表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

404/515

第399章血戦の砦、最後の一刻

大城は、この地からはるか遠く離れている。

敵襲の報を受けた瞬間から急行しているとはいえ、距離というものはどうにもならない。どう急いでも数日はかかる。

――つまり、この数日は、自分たちだけで耐えなければならない。

時間はやがて翌日に移った。

夜明け前、空がわずかに白み始めた頃。

城外ではすでに敵の獣人たちが鍋を据え、朝食の準備を始めていた。

煙がいくつも立ち昇るのを見て、チャールは城壁の上から静かに目を細めた。

(……早いな)

敵が焦っている証拠だ。

短期決戦で決めるつもりなのだろう。

やがて敵は食事を終え、間を置かずに攻城を開始した。

今回は明らかに本気だった。

三つの劫掠隊が合流したことで兵力は圧倒的。

敵は三方向から同時に押し寄せ、ほとんど休むことなく波状攻撃を仕掛けてきた。

戦いは、これまで以上に凄惨だった。

チャール自身も前線に立ち、剣を振るって敵を叩き落とす。

城壁の上では少年たちまでも皮甲を着込み、必死に槍を突き出していた。

老人や女たちも休むことなく働き続ける。

転木や擂石を運び上げ、敵に投げ落とす。

だが――それでも状況は厳しい。

敵は六倍、七倍の兵力。

向こうは交代しながら攻め続けられるが、こちらにはそんな余裕はない。

城壁のあちこちで血が流れ、悲鳴が響く。

チャールはその光景を見渡しながら、胸の奥で冷静に計算していた。

(……持たないな)

このままでは、いずれ突破される。

それは、指揮官としての直感だった。

だが次の瞬間、彼の表情はすぐに元に戻った。

(それでもいい)

どうせ最初から、覚悟は決めている。

この砦と運命を共にする。

それだけの話だ。

――その頃。

レーガンは百名の守備軍団兵と五百名の部族戦士を率い、クルミの花と共に静かに接近していた。

だが、すぐには動かなかった。

平原のど真ん中で突撃すればどうなるか――

そんなことは考えるまでもない。

ただの的だ。

密林の陰に身を潜め、戦況を観察する。

クルミの花は緊張した顔で小声を漏らした。

「レーガン兄弟……俺、勝手に領地を離れてきてるんだ。

もし上から咎められたら……お前、ちゃんと説明してくれよ?」

レーガンは迷いなく頷いた。

「安心しろ」

声は低く、落ち着いていた。

「斥候が報告してきた。敵が集結し始めている、と。

もし一箇所に兵を集中させて町を落とされたら、それこそ終わりだ」

少しだけ視線を前方へ向ける。

「上に問われたら、俺の判断だと言う」

クルミの花はようやく息を吐いた。

「……分かった」

二人は森の奥に身を潜めたまま、戦場を見つめる。

守備寨では激しい戦闘が続いていた。

遠目にも、防衛側が押されているのが分かる。

クルミの花は眉を寄せた。

「レーガン兄弟……あの寨、もう長く持たないぞ」

レーガンも同じ結論に達していた。

「分かっている」

彼は短く答える。

「だからこそ救わなければならない」

もしこの町が落ちれば――

周囲一帯の防衛線が崩れる。

そうなれば、この辺境は一気に空白地帯になるだろう。

レーガンは静かに呟いた。

「これは他人事じゃない。

あそこが落ちれば、次は俺たちの町だ」

クルミの花は頷いたが、すぐに不安を口にした。

「でも……今いる兵はこれだけだぞ。

正面から戦えば、どう考えても勝てない」

城内に入って守る?

それも危険だ。

敵が回り込めば、自分たちの町は空になる。

レーガンはすぐには答えなかった。

しばらく考え込み――

やがて口を開く。

「……一つ手がある」

クルミの花が顔を上げた。

「今すぐ馬で走れ。

この近くの部族領主と交渉してこい」

「援軍を出させるのか?」

「そうだ」

レーガンの目は冷静だった。

「兵を合わせれば、城内の守備兵団と合わせて敵とほぼ同数になる」

「互角……か」

「少なくとも、簡単には潰されない」

そしてレーガンは静かに続けた。

「それに――」

わずかに口元が上がる。

「俺たちの援軍も来る」

「いつだ?」

「明日だ」

クルミの花の目が見開かれた。

「本当か?」

「ああ」

レーガンは頷いた。

「明日まで耐えれば、形勢は逆転する」

そして低く言い放つ。

「その時は――」

「ボアマンども、一匹も逃がさない」

クルミの花は強く頷いた。

「分かった!」

彼はすぐに馬へ飛び乗り、部族寨へと走り去った。

正午頃。

敵軍はようやく攻撃を止め、昼食の準備を始めた。

城内にもわずかな休息が訪れる。

だがチャールの心は静かだった。

(……生き残るつもりはない)

彼は崩れかけた寨を見渡した。

少年兵。

負傷した兵。

疲れ切った獣人戦士。

胸が締め付けられる。

だが同時に――誇りもあった。

彼は心腹の戦士たちを呼び寄せ、低い声で言った。

「兄弟たち」

全員が顔を上げる。

「この寨を守り抜くのは……もう難しい」

沈黙。

「だが、時間は稼げる」

チャールは続けた。

「もしどうにもならなくなったら、俺が寨に火を放つ」

驚きが広がる。

「その隙に逃げろ」

「南へ向かえ。まだ落ちていない寨がある」

だがその瞬間。

一人のミノタウロス重装戦士が怒鳴った。

「逃げません!」

彼は歯を食いしばる。

「ここは俺たちの家です!」

拳を握りしめた。

「故郷を壊す奴がいるなら、命を懸けて戦う!」

別のジャッカルマン戦士も続く。

「そうだ!」

「やっとまともな暮らしができたんだ!」

怒りで声が震えていた。

「侵略者なんかに全部奪わせるかよ!」

周囲の戦士たちも次々に叫んだ。

「最後まで戦う!」

「寨と共に生きる!」

「寨と共に死ぬ!」

誰一人、逃げると言わなかった。

チャールの胸が熱くなる。

(……そうか)

一年以上の努力。

無駄ではなかった。

この者たちはもう――

同胞だ。

やがて昼食が終わる。

敵軍が再び動き出した。

今度は梯子の数が明らかに増えている。

総攻撃。

それを見た瞬間、チャールは悟った。

(……来るな)

劫掠隊の兵たちも勢いづいていた。

突撃の速度が目に見えて速い。

守備側もすべてを投入した。

転木。

擂石。

残っている物資すべて。

チャールはさらに命じる。

「油を持ってこい」

炊事場の油脂を全部運ばせる。

いつでも火を放てるように。

木寨も。

倉庫の根薯干も。

すべて。

敵に渡すつもりはない。

チャールは静かに呟いた。

(……最後までだ)

この寨の上下、全員が理解していた。

ここから先は――

玉砕の戦いになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ