冒険者になろう
孤児院で持っていく荷物と置いていく荷物をまとめ、真っ先に目指したのは海岸にあるバレーシャ州の州都【バレーシャ】。
バレーシャ州は『バレーシャ県』、『アリカテ県』、『カスターリョ県』の3つで構成されている。州都は地中海に面した都市、バレーシャ。そこに州最大の冒険者管理局がある。
別にバレーシャに行かなくとも他の地域の管理局に行けばいいのだが、孤児院のあったリオ村から見て最短距離にある管理局がバレーシャ冒険者管理局であったため、そこに向かう事にした。
列車に乗って4時間と少し、料金は1300ペセタ。
列車代と冒険者登録の手数料はしっかり押さえてある。後は最低限の宿泊費もだ。ここで冒険者登録をして、そこから先は自分で何とかしていく必要がある。冒険者の仕事をこなして報酬をもらい、それで生計を立てていくのだ。
ここから先はもう、マチルダ先生の庇護はない。自分の力だけでこの広大で残酷な世界を生き抜いていく必要がある。
弱さに対する配慮など微塵もなく、力だけが己の生存照明になる苛酷な世界。
冒険者界隈とはそういうものだ。
列車の切符を購入してバレーシャ行きの各駅停車に乗り(※特急よりも運賃が安いのだ)、車窓から雄大な景色を見て弁当代わりのパンを齧り、ガタゴトと列車に揺られること4時間。30分レベルの遅延などさぞ当たり前のように、定刻よりも33分遅れで入線しやがった列車から降りる。
日本の鉄道って凄かったんだな、とかつての祖国の偉大さを実感しながら、ラウル君は生まれて初めてリオ村以外の場所へと第一歩を踏み出した。
日本の駅に見慣れていたからなのだろう―――州都バレーシャの中心に位置する”バレーシャ中央駅”は、正直言って駅って感じには見えなかった。まるで貴族の屋敷の中に直接乗り付けてしまったんじゃないか、と錯覚してしまうほど豪華絢爛な駅舎と磨き抜かれた大理石の床。道行く人々はみすぼらしい服装の労働者から立派な服装の貴族まで多種多様で、中には天地戦争の帰還兵と思われるカーキ色の軍服姿の乗客の姿も見受けられる。
きょろきょろしてたら田舎者と思われてしまいそうなので、とりあえず案内板を見て改札の位置を確認しそちらへと足を運んだ。改札口では駅員……ではなく、改札のゲートに設置されたロボットのようなものが乗客の切符確認を行っていた。
俺の番になり、ロボットに切符を提示。リオ村とかいうクッソド辺境からバレーシャまで4時間ちょいと33分の遅延を経てやってきた俺に改札口の通過を許可するロボット。意味はないのについ「ども」と短く会釈して改札を通過、駅舎の外へと出る。
天地戦争で戦火が及ばなかったという事もあって、バレーシャ中央駅の駅前は活気に溢れていた。
まだ祖国スパーニャが遥か大西洋の彼方の『聖イーランド帝国』と大西洋の制海権をかけてバチバチに殴り合っていた頃から続く伝統的な建築様式で建てられた建物の数々。市街地の向こうに見えるのは貴族たちの住まう高級住宅街で、その深奥に位置するバレーシャ公爵の屋敷が一際映える。
駅前の案内板で管理局の場所をチェックし、人にぶつからないよう注意しながら石畳で舗装された道を進んだ。
道路の反対側では大道芸人が大きなボールの上で逆立ちしたり、複雑に組み合わせた角材の上に片足で立ってバランスを取ったりと見栄えする芸を披露しており、道行く人々から拍手喝采を浴びていた。
そんな賞賛と拍手、栄光に満ちた場所だけかと言われればそうでもない。
駅から離れていくと、道端に座り込んでいるボロボロの軍服姿の男性の姿があった。手には薄汚れたプラカードを持っており、表面にはかすれた文字で『Luché duro por mi país(私は祖国のために一生懸命戦いました)』と殴り書きされている。
よく見ると、その軍人には両足が無かった。
天地戦争の傷痍軍人なのだろう―――彼の傍らに置かれた缶の中に小銭をいくらかと、それから今夜食べるために取っておいたパンを収め、お疲れ様でした、と一言残して去っていく。
後ろから掠れた声で「ありがとう……」と声が聴こえた。
スパーニャ王国まで戦火は及ばなかったが、しかし天地戦争では義勇兵を派遣したりとなんだかんだで間接的には参戦していた我が祖国。それでもこの有様なのだ。本格的に天地戦争で竜人たちと殴り合っていた列強国はもっと悲惨なのだろう。
特に被害の大きかった北方のノヴォシア帝国や国土の西半分が占領されていたイライナ公国など、あの辺はもう地獄だろう。
腹に思い切りボディブローを喰らったような気分を抱えたまま、やがて冒険者管理局へとたどり着いた。
真っ白なレンガ造りの、思ったよりも優美なデザインの大きな建物。コレ貴族の屋敷じゃないよね、と警戒しつつも中を覗いてみると依頼が貼り付けられた掲示板や、併設された酒場から溢れてくる喧騒が聞こえてきたので、俺は安心して足を踏み入れた。
カランカラン、とベルが鳴り、一部の冒険者の視線がこっちを向く。
しかしそんな新参者よりも酒とパーティーの仲間との雑談の方が大事だったようで、冒険者たちはすぐに身内の方へと関心を戻していった。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
カウンターからひょっこり顔を出したのはウサギの獣人の受付嬢。ウェイトレスみたいなデザインの制服を身に纏っているのは、併設されている酒場の店員も兼任しているからなのだろうか。白い制服の上に軍服風にアレンジされたエプロンドレスを身に纏っており、全体的に落ち着いた色合いをしている。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど」
「かしこまりました。何か身分証明になるものはお持ちですか?」
問われるなり、マチルダ先生に発行してもらった身分証を提示した。
リオ村のエルマータ孤児院で育った子供である事を証明する旨の記載とマチルダ先生の署名、その隣にはスタンプも添えてある。
ちょっと照会しますね、と身分証を手に奥へと引っ込んでいく受付嬢。彼女が戻ってくるまでの間、しばらく管理局の中を見渡して時間を潰す事にする。
多くの管理局にはああいう酒場が併設されていて、酒やら料理やらが冒険者向けの価格で提供されているのだそうだ。そしてそれらの多くは軍用食よろしく激しい運動でカロリー消費する事を前提に調整されているので、仕事で身体を動かす冒険者ならばまだしもごく普通のデスクワーク中心の人が毎日食べてたら生活習慣病と末永いお付き合いをする事になる……らしい。
嫌だよ俺、身体の中でフォアグラ育てるの。
酔いが回ったのか、何か意見のタイルでもあったのかは不明だが、奥の方のテーブルで始まる冒険者同士の喧嘩。どったんばったん殴り合い、周りの冒険者はというと止める素振りすら見せずにいいぞやれやれと完全に見世物と化している。
しまいにはどこから取り出したのか、見物中の冒険者がギターを取り出してフラメンコ風の曲を演奏し始め喧嘩にBGMを足す始末。もはやエンターテインメントである。
しばらくして、受付嬢が戻ってきた。
喧嘩の方を見ながら「アレ止めなくていいんです?」と問うと、受付嬢はちょっと呆れたような笑みを浮かべた。
「あぁ、いつもの事ですよ」
「……何か大変ですね」
「まあ、私どもも仕事ですから」
それよりも、と身分証を返却してくれる受付嬢。受け取って財布に仕舞い、発行された書類に署名する。
”ラウル・エルマータ”―――孤児院出身で親がいない俺にファミリーネームなんて贅沢なものはないのだが、こういう書類上では孤児院の名前である”エルマータ”の姓を名乗っている。
「はい、それではこれで手続きは完了です」
そう言いながら、受付嬢はバッジを渡してくれた。
レイピアを象ったエンブレムが刻まれたブロンドカラーのバッジだ。今後はこれが身分証明書になる。
「ラウル・エルマータ様は最下層のFランクからのスタートとなります。今後、以来の達成数や達成率、その他実力などの要素を考慮しランクアップなどの処置を施す事がございます。ランクが上がると受注できる以来の難易度の上限が解放されるほか、管理局側より直接指名しての依頼が発行される事もございます。奮ってご参加ください」
「分かりました」
「それでは、ご健闘をお祈りします」
バッジを受け取り、受付嬢に礼を述べてから真っ先に掲示板の方へと向かう。
使い古された木製の掲示板は複数存在し、最下層のFランクから最上位のSランクに分けられている。原則として受注できる依頼は自分のランクと同じランクまで、俺の場合はFランクの依頼のみとなる。
先ほども説明があったが、依頼を達成しまくって管理局の偉い人たちに実力を認められるようになればランクの昇級がある。そうなればより困難な依頼が舞い込むようになり、収入も上がっていくという寸法だ。
だからまずは下積みからである。
Fランクの依頼の掲示板を覗いてみると、薬草採取とか魚釣りとか随分とまあ平和な仕事が並んでいた。薄々予感はしていたが、Fランクはそもそも魔物の討伐依頼が少ないか、あるいはまったく存在しないのかもしれない。
まあいいや、まずは薬草採取で肩慣らしでもするか……。
掲示板から依頼書を剥がして受付に持っていこうとしていると、右側から声をかけられた。
「お嬢ちゃん、初心者?」
「あ、はい」
「へぇ、可愛いじゃん。どう、俺とパーティー組まない?」
声をかけてきたのは革の防具に身を包んだ男性の冒険者。Eランクの掲示板を覗いているところを見ると俺より格上なのだろうが……。
腰にショートソードの収まった鞘が、ベルトには小型盾がある。
冒険者とパーティーを組むのはまあ、もちろん旨みがある。基本的に依頼を受けられるのは自分のランクと同じランクの依頼までだが、パーティーを組んだ場合は例外で、パーティーリーダーのランクまでが上限となる。
なので低ランク冒険者でも高ランクの冒険者と組む事で甘い汁を啜れるし、自分の実績にもなる……という利点がある。
ただしこういう行為は『寄生』と呼ばれ、冒険者界隈ではけっこう嫌われるのだ。オンラインゲームと同じである。こういう甘い汁を啜ろうとした不届き者をいったい何人除外してきた事か……。
はっきり言って、自分のギルドメンバーのランクを手っ取り早く上げる以外にリーダーに旨みはない。
なのに格下の俺を誘ってくる……それも同じギルドではない、駆け出しの冒険者を。
下心を瞬時に見抜くなり、俺は笑顔で言った。
「遠慮しときます♪」
「え?」
「だってぇ、私まだ右も左も分からないしぃ」
「だ、大丈夫だって、俺が手取り足取り教えてあげるからさぁ」
そう言いながら肩に手を置き抱き寄せようとする男性冒険者。
そんな彼の手を掴んで引っ張り、股間をいつでも蹴れるよう膝を突きつけてやりながら、耳元で吐息混じりに囁く。
「―――こんな小っさいのじゃ満足できないなァ♪」
「は……っ」
ぱっ、と手を離し、小さく舌を出しながら手を振って受付へ。
「すいません、この依頼受けたいんですけd」
依頼書をカウンターに置き、素早く後ろを振り向いた。
さっきので諦めればよかったものを―――口説いてきた冒険者が、鬼の形相で殴りかかってくるところだった。
「この女ァ!」
「あっ、危な―――」
女のフリしたのが仇になったか。
飛んできた右の拳を掴んで受け流し、左足を低く払って相手の右足を刈る。体重が集中していた足を刈られて体勢を崩す男。そのまま掴んでいた相手の右腕を引っ張り、襟を掴みながら相手の脇の下に自分の右肘を潜り込ませるようにして背負い投げをぶちかます。
懐かしいな、と思った。
中1の頃だったか。学校の外部で空手を習いながら、部活で柔道をやっていたのだ。部活が終わったら飯食って空手の練習行って……というハードな生活で勉強の時間が確保できなかったものだから、テストの点数が悲惨な事になってやめてしまったが。
体育の柔道の授業は合法的にクラスの嫌いな奴をぶん投げられる時間だったので、それはもうニッコニコだった。体育の先生曰く「あんなに楽しそうに人を投げ飛ばす生徒を見た事がない」との事だ。
身体が……というかこの場合魂か。いずれにせよかつての川端明、現在のラウルに刻まれた記憶は克明に息衝いていて、なんとも流れるように技が出た。
びたーん、と派手に床に叩きつけられる冒険者。「かはっ……!」なんて息を吐き出しながら出目金みたいに目を見開いて、呼吸を詰まらせる。
ブーツで顎を踏み砕いてトドメを差してやってもいいが、さすがにそこまではしない。ナメられるような振る舞いをしてしまった俺の責任でもある。
なので追撃はせず、身を屈めて耳元でASMRするにとどめた。
「ざぁ~こ♪」
悶える冒険者を尻目に、受付に戻る。
予想外の展開に他の冒険者たちからの注目を浴び、受付嬢からも驚かれるラウル君。
それを意に介さず、とびっきりのスマイルで受付嬢に告げた。
「すいません、このお仕事受けたいんですけど」
冒険者
この世界の職業の花形。かつては浮遊大陸やダンジョンを始めとする未踏の地を調査する仕事だったが、長い歴史の中で幅広く仕事を受けるようになっていったことで傭兵のような存在へと変質していった。本来のダンジョンや浮遊大陸の調査の他、魔物討伐や薬草採取、公にはできない汚れ仕事まで幅広くこなす。
しかしその一方で、安い手数料と身分証明書の提示だけで誰でも登録できる事から冒険者に向かない人材が仕事で命を落としたり、低レベル冒険者の粗製濫造となっている事が社会問題とされており、一部では「学科と実技試験を設けるべき」との意見も出ており今なお議論が続いている。
FランクからSランクまでの区分があり、依頼の達成率や達成数、その他実力などの要因から総合的に判断し、管理局が昇級の是非を判断する。いきなり昇級する事もあれば管理局からの昇級試験としてワンランク上の仕事を指名で依頼されるなど、昇級の是非や形態は管理局職員の裁量に左右される傾向がある。




