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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第277章 不運続きのボア・マン ― 追い風は俺たちに吹く

騒ぎに騒いだ十日近い遠征。

獣皇はようやく「割に合わない」と悟ったのだろう。兵をまとめ、さっさと撤退した。

――これで、この戦役は終わった。

表向きの勝敗は曖昧でも、最大の勝者が誰かは明白だ。

フィルードはそれを理解していた。

(俺の戦力は、もう「子爵」の枠に収まっていない)

紙で火は包めない。

時間を稼げば稼ぐほど、どれだけ慎重に隠しても、いずれ王都の鼻は嗅ぎつける。

その時になって、いくら従順を装っても遅い。

(だから――先に布石を打つ。危機が去った今こそだ)

フィルードは残存する九千を率いて帰還を開始した。

ローセイもまた大軍を引き連れ、北へ戻っていく。

出発前、フィルードは伝令を飛ばす。

「捕虜の農奴は全員放せ。大半が老幼だ、連れても足手まといになる。

牛と使える物資だけ回収しろ。牛群は、まだ増やせる」

――軍の行軍は軽く、戦利品は太く。

今の俺には、それが最優先だ。


ローセイが耀獣城へ戻った直後、腹心の獣人が駆け寄ってきた。

「大首領。閣下がお留守の間、北辺のボア・マンが何度も使者を寄越し、交渉を求めてきました。

すべてこちらで理由をつけ、引き延ばしておきましたが……今、使者が城中で待っています。お会いになりますか?」

ローセイは眉をわずかに上げる。

「……ボア・マンが? 今さら、俺たちと何を話す。

使者は誰だ。まだ、あのドクガか?」

腹心は頷いた。

「はい。彼です。首領と交情があると知っていたので、追い返しませんでした」

ローセイは短く息を吐く。

「よくやった。呼べ」


王帳。

ドクガは入るなり深く礼をし、そして複雑な目でローセイを見た。

「ローセイ首領……お前は、いつも私に驚きをくれるな。

ボア・マンが大軍を集めて剿滅しようとしたのに、お前は無傷。

しかも――勢力をここまで拡大するとは」

ローセイは手を振り、淡々と返す。

「褒めすぎだ、ドクガ大叔。

俺が勝てたのは、附属部落がボア・マンの抑圧に耐えられなくなっていたからだ」

胸の奥で、確信が熱を帯びる。

(俺は、勝ったんじゃない。“流れ”を掴んだだけだ)

「時間が経てば、もっと多くが俺たちに加わる。

で? 獣皇がお前を寄越したのは、また小細工か?」

ドクガは苦笑し、首を振った。

「違う。今のボア・マンは、元気を大いに損ねた。

……もう戦いたくないのだ」

その言葉に、ローセイは目を細める。

ドクガは続けた。

「和睦だ。条件は豊富だぞ。

今お前が占領した土地はすべて譲る。独立も認める。

ただし、北部地域を侵さないこと」

ローセイの内心に、冷たい笑いが浮かぶ。

(独立を“許す”? 誰に向かって言ってる)

だが、ドクガの次の一言が空気を変えた。

「そして今回は、魔法契約を結ぶことを要求している。

……前回、お前が反故にしたからな」

ローセイは、思わず眉を上げた。

相手は明らかに譲りすぎている。

(弱っている? それとも、背後で何か起きたか)

ローセイは嘲るように言った。

「俺の独立に、獣皇の許可が必要か?

へっ……懲りない老いぼれだ」

そして、あえて刺す。

「だが、そんな老いぼれが、草原伯国と結託して俺に目薬を差した。

その草原伯国は、今回徹底的に叩き潰された」

ローセイは視線を鋭くする。

「ドクガ大叔。

北辺で――何か“大事件”が起きたんじゃないか?

そうでなければ、なぜ今さら和平だ」

ドクガは水を一口飲み、奇妙な笑みを浮かべた。

「……当たったな」

そして、淡々と現実を並べる。

「以前、あの地域をケンタウロスに譲っただろう。

だがドワーフは、ケンタウロスではなくボア・マンを恨んだ」

ローセイは黙って聞く。

ドクガの声が低くなる。

「ドワーフは重金でミノタウロスを動かし、ボア・マンを攻撃した。

北方ではすでに二度の大戦。……惨敗だ。

領土も連続で失っている」

ローセイの胸が、内側から熱くなる。

(……なるほど。だから“独立を許す”なんて言える)

ドクガは続けた。

「獣皇は恐れている。

お前が後方から奇襲するのをな。

今は本当に、独立の好機だ」

さらに、わざとらしく肩をすくめる。

「もちろん条件は表向きだ。

お前はこの機会に、条件を積み上げられる。

あまり過分でなければ、相手は呑むだろう」

ローセイは内心で狂喜した。

だが表情は崩さず、時間を取る。

「……具体的に何が不足しているか、まだ確定していない。

少し待て。考えてから返事する」

ドクガは頷いた。

その目に、一瞬だけ本音が滲む。

「できれば、我々の部落も要求してくれ。

ボア・マン領内のジャッカルマンを、まとめて引き取れ。

そうすれば我々は一丸になれる」

ローセイはゆっくり頷いた。

「考えてみる。

ここで休め。数日で返事する」

ドクガが引くと、ローセイはすぐに帳を出た。

魔獣騎乗の兵を捕まえ、領地へ飛ばす。

――フィルードに報せる。

この“追い風”を、取り逃がすわけにはいかない。


伝令が到着した時、フィルードは魔法防御武器を研究していた。

大黒と小白に上級見習い甲冑を作り、着せたい。

防御力は大幅に上がる。だが製作は複雑で、宝庫に記録はあっても材料が足りない。

(上級見習い獣皮……今の俺には、数がない)

仕方なく、別の道を探る。

聚魔樹での加工。

木を木片にし、加工し、積み上げる――手間も時間も桁違いだ。

そこへ、ローセイの伝訊。

フィルードは手を止め、唇の端を上げた。

(ボア・マン、本当に流年不順だな)

彼は装備を替え、飛行具を整え、チャチャの巣へ向かった。

暇があれば訓練してきたチャチャは、もう簡単な指揮なら通る。

調整後、チャチャに自分を掴ませ、ローセイの方へ飛ばせた。

チャチャの速度は異常だった。

本来半日かかる山越えを、数回の呼吸で跳ぶ。

一時間もせず、フィルードはローセイの山頂へ到着する。

ただし――

「……降りろ」

命令しても、この馬鹿鳥はしばらく羽ばたき、ようやく降りたと思ったら数里ずれていた。

「……ほんとに使えたり使えなかったりだな」

フィルードはため息をつき、チャチャを待機させて一人で営寨へ向かった。


ローセイはフィルードを見た瞬間、目を丸くした。

この速度は予想外だったのだろう。

だが相手が口を開く前に、フィルードは大笑いした。

「ローセイ千夫長!

今回の草原伯国襲撃、見事だった。俺たちの圧力を大きく緩和したぞ」

言葉の裏で、フィルードは冷静に盤面を数える。

――戦果。

――敵の分断。

――そして、ボア・マンの焦り。

(この流れ、もう止まらない)

ローセイは褒められて、素直に笑う。

「団長閣下に従って南征北戦してきましたから。

簡単な戦術くらいは学びました」

そして、少し誇らしげに続けた。

「それより団長閣下の行動は果断です。

あれほど多くの馬匹を鹵獲したとは……まもなく我々は騎兵を持てる」

ローセイの目が輝く。

「その時、軍団の戦闘力は必ず一段階上がるでしょう」

フィルードは笑みを保ったまま、心の中で静かに頷いた。

(上がるさ。――一段階どころじゃない)

そして、次の一手を描き始める。

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