第玖話 幻想現実
覚悟を決めた水奈月と神有月の最終決戦。
変わり果ててしまった兄を止めるために彼女はどう動くのか?
「『亀甲防陣杖 パニッシャーモード』!」
走っている最中、水奈月は武器をひっくり返して持った。この状態だと、普通の折り畳み傘に見える。
だが、そこからの変化は劇的だった。先端が膨れ上がり、棘が生える。鬼の棍棒をイメージすると分かりやすいだろうか。一気に殺傷能力が高められた。
「やああああぁぁぁぁぁ!!!!」
これまで戦っていた奏人と華菜を押し退け、棍棒を両手で振り被った。
「水奈月⁉ お前――」
「これはウチの戦い! もう貴方達に頼らず、ウチが決着をつける!」
叫ぶと、勢い任せで振り下ろした。
しかし攻撃は見切られており神有月にはかわされてしまう。
標的を失ったその一撃は、大きく地面を振動させ、雑草や砂を舞わせた。
「まだまだぁ!」
次はデッキケースから呪術の札を取り出し、そのちからを具現化させる。
「『水爆弾』連射!」
途端に彼女の周りにいくつかの水球が現れる。そしてそれらは一直線に神有月の元へと向かった。
一弾一弾、順々に爆発していく。だが威力はあまりなく、ダメージを与えられない。それどころか爆弾が目に見える状態で迫って来るのでほとんどが避けられてしまう。
「水奈月。如何して俺を狙う⁉ お前を幸せにしてやれるのは俺だけなんだぞ、分からないのか? 目を醒ませ!」
神有月はぶれずにそう叫び続ける。
でももう水奈月は揺るがなかった。どんな言葉を投げ掛けられようと攻撃の手を緩めたりはしない。
「それは違います! 兄さま、ウチは自分で自分の幸せを見つけました。その幸せを壊そうとするものには容赦はしない。それが例え貴方だったとしても!」
「そんな――。水奈月、お前、如何して」
奏人や華菜と戦っている時には無表情で、恐ろしく陰っていた顔は、妹のその言葉により豹変した。広げておいた紙を全方向から一気に力を加えてくしゃくしゃに丸めたように。
戸惑いを隠し切れない彼に水奈月はさらに言葉をぶつける。
「ウチが好きだったのは、家族思いでその家族に仇成すものならば必死で立ち向かう。そんな兄さまでした。今の貴方は違う。自己満足のためにしか行動していない!」
「何を言っているんだ? 俺は全てお前のことを想ってやって来たんだ。自己満足なものか。全てはお前のためだ。それなのに――」
「誰もそんなこと! 望んでいません!」
その時ついに、彼女が振り回していた『亀甲防陣杖』が神有月の横腹を捉えた。
「ぐふおぉぉっ!」
鈍痛が体中に響き、口から血反吐を吐く。
同時に先程までずっと猛威を振るっていた『妖刀 地獄道』を地面に落としてしまった。
相手が丸腰になった隙を彼女は見逃さなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
今度は棍棒で殴るではなかった。先端につけられている太い針を腹部に突き刺した。
口からだけではなく、つけられた傷からも大量の血が流れ出る。
「あ、あぁ……。みな、づ――き」
神有月の声がどんどん掠れていく。
それでもまだ抗うように水奈月に掴みかかって行った。
「そうか、あんな奴らと一緒にいたからおかしくなってしまったんだな。大丈夫だ。俺が必ずお前を救い出して――」
「貴方。勘違いもいい加減にしてください」
呟くと彼女は、兄の腹部に深々と突き刺さっている針を引っこ抜いた。あまりの乱暴さに一緒に潰れた臓器のようなものまで引きずり出されている。
それを見た奏人は吐き気を覚え、口に掌を添えた。
「おかしくなってしまっているのは兄さまの方なんです! 何故それを自覚出来ないんですか⁉ 周りを見てください、誰も! 貴方の隣にはたっていないんですよ……」
水奈月は叫んだ。言葉で精神的に攻めて兄を止めるつもりだった。だが心の何処かでは、この言葉で彼が昔の優しい心を取り戻してくれるんじゃないかと期待をしてしまっていた。
現実はそんなに甘いものではない。
都合のいいようにことが運ぶ訳がなかった。
「っっっくくくぅぅぅぁぁぁぁあああははははっはあはっははは! そうか。お前まで俺を否定するのか。お前だけは分かってくれると信じていた。だけどそれすら俺の間違いだったというのか」
狂気により高笑いする彼を見て、水奈月はそこから少し離れる。
この状況。誰だって分かる。神有月は、完全に壊れてしまったのだ。救いようのないくらい。闇の中へと堕ちて行ってしまったのだ。
彼はまず最初に刀を拾い上げると、遂にその矛先は妹へと向けられた。
「こうなったらさぁ。もう手足捥いででも連れて行ってやるよ!」
「ッ! 『亀甲防陣杖 ディフェンドモード!』」
反応があと少し遅れていたら取り返しのつかないことになってしまっていたかもしれない。
水奈月が棍棒の柄の部分を引くと、先端の方が大きく開いた。『亀甲防陣杖』は傘のよう、ではなくて実際に傘型の呪具なのだ。傘布が『妖刀 地獄道』の一撃を受け止める。当然これは戦闘用の呪具であるため、紙やビニールではなく特殊な素材で作られているので簡単に破れたりはしない。
「『水蛇縛り』! はぁっ!」
新たに発動させた札により、五匹ほどの蛇が現れた。本物ではなく水の身体をした呪術で生み出されたもの。
それらが神有月の体へと絡みついた。動けないように関節を狙って巻きついて行く。
「チィ。面倒くさい……」
「そのまま固めろ!」
水奈月が蛇達に命令を下す。
巻き付きがどんどん強くなっていく。神有月の身体もミシミシと音を立て始めた。ダメージが骨にまで通っているらしい。
このまま――。
「だが無意味だ」
突然蛇達の身体が爆ぜ、パァンと水飛沫が舞った。
神有月はまるで何もなかったかのようにそのまま直進してきた。
完全に彼を捉えたと思い込んでしまっていた水奈月は驚きのあまり身動きがとれなくなってしまう。
「この程度で俺に勝ったとでも思ったのか? まったく、可愛いなぁお前は」
これは不味い。このままだと確実に捕まってしまう。
如何すれば。そう考えていた時だった。
「やぁぁぁぁぁあ!」
二人の戦いに飛び込んできた一人の童女がいた。
「百庫華菜⁉」
「助太刀いたします、元部水奈月様!」
彼女が『妖刀 天道』を振うと、突如相手の鎧がバキンと割れ、崩れ落ちた。
「何っ⁉」
「もう一回!」
もう一度『天道』を振う。その一撃は神有月の右肩辺りを貫いた。それにより彼の肺が片方潰された。一気に呼吸がはやくなる。
「(何故、鎧がこうも簡単に――? ッ! あの時か!)」
先程奏人の斬撃により鎧に深刻なダメージを受けていたのを思い出した。
これほどまでぼろぼろになった身体ではこれ以上戦うことなど不可能に近いだろう。勝つことが出来たとしてもすぐに壊れてしまう。
だが彼はそんなことを気にするようではなかった。
「俺の道具だった分際で。面白いことしてくれるね。今度は俺の番ってことでいいのかな?」
『妖刀 地獄道』が黒い光を発する。何か来る。そう思わせる光だ。
対して『天道』も白い光を反った。同等の力で攻撃を受け止めるためだろう。
しかしどちらも一向に動こうとしなかった。先手を取るかカウンターを狙うか。
選択を誤れば確実に死ぬだろう。否、殺されるだろう。
張りつめた空気が流れ――。
「やぁぁっ!」
華菜が先に動いた。その攻撃は刀で即座に受け止められてしまう。そこからはまた鍔迫り合いの始まりだった。
だが彼女はあることに気が付いていた。もう一人の共闘者が相手の背後に迫っていることに。
同時に水奈月もそれに気が付いた。そして分かっていた。彼はここにいる誰よりも強い。だから次の一撃で、全て決着がつくだろう。
「行って、奏人くん!」
「当たり前だぁぁぁぁぁ!」
彼は神有月の背後を取ると、『妖刀 修羅道』を振り下ろした。
相手の背中が立て一文字に切り裂かれる。
「ぁがぁぁあ……。きさ、まァ……」
「俺達の勝ちだ。元部神有月ィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」
だが。それでも。
神有月はそれだけの傷を負っているにも関わらず大地に踏みとどまった。
そして真っ直ぐに。獲物を執拗に追う肉食獣の視線で妹を貫いた。
「ふざけるな……。俺が、負ける、だと? そんなことが……あってたまるか……」
『地獄道』の放つ光がさらに濃くなる。これはもう光とは呼べなかった。闇だ。どす黒い、神有月の心そのもの。
「ある訳がない! 俺は貴様らとは別格だ。こんなところで死ぬべき人間じゃないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
ドバァッ! と彼から闇が溢れた。闇が鬼のような輪郭を作り始める。
それを見た奏人と華菜も刀を持つ手に力を込める。
神有月が、動いた。鬼を纏った姿で三人に襲い掛かってくる。
その時。遠くから見守っていた火燐が突然間に入りこんで来た。刃を全て展開し、眼前に盾のように掲げる。
だがそこからは、誰も動くことが出来なかった。底知れぬ恐怖に圧倒されていた。
万事休すかと思えたが――。
「ぁ――ぐぇぁァァ――」
何やらうめき声が聞こえたかと思うと、神有月を包んでいた闇が爆ぜた。あまりにも突発的な出来事で、何が起きたのかが分からない。だがそれに伴い強力な衝撃波が生じた。
全員目を閉じて腕を顔の前で交差し、脚に力を入れる。
それが治まり、眼を開けると、
「兄さま……」
元部神有月が地面に臥していた。身に着けていた鎧は術と消滅し、日常での姿に戻っている。身体中からは血の気が失せており、肌は真っ白だ。肩も上下していない。眼も黒く濁っている。
何処から如何見ても絶命していた。
ついさっきまでは怒りや憎しみの感情しか沸いてこなかった。だが今は、憐みを覚える。
「兄さま……。貴方は最後まで……」
水奈月がゆっくりと彼の屍に歩み寄って行った。
そしてもう動かない瞼に掌を当て、すっと下ろした。
「確かに彼は、多くの罪を重ねた外道だったかもしれません。多くの人を悲しませ傷つけた最低の人間だったかもしれません」
誰に充ててという訳でなく、水奈月は語り始める。
「それでも、ウチにとっては。掛け替えのない人でした。ずっとウチを守ってくれていた人でした……」
彼女の頬に涙が伝い始める。それは止まることを知らず、ずっとずっと流れていた。
「ううっ。あにさま……。何で、如何して。えうぅぅ。ぐずっひぐっ。ぇぅぅ――」
嗚咽を漏らして泣きじゃくる彼女に、誰一人として話しかけることが出来なかった。遠巻きに眺めているだけだった。
✿✿✿
「(俺はこれでいいのか? 俺が身も心も打ち拉がれていた時、彼女のお蔭で立ち直るきっかけを掴めたんだ。それなのにこのままでいいのか? 水奈月が泣いている今、俺が声を掛けてやるべきだろ!)」
奏人は心の中でそう繰り返した。
だが動くことが出来ない。何故なら、自信がないからだ。本当に自分は彼女を支えてあげることが出来るのか? と。ただ邪魔なだけではないのかと、そんなことを考えてしまっている。
歩み寄って、声を掛けて、壊してしまうのが怖いのだ。
「(何でだよ! 動けよ俺!)」
歯を食いしばり、必死で足を踏み出そうとする。だが足はその場に硬直したまま動かない。
どれだけ力を入れても、動いてくれない。
「(くっそ、くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)」
だがそこで思い出した。神有月と戦っている時に自分が口にした言葉を。
――大切な人の笑顔を守るくらいしていたいんだよ!
そうだ。そうだった。
身勝手な話かもしれない。神有月と同じくらい自己中心的な考え方かもしれない。だが決めたのだ。彼女の笑顔を守ってみせると。
そうすることが、今の自分に出来る最大限の恩返しだと思うから――。
そう考えると、自然に身体が動いた。一歩一歩前へと踏み出せる。
泣きじゃくる水奈月の肩にそっと触れる。反応はなかった。それでも構わない。ただ傍に居てやろう。それだけでも力になれるかもしれないから。
人間哀しい時は誰かと一緒にいるのが一番なのだ。独りきりで背負おうとせず、誰かに背中を預けるべきなのだ。
その行為は思っている以上に慰めになるから。だから今すぐには無理でも、いつかは。
「奏人くん……」
「おう」
人は必ず笑顔を取り戻すことが出来る。
「ありがとう……」
彼女がどんな意味を込めてそう呟いたのかは分からない。だが奏人にとってそれは何よりも嬉しい言葉だった。
次回いよいよ最終話です。あと少し、おつきあいくださいませ。




