防壁と閃光
アルカディア国の周りには円を描くように防壁が建築されている。
サラの一団を迎え入れた際に、ドワーフ族のラスとカルの兄弟により防壁は強固に改築された。
そして、その防壁は更に強固に建造し直された。
今では誰が建てたのかも分からないアルカディア城……現在、街と城を囲む防壁は兄弟により、それに見合うだけのものになった。
防壁は高く厚くなり上部には人が通れるほどの幅があり、国を一周出来るよう通路も設置されていた。
「くっ、なんとか持ちこたえろ!!」
アルカディア国軍の第4隊、隊長アザゼルは防壁の上から必死に叫んだ。
先程ガオウ達から命令を受けたばかりで、兵達はきちんと配置についておらず、いきなりの攻撃に陣形などはガタガタであった。
「隊長! 正門前の兵は既に半数がやられてしまい……」
アザゼルの部下である1人の魔族が叫んだ。
「正門前に兵を集中させろ! 敵はたかだか数十人だ!」
アザゼルは必死に命令を下していく。
本来なら自分が行きたいところだが、防壁上部にて見回りの際に敵と遭遇し、そのまま戦闘になり今もなお、相手を倒せずにいた。
「中々やるじゃねぇか魔族のくせに」
敵である人間が1人、アザゼルと対峙していた。
2つの短刀の神器を発動させており、クルクルと回して手遊びしていた。
「くっ……」
アザゼルは長剣の神器を両手で握りしめたまま歯軋りした。
「だが……お前だけだな。他の魔族どもは大したことないな」
人間はチラリと正門の方に視線を送った。
「黙れ!」
アザゼルは一気に相手との間合いを詰めると、長剣を相手の喉目掛けて突き出した。
しかし相手は短刀で軽く長剣の側面に当て軌道を剃らすと、もう1つの短刀でアザゼルの腕を斬りつけた。
「ぐぅぅぅっ……な、なめるな!」
アザゼルは必死に痛みを堪え、そのまま長剣で横薙ぎに斬るが、それも軽く躱された。
「おっと、今のは危なかったな」
人間はステップを踏み後方に下がり、再びアザゼルとの間合いをとった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アザゼルは息を切らしながら、敵を睨み付けた。
「おいおい、魔族の分際でなんだその目は? 魔族如きがこの俺様を睨みつけやがって……」
人間の顔が次第に冷ややかな物へと変わっていった。
「価値の高い堕天族だから手加減してやってんのに調子こいてんじゃねぇぞ!」
人間は先程とは段違いの速さで一気にアザゼルとの間合いをつめ、やめることなく短刀でアザゼルの体を斬り刻んだ。
「ぐっ……くっ……がっ……」
アザゼルも必死に攻撃を受け止めようとするが、人間の攻撃の手数の多さに全ては受け止めきれず、どんどんと体が鮮血に染まりだした。
「隊長!」
部下である1人の兵がアザゼルを心配し叫び、援護に向かおうとする。
「来るな!」
アザゼルは斬られながらも、兵士の動きを制止させた。
「し、しかしっ!」
「お、お前達は正門を守るんだ……」
アザゼルと人間は防壁の上にて、狭い通路で戦っていた。
兵達はそれを挟み込むようにしているが、自分がこの場を離れては目の前の人間が防壁の通路を駆け、一気に城まで攻め込むことは容易に想像できたからだ。
幸いにも防壁の上にいる敵は目の前の人間ただ一人。
後の人間は全員が正門前にて兵達と戦っていた。
「少しでも時間を稼ぐんだ……行けぇぇ!!」
アザゼルはありったけの声で叫んだ。
体から血を吹き出しながら人間を斬ろうとするが、人間はそれを軽々躱し、また少しアザゼルと距離をとった。
「くっ……りょ、了解です!」
それを見た兵士達はアザゼルの気持ちに応えて一斉に防壁から飛び降りていった。
向かう先は当然、国の正門である。
防壁上にはアザゼルとギルド【魔族狩り】のメンバーの一人しかいなかった。
「くっくっくっ、いいのかい?」
人間は不敵に笑ってみせた。
自分はBランクで、相手も同じBランク。
しかも相手の方は傷だらけで満身創痍。
笑わずにはいられなかった。
(単独行動だが手柄の1つでもとれば、オークスさんも許してくれるだろう)
人間は考えた。
目の前の希少価値の高い堕天族を捕らえれば、魔族の売買の際、自分の取り分は他のメンバーより多いだろうと。
笑わずにはいられなかった。
「お前をここで倒せば問題ない……」
「なるほど、まだ虚勢を張る元気はあると」
アザゼルは必死に考えた。
戦士になったばかりのアザゼルは戦闘経験が圧倒的に足りなかった。
自分よりも速い相手を倒すにはどうすればいいか……
何度も模擬戦の相手をしてくれた竜斗はもっと速かった。
スキル【神眼】にスキル【神速】を持つ竜斗は単体ならこの世で最速だった。
何度も斬るが悉く躱され続けた。
だが1回だけ剣が竜斗の体を掠めた事があった。
なら取れる手は1つしかなかった。
その攻撃をするしかない……と。
(……1回で決めるしかない)
アザゼルは心の中で覚悟を決めると構えをとった。
竜斗の構えの1つ。
【脇構え】
半身になり、右足を後方に下げ、刀身ま右後方に下げた。
剣先も地面に着くかどうかぐらいまで下げた。
握り締める神器は長剣の神器【アルテリオン】。
ゼノから譲り受けた光の剣だった。
堕天族は先天スキルに光と闇の属性を持つ種族であった。
ゼノ程ではないがアザゼルにもスキル【属性<光・闇>】があった。
【アルテリオン】<長剣/光/閃光/B>
そして、アルテリオンの属性と能力が発動された。
アルテリオンが眩いほど輝き始めた。
「……それが奥の手か」
人間はそれを見ても未だ余裕の笑みを溢した。
長年魔族の捕獲や売買を行ってきた事で、堕天族に光か闇の属性があるのは知っていたからだ。
「なら、これで最後だ!!」
人間は短刀を逆手に持ち替え、一気に間合いを詰め斬りかかった。
アザゼルは人間が自分の間合いに入ると、一気に逆袈裟懸けで長剣を振り抜いた。
【脇構え】+【光属性】
「見様見真似……陽金・光の位 閃光花火っ!!」
もしこの斬撃を放ったのが竜斗であったなら【神眼】で相手の動きを捉え、ドンピシャのタイミングで光速剣が相手を斬り裂いていただろう。
だが人間は既の所で足を地面に着けて急ブレーキを掛け、バックステップでこれを躱した。
「あぶね~~、だが残念だったな」
人間は冷や汗をかくもなんとかアザゼルの攻撃を躱した。
だがアザゼルの攻撃はこれで終わらなかった。
振り抜いた長剣の軌跡は未だ空気中で光の粒として輝いていた。
そして光る斬撃はそのまま弾けた。
まるで閃光玉のように。
ーカッー
「ぐわっっっっ! 目がぁぁぁぁ……目がぁぁぁぁ……」
至近距離での光の破裂により、人間は目をやられた。
片方の手で目を抑えるようにして、もう片方の手で短刀をガムシャラに振り回した。
「くそがっ、くそがっ、くそがっ、くそがっ、くそがっぁぁああああ!! 魔族の分際でぇぇぇええええ!!!!」
人間はわめき散らした。
「終わりだ……」
アザゼルは人間の背後に回ると、人間に聞こえる程度の小さな声で呟いた。
「!?」
人間はその声を聞くと、短刀を振り回す手を止めた。
そしてアザゼルは長剣を振りかぶり一気に人間の背中を斬り裂いた。
斬られた人間はそのまま防壁から地面に落ちていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……やっ、やった……やったぞ……」
アザゼルは勝利を噛み締めながら、その場に座り込んだ。
以前の模擬戦では、竜斗に閃光後の斬撃も掠めはしたが躱された。
「目がぁぁ目がぁぁ」と、さっきの人間と同じセリフを竜斗はゲラゲラと笑いながら言っていたのを思い出した。
何故そんなに面白いのか尋ねると、竜斗は「1度は言ってみたかったセリフ」と答えていた。
アザゼルはそれを思い出すと小さく笑った。
「やはり、天原竜斗は凄いな……」
アザゼルは今の人間と竜斗を比較した。
そして竜斗が遥か高みにいることを再認識した。
少ししてアザゼルが正門前に向かおうと立ち上がろうとした時だった。
突如背後から見知らぬ嫌な声が聞こえた。
「なんだぁ? 既にボロボロじゃねぇか」
「!?」
アザゼルはハッとなり振り返った。
背後にいた人間は左腕がなく、右腕には爪の神器が装着されていた。
そして、その神器には雷が纏わり付いていた。
アザゼルは長剣【アルテリオン】を握りしめ、勢いよく振り抜いた。
が、振り抜いた先には誰もおらず、体に違和感があるのを感じた。
ゆっくり腹に手を当てるとドロッとした血が手に付いた。
「バ、バカな……全く……見え、なかっ…………」
アザゼルはそのまま、防壁の上にて倒れた。
「まずは一匹」
アザゼルを斬った人間は楽しげに呟くと、そのまま街の方に向かって防壁を飛び降りていった。