第拾話 花咲言葉
最終回です。玄武同盟と白虎大軍の戦は終わり、その後各々が辿る道は?
そして兄を手にかけて気を患い、臥せってしまった水奈月を前に奏人は?
あの戦から三日が経過した。
あれ以来水奈月は自室に籠ったまま誰にも顔を見せようとしない。店の方も奏人、菊子、ジラの三人にまかせっきりである。
とはいえその三人も重傷だったので現在『水亀庵』は休業中。店内や厨房の掃除だけしている。
この日、朝早くに目が覚めた奏人は独りで縁側に座って室内庭園をぼんやりと眺めていた。
「(結局俺、あれから水奈月と話出来てないな。あの時誓ったのは何だったんだよ……)」
ずっとそんなことを考えているが、動くことは出来ない。やはり何かを恐れているのかもしれないと思った。
「みんな必死で頑張ってるのに、俺だけなぁんにもしてねぇじゃんかよ……」
✿✿✿
戦が終わったあの時、水奈月は気力を使い果たしたのか倒れてしまった。奏人はそんな彼女を背負い、今回の敵であった『白虎大軍 総大将』、百庫華菜の元へ行った。
「あんたはこれから如何するんだ?」
俯いている華菜を見下ろして問いかける。最初、この子も泣いているのかと思ったが、顔を上げると、逆に吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「この騒動は、いくら利用されていたからと言って、責任は私にあります。私達のギルドは多くの国を侵略し、多くの人々を悲しませました。その罪は消えることはありません。ですが、少しずつでも償っていきたいんです」
寂しそうな笑顔で語る華菜に、香紅陽に支えられて歩いてきた菊子が質問した。
「そうは言っても、貴女のギルドは既に崩壊したも同然。嫌な言い方かもしれないけれど、貴女一人でこれまでの国を回ったりは危険じゃ――」
「それには及ばねぇでありんすよ」
今度は火燐が横槍を入れる。彼女は華菜の肩にその細い腕を回すと、豪快に笑って見せた。
「こいつはこれからアチシが面倒見ちゃる。だから心配しなさんな」
「でもっ! 貴女遊女なんじゃ……。店の方は?」
菊子の問いには、香紅陽が答えた。
「その点は大丈夫よ。だってさっきアタクシ達、出てくるときにおっかさんから暇出されたもの」
「………………ええええええええええええええ!!??」
あまりの驚きに、菊子は一瞬自分を支えてくれている腕を離して地面に倒れそうになった。が、その前に香紅陽が抱き寄せる。
暇を出された――つまりはクビにされたということだが、店のナンバーワンとツーを同時に解雇してしまって大丈夫なのだろうか、あの店。
この間悟里が「蓮明が辞めたらこの遊郭はどんどん衰微する」と言っていたのを思い出し、奏人は彼女へ視線を向けた。
その先ではジラに肩を貸している悟里がいる。
奏人の視線に気づいたらしい彼女は、顔を引き攣らせながら首を横に振った。
……大丈夫ではない、ということだろうか。
「おっかさんがさぁ、『これだけ客を殺されちゃあうちには誰も近寄らなくなっちまうじゃねぇか。んなことになる前に、あんたらもうどっかに行け。もうここには帰るじゃねぇぞ』だってさ。まったく……。姐さんが出過ぎたことをしまくるから」
溜息をついて虚空を仰ぐ香紅陽に、火燐は笑って言った。
「でもよぉ。アチシにはあの時のおっかさん微笑んで見えたでありんすよ。きっとアチシらに気を利かせて――」
「そうだといいわね」
この話は一旦ここで中断し、火燐は華菜に改めて確認を取る。
「元々この戦ではアチシらはおまいさんのギルドに雇われてんだ。だから、どないしやす? 護衛なしじゃあ心細いでありんしょ?」
「でも、いいの、ですか? こんな私に付き従うだなんて……」
華菜は遠慮しているというよりは、自信を喪失しているように見えた。それもそうだろう。これまで自分と共に戦って来てくれていた仲間を一気に失ったのだから。自分と一緒にいてはいけない、そんな風に思ってしまっているのかもしれない。
そんな彼女の心情を読み取った火燐は、一言付け加えた。
「別におまいさんに付き従うなんざ言ってねぇ。あくまで今回の騒動を片付ける手伝いをするだけでありんす」
「ちょっと姐さん。そろそろ――」
口調が荒くなって泣かせちゃうかも、と香紅陽は言おうとしたのだが、その言葉を遮って話は続けられた。
「それに勘違いしてるじゃねえかい? おまいさんはまだ子供だ。まだまだ大人から学ばなけりゃならないことが沢山ある。それなのに『天皇家』の末裔だからといって誰にでも命令下せると思ったら大間違いでありんす。アチシはおまいさんの言うことになんか従わねぇでざんすよ」
「そんな……」
「そんなに早く『大人』になろうとするな。『子供』のまま素直に成長していけばいいんだよ」
最後の、その言葉だけは母性溢れる優しい口調だった。
ぽんぽんと華菜の頭を撫でると、次は香紅陽と悟里に視線を向けた。
「二人とも、アチシのせいで店を辞めさせられちまったみてぇだが、如何する? これから行く宛はあるのかい?」
その言葉に、別に他意はなかった。ただ二人を心配して放った言葉だった。
だが。
「決まってるわ。姐さんについていくわよ」
「私も。地の果てまでついていきます」
口を揃えてそんなことを言ってのけたのだった。まるでついてきてくれと頼まれた、と言わんばかりに。
「いや、何もそんなわざわざ……」
「あらぁ。もしかして大親友のアタクシを置いていくつもりだったの? 酷いわね」
「わわわっ、私はいつまでも蓮明姐さまの禿としてお仕えします!」
どちらも、雲麻に残る気も、何処かへ旅立つ気もないらしい。これからも彼女とともにいるつもりだ。
「はぁ。それならしかたねぇでありんす」
息を漏らして薄ら笑いを浮かべると、火燐は華菜から手を離して、身を翻した。
「それじゃあアチシらは『新生 白虎乃國』とでも名乗りますかいな! いくぞ‼」
「「おおぉー!!」」
「お、おおぉー?」
そしてみんな、まるで子供のように無邪気に右手を握って、その拳を空へ向けて突き上げた。
『新生 白虎乃國』はまず河菜の立て直しから始めることにしたらしい。最初に辛うじて生き残っていた『白虎大軍』の兵を集めた。そして避難していた国民達を呼び戻して、共に再建を図っているらしい。
他にも、『白虎大軍』が本陣を構えていた場所に仄硝子、塔上初摩、そして鏡白雪の墓が掘られた。あの後仄と塔上の遺体も雲麻南門を出た辺りで見つかり、三人揃って埋葬されたのだった。華菜は仲間たちの墓前で手を合わせ、天皇家の再興を誓ったとのことだ。
そして一昨日、香紅陽は菊子の下を訪ねて来ていた。
「菊子ちゃん。ごめんなさいね、本当はすぐに貴女の下に着くべきだったのでしょうけれど」
「いいえ、大丈夫。アタシももう子供じゃない。でも復興作業を終えたらまたここに来て。ずっと、待ってるから」
「もちろんよ。嬉しいわぁ、そう言ってもらえて」
その後香紅陽は別れを告げ、火燐、悟里、華菜の後を追って旅立った
「また会えるその日まで、もっと成長してるから。その時に――」
誰も見ていないと思って、菊子は頬を赤らめて独り言を漏らした。
が。
「うんうん。菊子も恋する乙女だたのね」
「ってジラァ! 貴女いつからそこに⁉」
「『ずっと待ってるから……』の辺りから? あの時の顔といたら……うふふ」
「あんたねぇ! 人をおちょくってるとぶっとばすよ!」
覗き見していたジラによって色々からかわれたりしてしまうことになったのだった。
ちなみに、菊子の方は三人の中では比較的軽傷だったので既に完治しているが、ジラはまだ傷が塞がっておらず、脚に負荷をかけないために松葉杖をついている。
二人とももう心身共にほとんど回復していた。
けれど水奈月は――。
「水奈月。夕飯が出来たぞ」
昨日の晩。
お盆の上に皿を乗せて、奏人は彼女の部屋の前に立って声を掛けた。しかし、しばらく待ってみるも返事はない。
「ここに置いておくからな」
そう教えて、お盆を床に置き、立ち去ろうとする。
すると、襖と壁の隙間から紙切れが差し出された。
受け取って目を通してみる。そこには、
『心配お掛けして申し訳ございません。いつか必ず立ち直って見せますので』
と書いてあった。
だがそうは言うものの、気がかりで仕方がない。なんていったって、あれ以来彼女は何も喉に通していないのだ。いくら食事を置いて行ったって全く手をつけていない。これでは栄養失調で倒れてしまいかねない。
分かってはいる。今一番辛いのは水奈月なのだと。
心の拠り所にしていた兄との再会があんな結末を迎えてしまったのだから。
「酷なことかもしれないが、早く顔を見せてくれよ。そうじゃねぇと安心出来ないからよ」
それから少し待つ。
またもや隙間から紙切れが出て来た。
『有難う御座います』
素っ気ないそんな一言。なんとも寂しいものだった。
「(水奈月。また、元気になってくれるよな?)」
思い出すのは初めて会った時のこと。ギルドに入った時のこと。二人で店で仕事をしていたこと。いつも笑顔を見せてくれていた彼女が、今は姿すら見せてくれない。
すぐ近くにいるのに会えない。何とも辛いことであった。
✿✿✿
それからまた一晩が開け、こうして今奏人は縁側に座っているのである。
「(今日はなんて声掛ければいいんだ? これ以上俺が慰めることなんて――)」
すると突然。
「おはよう。奏人くん」
背後から声を掛けられた。この声色。間違いない。振り返ると、白い寝間着を着た水奈月が立っていた。
「――水奈月?」
「隣、いいかしら?」
そう言って彼女は腰を下ろし、身を寄せてきた。
あまりにも予想外のことだったので、何を話せばいいのかが分からない。唖然と彼女の横顔を見つめることしか出来なかった。
「ウチの顔に何かついてる?」
「い、いや……。そういう訳じゃなくって。――お前、もう落ち着いたのか?」
咄嗟に出た一言なのだが、するとまたしばらくの沈黙が流れる。
だがそんな重い空気を破るように、水奈月は表情を綻ばせた。
「ええ。もう平気――って言ったら嘘になるかな?」
「……無理だけは、するなよ?」
彼女は静かに、こくりと頷いた。
「分かってる。でもやっぱり、どれだけ辛いことがあっても、人間それを乗り越えなければ強くはなれません。このギルドの皆は、過去にとても辛く悲しい思いをしている。けれどその経験すら未来への原動力に出来る強さを持っている。だからウチもそれくらい成長しなくちゃ、皆に置いて行かれていってしまいます」
俺はそんなことない、と奏人は言おうとしたが、遮られてしまった。
「それに今回の戦、辛いのは貴方も同じでしょう。実質最後兄に手を掛けましたし。奏人くんも苦しんでいるんですよね」
「いいや。お前に比べれば俺なんて。平気だよ」
「そう……。それならばいいのだけれど。っあ、そうだ」
最後に思い出したように顔を上げ、彼女は質問を開始した。
「奏人くん、あの時言ってた、『俺が彼女を想ったって』とか『大切な人の笑顔を』とか。あれは如何いう意味だったんですか?」
――。しまった。勢いに任せて口走ってしまったが、あれはどう説明したものか。おそらく既にあの台詞の意味はバレてしまっているだろう。
それならばいっそのこと伝えてしまうべきだろうか? だがそれはとても恐ろしいことだった。想いを伝えて今の関係が壊れてしまったら? 受け入れて貰えなかったら? そう考えると身が竦んでしまう。
……いや。ここで勇気を振り絞らないで如何する。
このまま一生ごまかして生きていくか? きっとそれは想いを告げないよりも苦しいだろう。やるせないだろう。
それならばいっそ、この場で。
「あ、あのさ、水奈月。俺は――」
チュッ。
何が起きたのか分からなかった。頬に何か冷たく柔らかいものが触れる感覚があった。それが水奈月の唇だと気づくのにはそれなりの間があった。
ぽかーんと口を開けたまま固まってしまう。
「それじゃあウチ、菊子とジラを起してきます。二人にも心配掛けたから、しっかりと元気な姿を見せてあげないとね」
そう言うと彼女は立ち上がり、大広間に入って個室の方へ向かった。
奏人は彼女に口づけされたところを右手で撫でる。
想いが通じた――。そう信じてもいいのだろうか? うん。きっとそうだ。
涙の後には必ず笑顔の花が咲く。二人でなら、この先何処まででも行けるに違いない。
庭園ではリンドウの花が淡い朝日に照らされていた。
閉幕
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。今作はひとまずこれで完結となりました。ですが私自身、いつか彼らをもっと大きな舞台へはばたかせてあげたいと願っております。いつかまた、水奈月たち、読者の皆様方に会える日を期待して。筆をおかせていただきます。




