ソラとルーク
少し遅めのメリークリスマス
アルカディア国の街並みは、見るも無惨な光景へと変貌していた。
煙は至るところで上がっており、家屋は瓦礫の山と化していた。
壊れていないのは最早、お城だけであった。
街の中央には魔族達が捕らえられており、そんな魔族達を50人くらいの人間達が取り囲んでいた。
「!? ガオウ殿!」
捕らえられてる魔族の1人ルキウスが、新たに捕らえられてきたガオウを見て驚愕した。
「すまん……我も不覚をとった……」
幾重もの鎖に繋がれた獣人ガオウは己の不甲斐なさを謝罪した。
2人の体の周りには未だ、ジェガンのスキル【捕縛】による紫電が纏わりついていた。
すると人間の内の10人くらいがガオウ達を取り囲むようにして、腕輪の神器を発動させた。
人間達を起点にして青い膜がガオウ達を覆った。
「!? 結界なのか……?」
「わからん……10人規模での神器発動など見たことがない……」
慌てふためく魔族達の様子を見ていたオークスはガオウ達に近づいた。
「神器による多重発動を見るのは初めてか?」
オークスはガオウ、ルキウスと話し出した。
「多重発動?」
ルキウスには聞き慣れない言葉だった。
「そうだ、Sランクの魔物や人間相手に考案されたものだ」
「しかし迷宮に入れる人数には限りが……」
「本来なら5人単位でやるものだが、この10人単位での【結界】は初の試みだ」
「……そんな事が可能なのか?」
ガオウは当然な疑問を投げ掛けた。
「まぁな。これは非力な者達が強者相手に戦う為のもので、神器も全て俺が同じものを創造した」
「そうか、10人単位で発動出来るように創造するのか……」
オークス小さく笑った。
「中々頭のいい奴だ、獣人にしとくのが勿体無いな」
「……それは攻撃にも出来るものなのか?」
ガオウはオークスに尋ねた。
「勿論だ。何にでも可能だ。お前ら2匹を捕らえているジェガンの【捕縛】も多重発動によるものだ」
「!?」
「だが【捕縛】の所有者は奴しか……」
「そうだ。だが【雷属性】の奴は何人もいるからな。ジェガンの【雷神の収穫祭】は【雷属性】の奴が周囲にいるだけで、能力【捕縛】の効果を高めるよう奴が創造したものだ」
「…………」
「…………」
ガオウとルキウスは自分達の知らない知識に最早言葉が出なかった。
「まぁこんな森の奥地にいては知らなくて当然だな。それより俺からも1つ質問がある?」
「……なんだ?」
「以前あの小僧……竜斗だったか? 竜斗がザイガスにやった攻撃はなんだ?」
「ザイガス?」
ガオウは誰のことか分からずにいた。
「ガオウ殿はこいつらと面識が!?」
ルキウスはガオウとオークスの会話を聞いて2人が顔見知りだと感じた。
「以前、サラ殿達を救った時の相手がこいつらだ」
「なんと……」
「悪いな。本当なら直ぐにお前達を転移させたいところだが、これはジェガンの復讐だからな。あの小僧の苦しむ顔を見る為にはどうしてもお前らがいるそうだ」
オークスは肩をすくめて小さく笑った。
「貴様ら……!」
ルキウスは歯軋りした。
「俺の質問は終わっていない。あの小僧は以前、何もない所を斬り同時にザイガスの首をはねた。あの攻撃はなんだ? あんなのは見たことがない」
「あれか……」
ガオウは漸く何の事か思い出した。
ルキウスもそれが竜斗の【次元属性】による攻撃だということに気づいた。
「それを我々が答えると?」
「答えたくないならその体に直接聞くまで。」
オークスは顎で部下に合図を送った。
実際には、直接の部下ではないが立場的にはオークスは幹部であり、マッシュ達が連れてきた人間達より立場は上であった。
合図を受けた1人の部下が、槍の神器を発動させ、結界の外から魔族の1人を貫こうとした。
「待ってくれ! 答えよう……」
「ガオウ殿!?」
「賢明な判断だな」
オークスはニヤリと笑った。
「ガオウ殿! 良いのですか!?」
ルキウスは身を乗り出すようにガオウに迫ろうとした。
「……だが竜斗の為にも、これ以上の犠牲を出す訳にはいかぬ」
「しかし……」
だがルキウスも、これ以上の犠牲を出すのは得策ではないと感じた。
バアルからの情報でも今の竜斗は酷く不安定であったからだ。
「……竜斗のあの攻撃は……【次元属性】によるものだ」
ガオウのこの言葉に近くにいた人間達にも少なからず動揺が走った。
至るところで「はぁ?」、「次元属性?」とか、「おいおい冗談だろ?」等、鼻で笑っている者もいた。
だがオークスだけは静かに何か考え事をしていた。
(馬鹿な……まさか【英雄トウマ】と同じことをあの小僧が? いや待て……まだ同じと決まったわけでは……だが本当に可能なのか?)
◇
オークスが1人で考え事をしていたら、大勢の人間と、大勢の魔族が城より出てきた。
人間達は、固まって歩く数百名の魔族をまばらに囲むようにし連れて歩いていた。
離れた所にいたジェガンとバアルもオークスの下に集まった。
「? 来ましたよ」
バアルは気づいていないオークスに小さく囁いた。
「あ、ああ……」
「……珍しいなオークスの旦那が察知できてないなんて、考え事か?」
「そ、そうか?」
「まぁ別に構わないけどな。それより……大漁だな」
最近ではめっきり数を減らした魔族を数百名も捕らえたのだから、興味のなかったジェガンも流石にその光景を目にすると笑わずにはいられなかった。
「おいおい、マッシュ。ボロボロじゃねぇか?」
ジェガンは先頭を歩く、同じ幹部であるマッシュの傷だらけの姿を見て笑った。
「ちっ、うるせぇ……こいつが抵抗してきたんだよ」
するとマッシュは捕らえた魔族の1人、着物を着た八咫族の女性を突き飛ばした。
「サラ殿!?」
「サラ殿!?」
ガオウとルキウスは、傷だらけの女性を見て叫んだ。
「も、申し訳ありません……」
サラはボロボロで、彼女にも鎖が巻かれていた。
見るとボロボロなのはサラだけであった。
「貴様ら……っ!!」
なんとかここまで冷静さを保っていたガオウも、流石にサラの姿を見て怒りが爆発しそうになった。
「す、すみません……みなを守るだけで精一杯で……っ」
「何を、それは我々も同じことです……っ」
ガオウもルキウスも己の不甲斐なさを嘆いた。
「よく捕らえられたなマッシュ~、こいつも賞金首だろ?」
ジェガンは魔族の会話を無視してマッシュに尋ねた。
「ったく、Sランクってのは本当に化物だな。こいつ【鎌の神器】を振り回して手がつけられなかったぜ」
「どうやって捕らえたんだ?」
「ああ、部下が犠牲になってる間に何匹か魔族を捕らえて人質にした」
「そいつわ、ご苦労だったな~ククッ」
「……悪いなオークス、痛め付けるのに少々時間がかかった」
マッシュはこれ以上ジェガンと話しても馬鹿にされるだけと感じて、オークスと話し始めた。
「なに、構わん。直にジェガンの目的の奴も来る、その賞金首も結界に入れておこう」
マッシュはガオウ達を覆っている結界に目を向けた。
「……多重発動による結界か」
「ああ、中からは出られんが外からは簡単に入れる代物だ」
「……了解だ」
マッシュと、同じく援護に来ていた幹部2人であるオルテガとガイラは、数名の魔族を結界内に放り投げた。
「サラ殿っ!」
「イヨ隊長っ!」
「ローゲ様っ!」
「ララ殿っ!」
結界内に放り込まれたのは、人間達が【観察眼】で視た、注意しておきたいと思った魔族だった。
現在、結界の外で捕らえられているのは神器を持たない一般人数百名と、イヨが指揮する第3小隊数名だけであった。
魔族は皆その場に座り込みお互いを抱き合うように身を寄せていた。
「さてとぉ~、これで準備わ~完了だぜぇ」
ジェガンはニヤリと笑い、腕輪の神器【雷神の収穫祭】とは別に、更に神器を発動させた。
【雷神の斬殺劇】<鉄爪/雷/無/A>
【雷神の御手】<籠手/雷/同化/A>
【雷神の狩猟場】<首輪/雷/移動/A>
右手には禍禍しい鉄爪を装着し、首にも禍禍しい首輪が巻かれていた。更に以前、竜斗に斬られた左腕があった箇所には、雷で出来た腕が形成されていた。
更にジェガンはゼノと同じ新スキル【同化】を会得していた。
「ヒュ~、Sランクじゃなくても全てAランクだと壮観だな」
マッシュは同じAランクでありながら、ジェガンのAランクの神器を見て、感嘆の意を述べた。
「まぁな……」
「あと1つは?」
オルテガは尋ねた。
「……そいつはとっておきだ」
ジェガンは自身の右手を見つめた。
実際には、今は鉄爪が装着されており見えないが、残りの1つがある右手を見つめて不気味に笑って見せた。
「しかし、お前がここまでするとは……相手は相当な化物らしいな」
ガイラは呟いた。
「……ただの糞生意気な糞餓鬼だ」
ジェガンは唾を吐きながら、小さく呟いた。
「くくっ、まぁ何にせよ、その餓鬼が帰ってきた時が楽しみだな。魔族は全員捕らえられてんだ、この光景を見て逃げ出すんじゃねぇのか?」
マッシュは笑った。
それにつられオルテガとガイラもニヤニヤと笑い始めると、大勢の人間達が一斉に笑い出した。
誰もがこの惨状を見て子供(竜斗)が逃げ出す姿を想像した。
その光景をありありと思い浮かべると、笑わずにはいられなかった。
笑っていなかったのはオークスとジェガン、バアルの3人だけであった。
魔族達は人間の言葉に反論せず、ただただ歯軋りしていた。
そんな中、座り込む魔族の中で立ち上がる小さな姿があった。
「お兄ちゃんは負けないもん!」
小さな姿からは信じらない程の大きな声が響いた。
その声に人間達は笑うのを止めた。
「ソラっ!?」
母親は必死に娘を制止させようとした。
「そうだよ、お兄ちゃんがお前らに負けるもんか!」
近くにいた竜人族の小さな男の子も立ち上がった。
「よすんだルークっ!!」
「ルーク様っ!?」
結界内に閉じ込められている、姉のルキウスとローゲも必死に制止させようと叫んだ。
黙っていたジェガンはその光景を見ると、不気味に笑い2人に近づいていった。
「やめろ!!」
「よせっ! 止めろ!」
「止めてください!!」
ルキウスも周りにいたガオウやサラも、2人に近づくジェガンを見て不安に感じ、必死に叫んだ。
ジェガンは歩みを止めなかった。
2人を庇おうとする魔族を簡単に払いのけ、あっという間に2人の眼前に立ち塞がった。
2人はジェガンを震えながら見上げているが、決して目を逸らさなかった。
ジェガンはそれを見てニヤリと笑い更に2人に近づき手を伸ばそうとした。
「お願いです! どうかこの子達だけはっ!」
マナは2人とジェガンに間に入り必死に懇願するが、ジェガンは右手を振り上げると冷酷に振り下ろした。
「きゃああっっ!! あぁぁ…………」
マナは斬られた右腕を必死に抑えながら倒れこんだ。
右腕には3本線による切り傷から血が大量に滲み出た。
近くにいた魔族達はマナに駆け寄って、心配の声をあげる。
「マナさん!?」
「マナさんっ!」
「マナさん!!」
「ママっ!?」
「おばちゃん!?」
そんな光景を他所目にジェガンは左腕だけでソラの金色の髪とルークの赤い髪を同時に掴み持ち上げた。
「痛いっ!」
「うっ!」
そのままジェガンは2人の髪を握りながら、少し離れた所まで歩き出した。
魔族達は必死に助けを懇願するが、ジェガンは無視し、周りの人間達はその光景を見てヘラヘラと笑っていた。
ジェガンはある程度歩くと、歩みを止め2人の髪を掴んでいた手を離した。
「お前らが贄だぁ~」
ジェガンは2人を見下ろし不気味に笑った。
その顔に2人は恐怖を覚えた。
2人の体は震え、ギュッとお互いを抱き締めた。
ジェガンは再び右腕を天高く振りかざすと、笑いながら無慈悲に右腕を振り降ろした。
今度は話数詐偽……
まだ数話かかりそうです……