別れと出会いの予感
「うお……」
村に駐留していた騎士たちが現場に駆け付けたのは、トロールとの戦闘が終わってから実に2時間後の事だった。
乗ってきた馬から降り、松明に火をつけて周囲を見渡す騎士たち。ゴブリンの生き残りがいるかもしれないと警戒しながら廃屋の中までくまなく調べるが、しかし発見されたのは数体のゴブリンの死体と、誰かの生活の痕跡ばかりだ。
「隊長……」
「なんだ」
「このゴブリン共、身体に穴が開いてます」
斧を持った部下が、柄頭でうつぶせになって倒れているゴブリンの死体をひっくり返しながら言った。駆け寄った隊長も死体を検めるが、確かにどのゴブリンの死体にも風穴が穿たれている。
銃で殺された、という事は分かる。
しかし―――それにしては、傷口の穴が異様に小さいのだ。
通常、マスケットのような銃を用いたのならばもっと傷口は荒々しく抉られたようなものとなる。しかしここに転がっているゴブリンたちの死体はまるで、精巧に作られた針で穴をあけられたかのように小さな弾痕を穿たれて、物言わぬ死骸と化している。
それだけではない。
「……銃創より内部の方が損傷が広がっている」
剣の切っ先でゴブリンの傷口を広げ、隊長はその異質さに息を呑んだ。
弾丸が着弾し、その運動エネルギーを存分に消費したというのならば話は分かる。銃は銃弾の運動エネルギーで相手を攻撃する兵器だからだ。
しかしここに転がっているゴブリンの傷口の中は、まるで内側で掻き回されたかのような損傷をしているのである。
(口径の小さい……棒状の弾丸なのか?)
そうとしか考えられない。
ペンのような形状の弾丸が突入し、内部で横倒しになりつつ回転して筋肉組織や臓器を破壊したとしか思えないのだ。
しかしそのような弾丸は見た事がない。弾丸といえばパチンコ玉のような球体の筈である。
旧文明の遺産を使っている奴がいるのか、と仮説を立て、隊長は視線を焼却処分のため運ばれていくトロールの死体へと向ける。
まるで大砲でふっ飛ばされたような損傷のトロールの死体。腹から下の部位だけで、辛うじてトロールだと判別できるレベルである。
2時間前、ここで何が繰り広げられていたのか考えているうちに、隊長の口から疑念が言葉となって漏れ出た。
「……いったいここで何があったんだ?」
魔物の群れを殲滅した謎の兵器の正体。
そしてこれだけの規模の群れを、あんな短時間で殲滅できる火力。
この世界では―――いったい何が起こっているというのか。
翌日
リオの森 北部
それはまるで、旧い水上艦やUボートに飛行船の意匠を足したような、何とも奇抜な艦だった。
艦首に【Ё-901】という艦籍番号と【Сокіл(ソーキル)】という艦の名称の記載がある。
艦首の前方へと大きく突き出した舳先は間違いなく水上艦のそれだ。前部甲板には正面から見るとかまぼこ型の丸みを帯びた構造物があり、その正面から2本の連装砲の砲身が伸びている。目測ではあるが巡洋艦の主砲くらいのサイズではないだろうか。砲塔ではなく構造物から直接砲身が伸びているので、旋回不可能な固定式とは思われる。
その後方に、WWⅡ辺りで猛威を振るっていた爆撃機のコクピットを思わせるガラス張りの艦橋が設置されていて、後方へと長い後部甲板が伸びていた。艦尾にはH字形に配置された尾翼と、大口径の二重反転プロペラがある。
艦首下部はバルバス・バウのように膨れているが、それは波をかき分けるためでも、ソナーを搭載するためでもないのは明らかだった。爆撃機の航法室のようにガラス張りになっており、おまけに6連装の機銃がセットされているからだ。
船体側面からは合計6機のレシプロエンジンのエンジンポッドが伸びていて、大口径のプロペラが後方を向いた状態で配置されている。
空中艦―――間近で見たのは初めてだ。
ヴォイテクの船、武装貨物船『ソーキル』。遥か北方の小国イライナの言葉で”ハヤブサ”を意味するそれは、確かに他の艦と比較すると小ぶり(とはいえ全長140mくらいはある)で、快速性と攻撃力を重視した猛禽類のような艦といえた。
元々は軍艦だったのだろうか、と思いながら、艦の後方にある貨物搬入用のハッチから乗り込んでいくユリウスとロザリーの2人を見送る。
きっと、次に会うのは5年後。
その頃はお互い大人びている事だろう。ロザリーもきっと綺麗な少女に成長しているかもしれない。
艦に乗り込もうとしているユリウスの隣を歩いていたロザリーが、不意に足を止めた。
どうした、と言いたげな顔で妹の方を振り向くユリウス。次の瞬間、ロザリーは踵を返してこっちに向かって走ってきた。
「え、あっ、ちょ―――」
「ラウル!」
腕を広げ、俺に向かって飛び込んでくるロザリー。自分よりも背の大きな少女の突撃をいきなり受け止めきれるはずもなく、突然の衝撃にたたらを踏んでしまう。
どうしたのさ、と問うと、ロザリーは瞳に涙を浮かべながらカタコトのスパーニャ語で、もどかしそうに言葉を紡いだ。
「私、ラウル、忘れない。次、絶対会う。約束」
「お、おう……俺もロザリーの事、絶対忘れないよ」
「ん」
そっと顔を離したかと思いきや、唐突に視界一杯に広がる彼女の顔。
唇に触れる柔らかい感触と、ふわりと香る花のような匂い。
唇を奪われた―――そう実感した途端に、思考回路がショートする。いくらなんでも前世で童貞、彼女どころか女性に縁のない生活だったもんだからそれはもう刺激が強すぎた。刺激というか衝撃というか、ニトログリセリンの海に火花が落ちたというか何言ってんだ俺。
「私、ラウル、番、なる」
「うん……うん?」
「ん、約束」
ちゅっ、と頬にキスをしてからイタズラっぽい笑みを浮かべて、ロザリーは翡翠色のポニーテールを揺らしながら艦の格納庫へと乗り込んでいった。
まだ頬と唇に、彼女の余韻がじんわりと残っている。
武装輸送船『ソーキル』のエンジンが始動し、格納庫のハッチが閉じた。
手を振るロザリーの姿が灰色のハッチの向こうへと消え、ソーキルの全長140mの巨体がゆっくりと前進し始める。レシプロエンジンの唸り声が一段と高くなるや船体の加速が増していき、やがてランディング・ギアに支えられていた船体がふわりと浮き上がっていった。
艦首を上げ、空へと向かい高度を上げていくソーキルの後ろ姿。
それが空の向こうへ、豆粒のようになって見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。
―――あーあ、行っちゃった。
踵を返し、孤児院へと続く帰路に就く。
途中、2人と出会った廃屋が見えた。まだ数名の騎士団の調査員が残って消毒やら現場検証をしており、当然ながら立ち入ることができる状態ではない。
こんちわー、と見張りの騎士に挨拶してから村へと向かって歩き、ふと思い出した。
なんか俺、ロザリーととんでもねえ約束しなかった?
番、番って……いやあの、まさかアレ”そういう意味”だよね、やっぱりね。ワンチャン彼女が言葉の意味ミスった可能性ってないかな? ないよな。
そういや獣人と竜人ではやっぱり物事に対する価値観が違う傾向があるらしい。
獣人はまあ、ご存じのとおりである。
一方の竜人はというと、異性に対する愛情が重い傾向があるのだそうだ―――ひとたび仲間と認めた相手に対しては世話を焼き、伴侶に対しては際限のない愛情を注ぎ続ける。そしてその伴侶が老衰や病気で先立った際は他人と再婚するような事はなく、残りの人生を独身で過ごすのだとか。
なので男性も女性も浮気とか不倫とか、そういう不貞行為はかなーり少ないらしい。
ロザリーも竜人なのでその……そうだよね、やっぱりそうだよね。
別れの間際に俺、彼女と将来を誓い合ってしまったようです。
「……5年後が楽しみだねェ」
異世界に来て良かったと思えることがまた一つ、増えた。
この世界ではどうやら女にかなーりの縁があるらしい。
やったぜ俺。目指せ脱童貞&リア充。
さーて孤児院に戻ったら竜人語の勉強しないと、と思いながら、帰路をスキップで進んでいった。
観測歴38000年
ラウル 15歳
「335、336、337、338、339、340……ッ」
両腕で体重を支え、顎が床につくまで身体を下げる。
リズムを損なわずに400回をこなし、休憩を挟まずに今度はそのままプランクへ移行。悲鳴を上げる身体を徹底的に苛め抜き、息を切らしながら立ち上がってシャドウボクシング3分間。
ガードは目線の高さに、身体から余分な力を抜き、攻撃がヒットする瞬間にだけ力を入れる。最初からガチガチに力の入ったパンチなんて当たらないし、当たったところで大した威力にならないのだ。
軽く当てるパンチとガチで仕留めにかかるパンチにメリハリをつける。軽いパンチは本当に散らすように、殺しにかかるストレートは腰を捻り肩を入れ、前方への体重移動を伴って全身で放つ一撃として。
砂時計の砂が落ち切るなりそれをひっくり返して、随分と長い付き合いになる格闘訓練用カカシをひたすら殴る、殴る、蹴る。ヘルメットの代わりに頭にかぶせておいた穴だらけの鍋(孤児院でもう使わなくなったものだ)を蹴り飛ばし、腹に膝蹴りを叩き込み、ジャブからのストレート、肘を直角に曲げた状態で体重を乗せて突くフックで脇腹を狙う。
あれから5年―――おかげさまで、冒険者に登録できる年齢になった。
身体もすっかり発育が進み、今では身長173㎝で体重は69㎏。前世の世界の日本人基準であれば平均的な身長だが、体格が大きい者の多いハイイロオオカミの獣人の中ではかなりのチビらしい(フツーに180㎝とか2mとかいるんだそうだ)。
まあ、どこぞの某終身名誉150㎝ミニマムハクビシン獣人男の娘よりはマシかもしれないが。
サンドバッグ代わりのカカシへの暴行を終え、孤児院の敷地を出て村をぐるっと一周するランニングへ。速く走る必要はなく、とにかくペースを安定させて長時間走る。
肺が焼けつくような感覚と凄まじい疲労感を伴って再び孤児院の門をくぐり、幼い子供たちが遊ぶ庭の片隅で大の字になって横たわった。
青空の向こう、雲のコントラストが美しい空の中を、小さな浮遊大陸が流れていく。
空に向かって手を伸ばし、起き上がった。
井戸から水をくみ上げて頭からかぶり、身体を冷やす。ついでに水分補給も済ませてから身体を振って水気を飛ばし、部屋に戻って着替えを済ませてから先生の部屋へ。
コンコン、とマチルダ先生の部屋のドアをノックすると、『入りなさい』と優しい先生の声が聴こえてきた。
遠慮せずに扉を開けて中に入ると、マチルダ先生は嬉しそうな、しかしどこか寂しそうな笑みを浮かべて俺の事を待ってくれていた。
「ラウル……あなたもついに15歳になったのですね」
「はい。全て先生のおかげです。貴方が俺を受け入れてくれていなければ、今頃は……」
「……私はこの孤児院を巣立っていく子供たちを見守ってきました。そして今度は、あなたの番」
席から立ち上がり、こっちにやってくるマチルダ先生。
今ではもうすっかり先生より背が大きくなってしまい、見下ろす形になってしまうが―――先生はそんな俺を優しく抱きしめてくれた。
「血は繋がっていなくても、あなたは私の大切な子供です。どうか、どうか元気で」
「……はい、先生」
優しく、先生を抱きしめた。
血は繋がっていなくとも―――この人は、俺にとっての母親だ。
そんな母親を泣かせるような事は、誓って絶対にしない。
「忘れ物はありませんね、シスター・クラルテ?」
付き添いで来てくれたスーツ姿の女性に問われるなり、黒いシスター服姿の女性―――シスター・クラルテは柔和な笑みを浮かべて首を縦に振った。
今日はいよいよ自らの使命を果たす日なのだ。それが転生者専属の巫女として育てられた、【クラルテ】という少女の存在意義である。
「大丈夫です、”シャロン”さん。巫女としてのお勤め―――立派に果たしてきますね」
「ええ。私も、そして【マザー】もあなたには期待しています。電脳の母のご加護が貴女にあらんことを」
《Tramen celerrimum ad Valesam mox a perone secundo discedet. Post lineam flavam sta, quia periculosum est(間もなく2番線からバレーシャ行きの特急が発車します。危険ですので黄色い線の内側にお下がりください)》
駅の中に響く放送に背中を押されるように、シスター・クラルテは客車へと乗り込んだ。
座席の窓を開け、見送りに来てくれたシャロンに別れを告げる。
「では行ってまいります。シャロンさんもお元気で」
「ええ。貴女も身体に気を付けて」
列車がゆっくりと走り出した。
駅のホームも、シャロンの姿も、あっという間に遥か彼方へと去っていく。
座席の窓を閉め、シスター・クラルテは首に下げた太陽を象った黄金のメダリオンを手で弄びながら、考えを巡らせる。
自分の担当となる転生者―――ラウル。
いったいどんな人なのか。
【マザー】から与えられたデータから、それなりの情報は把握している。
転生者、ラウル。転生者登録番号621。性格は明るく男勝りな女性で、身内には優しいが少々喧嘩っ早いところが目立つ獣人。転生者としてのユニークスキルは【原初の火薬庫】。既にトロールを撃破する戦果を挙げており今後の成長性は期待大。
というのが、【マザー】の評価だ。
願わくば優しい人だと良いな、と思いながら、クラルテは2時間ほどの鉄道の旅を楽しむ事にした。
巫女
転生者専属の巫女。異世界転生を果たした転生者が15歳まで生き延びると、【マザー】と呼ばれる上位存在が巫女を選出し転生者へとあてがう。巫女の目的は転生者の監視と護衛、そして彼らの行動記録をマザーへと提出する事である。
巫女はこの世界の人間で構成されており、世界中の戦災孤児の中から有望な子を選出し保護、複数のペーパーカンパニーを通じてマザーの元へと送られ、そこで転生者の付き人となるための徹底した教育を受ける。転生者の護衛の他にも転生者の身の回りの世話をする事も求められており、転生者からどのような扱いを受けようともマザーは一切関与しない。それも貴重なデータとなるためである。
人種も言語もバラバラであり、共通しているのは女性である事、黒いシスター服を身に纏っている事、そしてマザーとの交信機能を持つ太陽を象った黄金のメダリオンを首に下げている事は共通である。




