが山ほどある。


 兄上が学園で一番を目指すなら、僕も立ち止まってはいられない。


 あと三年。


 そのときこそ、万全の状態でゴルゴン学園へ乗り込もう。

 僕を待つ数々の出会い、謎の組織、学園を襲う敵、そして勇者としての覚醒。


 考えるだけで胸が高鳴る。


「待っていろ、ゴルゴン学園。僕の勇者伝説は、そこから始まる!」


「頼むから、英雄様。この怪物を討伐してくれ」


 ポチが何か言っていたが、僕の耳には届かなかった。


     ◇


 ――後世に編纂された、ゴルゴン王国史より抜粋。


 アーク歴九五九年。


 ゴルゴン王国において、三百年以上の時を経て、新たな勇者が認定された。

 その名は、ゼイン。


 十七歳の彼は、ゴルゴン学園を襲撃した邪神教団の大司教《正義》を、当時学園最強と呼ばれたリヒト・チューニとともに退けた。


 その戦いの最中、王国に眠っていた伝説の剣、破邪の剣がゼインの手によって覚醒。これをもって、ゴルゴン王国は彼を人族の英雄たる勇者に認定した。


 もっとも、邪神教団の大司教を討ち取るには至らず、権能も完全には使いこなせていなかった。そのため、他国の英雄たちは、彼を正式な英雄と認めなかったとされる。


 翌九六〇年。


 ゼイン、リヒト・チューニを含む数名の学生が、さらなる修行のため、ディーン魔導帝国へ渡った。


 この一連の記録に、エヒト・チューニの名は残されていない。


深淵の渡り人パイセンはそれなりに強いはずなのに番犬扱い。

主人公を止めてくれ英雄様。


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