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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第235章 収奪と分配――勝者だけが描ける未来

フィルードは小さく息を吐いた。

それは疲労ではなく、計算が一段落したときにだけ出る、習慣のような呼吸だった。

「……はあ。お前も分かっているはずだ」

視線を正面に据え、淡々と言葉を重ねる。

「一度、お前の城を落としてしまえば、俺の配下の兵は制御できなくなる。その時、この城がどこまで荒らされるか――正直、俺にも保証はできん」

これは脅しではない。

事実の提示だ。

略奪とは感情で起きる。

勝利の熱、死の匂い、抑圧されてきた欲望。

それを完全に抑え込めるほど、人間は理性的ではない。

「だからこそだ。ここで話し合う。

――これは、お前のためでもある」

コナリーの瞳に、わずかな怯えが走ったのを、フィルードは見逃さなかった。

「……俺のものをすべて奪うつもりで、まだ交渉ができると思っているのか?」

声には怒気が混じっていた。

「今日の午後の振る舞いを見ただろう! まるで土匪だ!

貴族の名誉など、微塵もない!」

――名誉、か。

フィルードは内心で鼻を鳴らした。

名誉で兵は食えない。

名誉で農地は耕せない。

そして名誉で、戦争は終わらない。

彼は軽く手を振った。

「説明は省く。条件を出す」

視線は冷静そのものだった。

「お前の家に伝わるすべての継承職業、その写本。

上位魔薬三株。魔石二千枚。

青壮年の男性農奴一万名。

穀物五百万ポンド」

一拍置き、続ける。

「それで、お前を帰してやる。

ただし条件が一つ。今後、俺がこの領地で商業活動を行う際、一切の妨害を許さない」

コナリーは言葉を失った。

目を見開き、信じられないものを見るように、フィルードを凝視する。

「……正気か?

穀物ならともかく、一万名の青壮年農奴だと?」

声が震える。

「お前が捕えた農奴を除いても、そんな数を出せば来年の耕作が成り立たん!

上位魔薬三株? 無理だ。多くて二株しかない!」

必死の弁明が続く。

「継承職業も、巻軸師と製器師のみだ!

写本なら渡そう!

農奴は……四千が限界だ!

それ以上なら、老弱が餓死する!」

――なるほど。

フィルードは心中で頷いた。

嘘ではない。

だが、限界でもない。

「魔石二千枚もない! 多くて八百だ!

しかも三百は金幣で相殺してもらう!」

コナリーは叫ぶように言い切った。

「これで納得できるならよし!

できないなら、話はそれまでだ!」

フィルードは即答しなかった。

焦らせるためでも、演技でもない。

――ここからが、本当の交渉だ。

彼は、我慢強い商人のように、一つひとつ条件を削り、別の条件を足していく。

譲歩と譲歩の間に、必ず“取り返しのつかない一線”を混ぜ込む。

最終的に、合意は成立した。

上位魔薬二株。

魔石千枚(大半は金幣で相殺)。

青壮年男性農奴六千名。

穀物五百万ポンド。

さらに馬車百架。

加えて――

戦利品として得た上位弓一本、上位超凡鉄甲一件。

そして大量の見習い級超凡武器。

――上出来だ。

フィルードは内心で静かに評価した。

翌朝。

城外は、まるで市が立ったかのような喧騒に包まれた。

物資の引き渡し。

農奴の引き渡し。

帳簿の確認。

約定に従い、伯爵府の衛兵五千名が解放された。

これにより、捕虜一万四千のうち、残るは九千名の農奴のみ。

沿途で得た農奴と合わせ、総数は三万。

伯爵領の精華人口、そのほぼすべてだった。

フィルードは宣言した。

「北へ行けば、土地を与える」

即座に一万人が名乗りを上げ、残る二万人は、判断を保留した。

――当然だ。

家族を持つ者は、そう簡単には決められない。

フィルードは行軍中、執拗なまでに語り続けた。

土地の話。

食料の保証。

最低でも一日一ポンドの穀物。

働き次第で増配。時には肉もある。

洗脳ではない。

選択肢の提示だ。

同時に、彼は農奴たちを細かく分類した。

兄弟持ち。

家族持ち。

単身者。

関隘近くに到達した頃、選択の時が来た。

最終的に、一万二千人が去った。

彼らは家族を支える柱だ。

無理に連れて行けば、後々の禍根になる。

フィルードは密かに隠していた穀物の一部を開示し、一人百ポンドずつ持たせた。

――投資だ。

安い投資だ。

百二十万ポンドなど、持ち帰れぬ穀物に過ぎない。

「口外すれば、貴族の清算を受ける」

そう厳命したが、

彼自身、隠し切れるとは思っていなかった。

――それでいい。

それが狙いだ。

「俺は良くした。

お前たちはどうする?」

陽謀。

拒めない善意。

すべてを終え、フィルードは残る一万八千の農奴を率い、アモン王国領へ撤退した。

すでに王国は混乱の極みにあった。

彼は深入りせず、関隘近くに駐屯する。

穀物は十分。

訓練を開始するには、最適だった。

半月後、停戦協定が成立。

アモン王国は魔石五千枚を支払い、関隘を返還。

捕虜もすべて解放。

――大量の俘虜があったからこそ、成立した条件だ。

こうして戦争は、拍子抜けするほどあっけなく終わった。

フィルードは農奴を分批で帰還させ、自身はエレナと王都へ向かった。

十日後、敗残の大軍が戻る。

彼らは皆、項垂れていた。

フィルードはウェイン侯爵を見つけ、すぐに声をかけた。

「侯爵閣下。ご無事で何よりです。

二国の援軍は、私も予想外でした」

淡々と、だが誠実に。

「前期に捕虜を得ていたおかげで、条件は抑えられました」

ウェインは苦笑し、首を振った。

「……慰めは不要だ。

欲をかきすぎた。それだけの話だ」

フィルードは、それ以上何も言わなかった。

――勝者は、敗者を責めない。

責める価値すら、ないからだ。

PS

この章では、「勝利そのもの」よりも、その後に残るもの――人口、穀物、評判、そして敵味方の視線が、いかに次の局面を縛り、同時に利用できるかを意識して描きました。

略奪は終わっても、計算は終わらない。むしろ勝った瞬間から、より大きな力に見られ、使われ、試され始めます。

次章以降、フィルードは剣ではなく“配分”と“供給”で盤面を動かしていくことになります。

もし「このやり方は面白い」「戦後処理こそ本番だ」と感じていただけましたら、ブックマークで続きを追っていただけると大きな励みになります。

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