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シスター・クラルテ


「あのー、すみません」


「はい、何でしょうか」


 冒険者管理局の受付嬢に声をかけてきたのは、真っ黒な修道服に身を包んだシスターだった。セミロングの金髪は優美な織物を思わせる質感で、肌は雪のような透明感(クラルテ)を放っている。見る者を惹きつけ、されど迂闊に触れてしまえば壊れてしまいそうな儚さが同居した佇まいは、異性どころか同性であろうとも虜にしてしまう不思議な感覚がある。


 バレーシャにある冒険者管理局を訪れたシスター・クラルテは、自分の姿を見てどきりとする受付嬢に柔和な笑みを浮かべながら問いかけた。


「こちらの施設に、ラウル・エルマータというお方が尋ねてきたと思うのですが」


「ああ、はい。2時間ほど前にこちらで登録を済ませていましたが」


「そうですか……今はどちらに?」


「ええとですねぇ……先ほどから凄まじい勢いで依頼を受けておりまして」


「そうですk……はぇ?」


「薬草採取を終えたかと思いきや今度はキノコ採取、道中でゴブリンを返り討ちにして山菜採取に……」


「こんな短時間で依頼をそんなに?」


「え、ええ……我々職員一同も、その……エネルギッシュなすっごい新人(ルーキー)が入ってきたって」


「あー……あはは、そうでしたのね」


「ええ。もし何かご用があればお待ちになられt……あれ、今出ていったのってエルマータさん?」


「ゑ?」


 慌てて出口の方に視線を向けた。


 茶髪交じりの長い灰色の髪に狼のケモミミ、そして尻尾。身長は173㎝、筋骨隆々というわけではないがしっかりと鍛え上げられた、さながらボクサーのような体格の獣人。


 背中にはBRN-180をスリングを介して背負っている。


「あ、待っt」


 ぐっ、と修道服の裾を思い切り踏みつけてしまうシスター・クラルテ。慌てていたが故にどうする事も出来ず、勢いのままずだーん、と凄い勢いで転倒する羽目になってしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ひゃ、ひゃいぃ……」


 ぴえー、と小さく呻きながら起き上がり、管理局の出入り口に視線を向ける。しかしながら既にそこにラウル・エルマータと思われる人影はなく、慌てて外を覗いても見えるのは人だかりだけだ。自分が担当する事になった冒険者の姿はない。


「ええと……ひとまず、酒場の右手の方に喫茶店も併設しておりますのでそちらでお待ちください」


「わ、分かりましたぁ」


「冒険者バッジはお持ちでしょうか。あの、お持ちでしたらコーヒーか紅茶が3杯までは無料になりますので……」


「あ、ありがとうございますぅ」


 ううう、と涙目になりながら、シスター・クラルテは胸元にある太陽を象ったメダリオンに触れた。


 偉大なる全能の存在―――”電脳の母”は常に自らと共にあるのだと、そう自分の心に言い聞かせながら。


 















 仕事が捗る、とはこの事か。


 図鑑にあった山菜を発見するなり根っこからぶっこ抜き、ダンプポーチの中へと突っ込んでいく。他にもないかなと視線を巡らせ次の山菜を発見、根こそぎ回収しダンプポーチへ。


 依頼は山菜採取だが、他に薬草とかキノコとか見つけたら採取してほしいという旨の記載があった。規定数以上の採取、または山菜以外の納品は追加報酬の対象になるらしいので、せっかくだから依頼主が破産するくらい採取して帰ろうと思う(大嘘)。


 さっきはキノコ採取を、その前は薬草採取をこなした。


 どちらも報酬は全額エルマータ孤児院へと送金したので、今のところラウル君の収入はプラマイゼロ。さすがにこの依頼は俺の生活費に充てる事にしているので、まあガッツリ稼いでいこうと思う。


 倒木の陰にあったキノコを引き抜き、ダンプポーチへと収める―――そこで、ぴたりと手を止めた。


 背負っていたBRN-180を構え、左手でハンドガードをしっかりと握り込む。


 風上から流れてくる風に、血と唾液の臭いが混じり込んだのだ。


 ハイイロオオカミの獣人として生まれたため、特に嗅覚は発達している。こちらが風下の立っている限り、察知できない相手などいないと豪語してもいい。


 倒木の陰から勢いよく飛び出したのはゴブリンだった。以前に交戦した個体群とは違って丸腰ではあったが、指先から生える爪の一本一本がナイフのように鋭利で、あんなもので突かれたり引っかかれたりしたらたまったもんじゃない。


 セレクターレバーを弾き、射撃―――の前にコッキングレバーを引いていなかった事を思い出しすぐさまコッキング、引き金を引く。


 シュパンッ、とサプレッサーのせいで空気の抜けるような音を発し、5.56㎜弾がゴブリンの命を奪う。


 さながら貧血でぶっ倒れたように崩れ落ちるゴブリン。何度か身体を痙攣させたが、すぐに動かなくなった。


「……」


 射撃を終え、手が震える。


 動く標的に対する射撃にも少しは慣れてきた……当然である。ゴブリンとの不意の遭遇に加え、トロールやゴブリンの群れとの戦闘という”英才教育”を経てきたのだ。あの山場と比べればまだまだ軽いジャブも同然であろう。


 しかし死体の処理がめんどくせえな、という事を思い出して溜息をついた。


 一応、管理局に申し出れば死体処理のサービスを無料でやってくれる(管理局との距離にもよる。遠隔地だとサービス料金がかかる)。先ほどのキノコ採取の時なんか、ゴブリン4体が襲い掛かってきたので返り討ちにしたし、死体償却サービスも利用させてもらったが便利なもんである。


 今回もそうしようかな、と思いつつ地図に印をつけようとしていると、草むらから唸り声と共に狼が姿を現した。


 唸ってこそいたが、しかし俺も狼の獣人である事を悟ったようで、すぐに唸るのをやめてこっちにやってきた。


「やあ兄弟」


【……こいつ、お前がやったのか】


「ああ。腹減ってるなら食ってもいいぞ、どうせ処分するだけだから」


【すまない、恩に着る】


 彼らの鳴き声は、俺の耳にはよく知った言語のように思えた。


 獣人の特性の1つだ。俺たち獣人は自分と同じタイプの動物に限り、こうやって意思の疎通ができるのである。だから俺の場合、今のように狼が相手であればこうやって言語でコミュニケーションを取る事が可能というわけだ。


 これはケモミミがあるからこそできる芸当である。


 ちなみに俺たち第二世代型の獣人は、ケモミミの他に人間としての耳も持っているので【耳が4つある】という特異な身体的特徴を有している。とはいえケモミミを常時使っていると疲れるので、普段は人間の耳を使い、本格的な索敵や動物とのコミュニケーションの際にケモミミを使う……という運用をみんな無意識のうちに行っているのだが。


 ワオン、と鳴くと、草むらの中から現れたのは子供の狼たち。ふわふわもこもこの可愛い生き物が、しかし鋭い牙をぎらつかせて、動かなくなったゴブリンを貪り始める。


 とりあえずモザイクかけておこうか……R-15に収まるようにモザイクは常備しているのだ。この辺の配慮がやっぱりね、違うよね。


 よし、これで死体処理の手間が省けた。


 ちらり、と空を見上げる。そろそろ暗くなりそうだし、天候も崩れてきたし、ダンプポーチも収穫した山菜やら薬草やらを押し込み過ぎて可哀想な事になってるし、採取したキノコは変なピンク色の胞子を出し始めてるしコレ早めに帰った方が良さそうだ。


 みっちみちのパンパンになったダンプポーチをぶら下げ、銃に安全装置(セーフティ)をかける。そろそろ管理局にコレ納品して報酬をもらおう……キノコ採取の時も思ったけどこのピンクの胞子マジで何なんだろう。夏場に汗かいたまま日の当たるところに数日間放置した柔道着みたいな凄まじい臭いがするんだけど。


 管理局を目指し歩き始めるラウル君。しかし森の出口に差し掛かったところで、なんともまあ見覚えのある人影が行く手を阻む。


「見つけたぞ、ジュウドー女!」


「ジュウドー女……?」


 剣を抜き払い、その切っ先をこっちに向けて声を裏返させながら叫んでいるのは管理局で背負い投げをお見舞いしたナンパ野郎だった。返り討ちに遭ったのを未だに根に持っていたようだが、まさかこんなところまで追いかけてきて仕返しをしようとするとは恐れ入る。


 少しはその努力を、自分の実力を磨くための鍛錬に割いたらどうだろうか。その方が遥かに有意義だろう、と脳内に生息している二頭身ラウル君ズも土鍋の中でお昼寝しながら申し上げております。


「Eランクのルーキーの癖に生意気な……礼儀ってもんを教えてやるよ!」


 そう言う彼の後ろから現れたのは、3名の他の冒険者たち。


 いずれも女性だ。動きやすい革の防具にダガーを主力武器とした盗賊風の装備の冒険者に、ローブと魔女の帽子を身につけた魔術師、弓矢を装備した射手。バランスの取れた編成だが、いずれも女性というところにその、ちょっとアレを感じてしまう。


「行くぞァ!!」


 盗賊と男が前に出て、魔術師と射手が後方でサポートする構えを取る。


 銃で応戦……はダメか。殺すだけならばいい(それでも元日本人の俺には結構な抵抗がある)が、殺さず急所を外して無力化なんて高度な技能は持ち合わせていない。相手を殺すよりも、殺さずに無力化する事がどれだけ難しいかは言うまでもないだろう。


 魔術の才能もないのであれば、取るべき手段は一つだけだ。


「シャァァァァァァァァァ!!!」


 剣を振り下ろしてくる冒険者―――その一撃をひらりと右に躱す。


 冒険者登録の際に必要なのは、手数料と身分証明書だけだ。


 お手軽だが、裏を返せば誰でも簡単に冒険者を名乗れるという事である。その辺の主婦も、くたびれた炭鉱夫も、病人も、誰であってもだ。


 学科試験も実技試験も、そんなものは何処にもない。ゆえに現状の冒険者界隈は本来その資質の無い人材で飽和状態にあり、粗製乱造が日常茶飯事と化してしまっている。


 俺みたいに冒険者を目指して身体を鍛え、自分なりに訓練をして万全の状態でその門をくぐる……という人間はそれなりの少数派(マイノリティ)。大概は「まあとりあえず冒険者登録だけして小遣い稼ぎでもするか」程度の軽いノリでやってくる者たちばかりなのだという。


 コイツもそういう手合いなんだろう。剣はただ力任せに振り回しているだけで、技量も何もあったもんじゃない。大振りで、視線は相手の攻撃する部位ばかりを見ている。基本がまるでなってない。


 右手を伸ばして相手の左腕の袖をがっちりと掴み、相手の顎目掛けて軽い掌底。


 がくん、と上を向く相手の顔。


 体勢を崩している間に右腕を引っ張りつつ左足を相手の後方へと潜らせ、大外刈おおそとがりの要領で豪快に相手を転倒させる。


 顎を打たれた後からは何が起こったか、全く理解できていなかっただろう。


 一緒に突っ込んできた女の盗賊も一緒だった。ナイフという小型の武器を持っているというのに大振りで、狙うべき部位を狙うというよりはとりあえず振り回して手傷を負わせればOK、という感じだ。


 ナイフによる攻撃を回避して女を蹴飛ばし、起き上がろうとしている冒険者の男の顎へと思い切り正拳突きをぶち込んだ。


 グギャ、と歯の砕ける感覚。顎の骨もたぶん亀裂くらいは入ってるかな、と手応えを感じていると、男はぐるんと白目を剥き、泡を吹き始めた。


 リーダーがノックアウトされ、魔術師も射手も盗賊も、みんな目を見開く。


 男の襟を掴んで彼女らの方に投げ飛ばし、拳を握り締めながら問う。


「俺、さ……フェミニストじゃないから女だろうと普通に顔面ぶん殴るけど、まだやる?」


 彼女らがどちらを選択したのか、それは言うまでもないだろう。


















 冒険者同士がダンジョンやら仕事中に殺し合う、あるいは相手の収穫を横取りする事はよくある事なのだそうだ。


 そういった規定は明確に禁止……されていないらしい。


 なのでダンジョン内で他の冒険者を殺し、アイテムを根こそぎ奪う行為も別に問題がない……というわけではなく、そう言った行為が憲兵やら軍の兵士に発見されてしまったらその場で殺人罪とか窃盗罪で御用、というわけだ。


 問題は冒険者が仕事をするべく赴く場所に、そういった法の目が届いていないという事。


 そういうわけで、実質的にダンジョン内とか人目のない仕事場は治外法権となってしまっているのだ。


 今回はリーダー格の男をボコしただけで済んだが、今後は相手を殺す事もあるかもしれない……いつそうなるか分からないのだから、この手を血に染める覚悟はしておいた方が良いと思う。自分の身を護るためにも、だ。


 それはさておき、今回は中学生の頃の経験が生きた。


 集団でイジメをしてくる相手は、リーダー格を徹底的にボコボコにする事―――これに尽きる。


 中学生時代、『こいつは空手を習っているから反撃できない』みたいな理由でちょっかいを出してくる馬鹿共がいた。それは段々とエスカレートしていきついには暴力沙汰になったので、さすがにキレた俺も拳を振るい、リーダー格の男子生徒だけに狙いを絞ってとにかく殴りまくった。倒れても馬乗りになって拳を振るい続け、他の奴に殴られても無視してひたすら殴り、担任の先生が教室に駆け込んでやっと止まった……わけもなく、最後はソイツの顎を思い切り踏みつけてやった。


 おかげで担任の先生にはかつてないほどぶち怒られたが、イジメは無くなったし、他にイジメられていた奴らも集まってくるようになって友達が増えた。こんな事があって普通に高校に入学できたのは奇跡だが……まあ、要するに一番権力がある奴を暴力で失墜させるのは効果がある、という事だ。


 しかし、今回のは喧嘩とはわけが違う……アイツら刃物持ってたもんな。


 なんで素手で挑んだんだ俺、と思いつつもダンプポーチの中身を管理局のカウンターの上にドバーッとぶちまける。受付嬢が規定数を遥かに超過した山菜と薬草、それから異臭を放つキノコに鼻を摘みながら集計を行い、報酬金額を算定してくれる。


 なんと73000ペセタ。Eランクの依頼にしてはよくもまあ稼いだな、という金額だ(元の報酬が4200ペセタである事を考慮すればかなりの増額である)。


 今夜は豪勢に飯が食えそうだ。


 管理局は宿泊施設も併設されているので、ここで一泊して次の仕事を探すのもいいだろう。


 報酬金を受け取っていると、受付嬢が「あ、エルマータさん」と俺を呼び止めた。


「はい?」


「あの、あなたを探している人がいらっしゃるのですが……」


 ―――あ、もしかして。


 滝のように汗が出た。


 15年前、異世界転生を果たした際にあの女神みたいな人から言われた事を思い出す―――15歳になったら、”巫女”が迎えに行く、と。


 すっかり忘れていた、なんて口が裂けても言えない。やっと自由になり、自分で金を稼げるようになったし、何より銃をぶっ放せるようになったのでさあこれから異世界転生ラウル君無双が始まるぞと意気込んでいたものだから、巫女の事なんて忘却の彼方へと追いやられていたのだ……。


 やっべ、と気まずい顔をしてると、「こちらです」と受付嬢に案内され、併設されている喫茶店へと案内される。


 二人掛けのテーブル席に、目を引く美少女がいた。


 優美な織物を思わせるセミロングの金髪と、真珠を思わせる白く儚い肌。真っ黒な修道服に身を包んでおりさながら神に仕えるシスターのようだが、しかし修道服の上からでも分かるレベルのバストが目を引く。アレIかJくらいあるんじゃないだろうか……ソシャゲのキャラか何かだろうか。


 淡い桜色のリップと蒼い瞳、そして慈愛に満ちた優しそうな雰囲気。神に仕える身をこう例えるのも不適切だが、さながら”聖母”や”女神”という言葉がしっくりくる。


 それではごゆっくり、と言って去っていく受付嬢。


 俺の姿に気付いたのだろう、そのシスターは立ち上がってこっちにやってきた。


 座ってたから分からなかったけど、けっこう背がデカい……胸もデカいが背もデカい。ついでに尻もデカい。なんだこの超弩級女は。


「あなたがラウル・エルマータさん……ですね?」


「は、はい」


「ああ、よかった。ずっとお待ちしていました」


 柔和な笑みを浮かべ、彼女は胸元に下げている太陽を象ったメダリオンに触れながら名を名乗る。








「私は”シスター・クラルテ”。マザーの信任を受け、異世界転生者統括管理機構【ユリーカ】より派遣されてきた貴方専属の巫女です。これからよろしくお願いしますね」







 

 そんな事より、童貞のラウル君はでっかいおっぱいに目が釘付けだった。


 いくらなんでもぶるんぶるん揺れ過ぎである。





 

異世界転生者統括管理機構【ユリーカ】


 『マザー』と呼ばれる存在を最高指導者に頂く、転生者を統括・管理するための組織。転生者に専属の巫女を派遣し彼らの監視やデータの収集などを行っているが、それがいったい何のための行為なのか、その拠点は何処にあるのか、そして【マザー】とは一体何なのか、現時点では一切が謎に包まれている。


 早い話がネトゲでいう”運営”のようなものである。転生者プレイヤーと運営の関係と考えれば分かりやすいかもしれない。






※クラルテ=フランス語で『透明な、透き通った』という意味。


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― 新着の感想 ―
1000年の世界の住民じゃ無いよね?
ラウル君大暴れの回でしょうか。年齢の割に(種族差はあれど)恵まれ鍛えられた体躯と、やはりきちんと学んできた技術を存分に活かせて、一番楽しい時期って感じですかね。前回のタカリ男は刃物持ちと仲間連れという…
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