第357章闇に溶ける刃――追い詰められた獲物
いま、チェリル配下の暗夜小隊は二千名にまで膨れ上がっていた。
俺が自ら選抜し、夜襲専用として叩き上げた部隊。ほぼ全員が百戦錬磨の実戦経験者だ。
数だけではない。
質が違う。
俺は彼ら全員に特製の夜行衣を支給した。闇に溶け込むための布地、動きを阻害しない軽量設計。そして一人につき小型弓弩を二挺。
この弓弩の有効殺傷射程は三十〜四十メートルと短い。
だが、重要なのはそこじゃない。
軽い。小さい。取り回しがいい。
闇の中で一瞬だけ姿を晒し、一撃で仕留める。そのためだけに設計した特注品だ。
弩矢は一人六本のみ。
十分だ。
――夜襲で何度も撃つ状況など想定していない。
基本は一射。多くても二射。
その後は刃だ。
全員が片刃の刀を主武器としている。この世界では珍しい武装だ。ほとんどの者は両刃の剣を使う。
だが俺は知っている。
刀の斬撃力は剣を凌駕する。
無駄な力を使わず、切断に特化した構造。両手剣や巨大斧と違い、長時間の戦闘でも消耗が少ない。
さらに短剣一本、小型盾一枚。
装備は極めて豪華。
――夜に暴れるには、これ以上ない構成だ。
フランク領地包囲三日目。
城外では投石車がようやく数十台完成し、双方で激しい応酬が繰り返されていた。
フランクとカルトンは落ち着いている。
俺の指示通り、農奴を交代で前線に立たせ、実戦経験を積ませていた。古参兵は後方で補助。
戦力育成と実戦を同時にこなす。
合理的だ。
カルトンは城壁上で笑った。
「今頃エドモンは発狂寸前だろうな。ダービー城を奪われた上に、この小城すら落とせんとは」
城下を見下ろしながら続ける。
「見ろ、あの兵士たち。梯子を登る力すらない。まともに食えていない顔だ。あと十日持てば、戦わずして崩れるぞ」
フランクも頷く。
「食糧不足は致命的だ。ただし油断は禁物。城壁を一度でも破られ、内部の糧庫を奪われれば逆転もあり得る」
――悪くない判断だ。
俺は二人を完全には信用していない。
だから本当の作戦は伝えていない。ただ「守れ」とだけ命じた。
これは試験でもある。
もし城を放棄し、安易に降伏するようなら――その時はそれまでだ。
だが状況は楽ではない。
五日目。
敵の投石車は数百台に達した。人員が多い分、製作速度も速い。
フランクの城壁は砲撃で崩れかけ、いつ倒壊してもおかしくない。
カルトンとフランクも、もはや余裕の笑みはない。最悪の場合、食糧を焼き払って突囲する計画まで立て始めていた。
――限界は近いな。
だが、その直前でいい。
一方その頃。
チェリル率いる暗夜小隊は、すでに敵大営の近くまで到達していた。
全員が夜行衣をまとい、足音を消し、呼吸すら揃える。
闇の中では、まるで影そのものだ。
大営の外周には大量の拒馬。騎兵対策だ。
意味がない。
俺たちは歩兵だ。
チェリルが静かに手を振る。
鋭い鼠の鳴き声のような合図が夜を裂いた。
次の瞬間、二千の影が一斉に流れ込む。
チェリルはすでに中級見習いの境地に達している。朴刀を振り抜き、居眠りしていた夜番兵の首を断つ。
周囲の古参兵も即座に動き、その十人隊は瞬時に全滅。
一人が水袋で火堆を消す。
闇が広がる。
チェリルが低く命じる。
「十人一組で動け。目的は営寨の破壊。糧庫と投石車を優先。銅鑼が鳴ったら即撤退。戦闘に執着するな」
全員が頷く。
二千の暗夜小隊が四散し、狂気のように斬り込んだ。
敵兵はすでに飢えで足元がふらついている。そこへ突然の夜襲。
一瞬で混乱。
火堆が次々と消され、視界が奪われる。
闇は最大の武器だ。
人間は、見えないものを恐れる。
チェリルは投石機陣地へ突入。まず火を消し、懐から瓦罐を取り出す。
中身は火油。
俺が用意した高級品だ。油脂は貴重だが、ここで使う価値はある。
投石機に火油を撒き、火を放つ。
炎が上がる前に即座に離脱。
火が大きくなりすぎれば位置が露見する。
再び営地へ戻り、糧庫へ。
すでに炎上している。
最後は営帳。
突入、斬撃、即離脱。
目的は殲滅ではない。
恐怖だ。
特に農奴営地。
精神的に脆い層を狙う。
わずか十数分で農奴たちは大パニックに陥った。
悲鳴が連鎖し、逃走が逃走を呼ぶ。
次に正規兵営寨へ斬り込み。
奇襲効果は絶大。
有効な反撃は組織できない。
二十分後。
営地全体が完全に混乱。
農奴の悲鳴、正規兵の怒号、燃え上がる投石機。
――十分だ。
これ以上は乱戦になる。
チェリルは即断。
傍らの伝令に銅鑼を叩かせた。
重い金属音が夜に響く。
さらに十夫長たちも小型の銅鑼を打ち鳴らす。
その音は、敵にとっては悪夢の宣告。
暗夜小隊の兵たちは訓練通り、一斉に外周へと狂奔する。
統制は崩れない。
混乱しているのは敵だけだ。
――削ったな。
俺は遠くで報告を待ちながら、静かに息を吐いた。
飢え、恐怖、混乱。
三つが重なれば、軍は瓦解する。
エドモン。
お前はもう、ドワーフに追い出される未来しか残っていない。




