第369章断崖血戦――鋼角と盾壁の死闘
ガロはぎこちない共通語で言った。
「……俺は左の山脊へ行く。督戦する。ここは任せた」
短い言葉。だが覚悟は十分だ。
ブルースは静かに頷いた。
(左は任せられる。あいつは退かない男だ)
大角羊の平地での速度は並だ。だが斜面となれば話は別。
あの蹄は岩を噛み、信じられない健脚を発揮する。今の山岳戦において、最適解の騎兵だ。
(敵将、悪くない手を打ってきたな)
直属軍団の戦士たちが両側の山脊へ登り始めた、その直後。
五、六千の大角羊騎兵が突進してきた。
密集陣形は取らない。
波状。
散開。
上に並ぶ大型弩と投石機を理解している証だ。
(密集すれば終わると読んでいるか。ならば削り合いだな)
◇
登ったばかりの直属軍団戦士は、休む暇もなく衝突した。
大角羊の体躯は大きい。
質量、慣性、衝撃。
歩兵隊列へ真正面から叩きつけられる。
一瞬、よろめく。
だが崩れない。
ミノタウロスたちが盾を構え、両手剣を振り下ろす。
一撃。
一騎、落ちる。
後方の投槍隊も体勢を整え、的確に投げ始める。
山頂が怒号で震えた。
すぐに完全な乱戦。
登攀直後で陣形は未完成。
機動力では大角羊騎兵が上。
ドワーフ騎手が長槍を振るい、直属軍団戦士を突き倒す。
こちらも応じる。
槍で突き落とす。
数で見れば、こちらの損害がやや多い。
だが――
(相手は精鋭騎兵。価値はあちらの方が高い)
交換比は悪くない。
◇
ブルースは山下から戦況を見つめていた。
(……まずいな)
弓弩隊の援護が途切れた瞬間。
敵弓弩隊が猛射を開始。
七、八十メートル先から木寨へ集中射撃。
矢が雨のように降る。
こちらは頭を出せない。
その隙を突き、犬頭族が梯子を掛け始めた。
登る。
だが、上に顔を出した瞬間――槍が突き刺さる。
正直、犬頭族は脅威ではない。
戦意が薄く、爆発力もない。
ただ――数が多い。
(面倒な雑兵だ。だが主役ではない)
その時。
遠方のドワーフ将軍が機を読む。
一、二万のドワーフ戦士が突撃開始。
犬頭族は道を開ける。
ブルースの背筋に冷たいものが走る。
(本命が来た)
本格戦闘。
◇
外周を遊撃していたマイクも悟る。
(ここが山場だ)
即座に騎兵を率い、側面攻撃。
第一目標――大角羊騎兵。
山頂の部隊は届かない。
だが麓に溜まる数千なら、叩ける。
万馬奔騰。
敵陣数十メートルまで迫る。
号令。
一斉射撃。
大角羊騎兵の鎧は鉄板ではなく、鉄片を嵌めた軽鎧。
重量軽減の代償に、防御力は限定的。
しかも距離を詰めた射撃。
効果は絶大。
一斉射で大量の騎手が落馬。
山攻め部隊が混乱。
マイクはそのまま旋回し、包囲気味に削る。
(弓がある限り、主導権はこちらだ)
◇
正面では二万のドワーフ戦士が接近。
犬頭族とは別格。
木寨を登り、直属軍団と激突。
凄惨。
特に城下の弓弩が抑え続けるため、防御側は自由に動けない。
◇
ドワーフ中軍大帳。
将軍は報告を処理する。
騎兵が出撃し、大角羊騎兵が削られていると聞き、怒りに歯を軋ませる。
だが。
ドワーフ戦士が城壁に到達し、白兵戦に入った報告で、わずかに安堵。
(突破できる……まだ勝てる)
命令を下す。
「大角羊騎兵に伝えよ!何としても持ちこたえろ!山上弓弩を黙らせよ!
正面部隊にも伝えよ!最速で突破せよ!
突破し山中へ入れば、敗残兵は騎兵が狩り尽くす!
この劫掠隊は殲滅だ!」
伝令が走る。
◇
戦場で叫び声が響く。
「此戦こそ勝敗の鍵だ!失敗は許されん!
敗れれば奴らは本土を蹂躙する!
王のために突撃せよ!」
怒号。
士気が爆発する。
ブルースはそれを感じ取った。
(……押されるな)
即座に対抗。
「兄弟たちに伝えろ!
侵略者を防げ!
我ら多種族連合王国は平等の国だ!
これは建国戦争だ!
功績は種族を問わず、俺が全て記録し、陛下に上奏する!」
声が峡谷に反響する。
士気が戻る。
殺し合いはさらに激化。
拳と刃が肉に届く距離。
血。
絶叫。
ブルースは、重傷のジャッカルマンがドワーフを抱えて城壁から飛び降りるのを見た。
道連れ。
ドワーフもまた、胸を貫かれながら敵を掴み落ちる。
(……ここが分水嶺だ)
◇
マイクも理解していた。
ここで負ければ終わる。
やがて騎兵の矢が尽きる。
迷いはない。
「全騎兵、馬槍に持ち替えろ!
決死の突撃だ!
何が何でも騎兵を撃破し、弓弩隊を解放しろ!
これが勝利の鍵だ!」
弓を背負い、馬槍を抜く。
大きく回り、加速。
真正面からの突撃。
(俺たちが突破口を開く)
鋼と鋼が、激突する。




