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彼女が死んでいた  作者: 太郎
鷹翼と過ごした日々
13/13

高校生②

 

 鈍い頭の痛み。ゆさゆさと揺られる感覚。安定しない四肢と頭部。まるで二日酔いの様な不快な感じに僕は目を開けた。

『っ!?』

 突如信じられない光景が飛び込んできた。白髪頭の男の大きな背中。何度も触ってみたいと思っていた人の背中がこんな間近にあって、感動と恐怖が心を襲う。

 これは本当に現実か?この人が僕をおんぶするなんてこと有り得ない。そんなこと、一切しようとしない人だったのに。


『起きたか』


 質問じゃない低いその呟きは僕を驚かせるのに充分だった。その声のお陰でその人が父本人だと知れる。

『父さん……が、何でここに?』

 申し訳ないという思いで父の背中から降りようとしたらがっちりとした腕に抑えられた。しかし問いかけには答えがない。

『まだこうしてて良いだろう。それに、…今は無理しなくて良い』

 厳格な強い父が、今までに聞いたことのないような優しい声を僕に向けて発している。そんな非現実的なことを信用して良いのか?

 分からない。頭がぐるぐるして……何故か、痛い。

『……お前には無理をさせていたんだな』

『何が?』と僕が問うと父さんは黙った。父さんの癖の一つだ。すぐに黙りこむから変な誤解を生む。本当はただ言葉を大事にしているだけなのに。

 父は暫く言葉を吟味してから、出した。


『……名前の事だ』


 シンプルなその言葉は凄く重かった。

『学校で倒れる程酷い名前だとは思っていなかった』

 そうか。僕は倒れたのか。記憶にないのに頭が痛いのはそのせいか。そう言えばうっすらとだけど、変なことを言った気がする。

『私はその名前を気に入っているが、お前は違ったんだな』

 ぐっと、喉が詰まった。

 今だ僕らを捨てた母親のことを父は愛しているのだ。だから、愛する人の名前と同じ僕の名前も気に入っている。

 そんなこと、ずっと前から知っていた。だからこんな名前要らないだなんて一回も言ったことはない。

 父を傷つけたくなかったから。

『名前……変えるか?』

 父の悲しそうな声。聞いただけでどんなに涙を堪えているのか分かる程震えた声は僕の目頭を熱くさせた。

『変えない……変えないよ』

 だって、父はこの名前を好きなんでしょ?だから変えれない。父を悲しませることは、僕には出来ない。

『本当に良いのか?』

『うん。もう父さんを心配させるようなことは起こさないから、ね?』

 父を心配させたくない。嫌われたくない。ずっと父の好きであり続けたい。そのためにはこの名前が必要だ。

 母親はそれを知って名付けたのかどうかは分からないけど、知っててやったのならどんなに頭が良い女性だったんだろう。


 僕はこの名前と生きる覚悟を決めた。

 それは、入学してから3日後の放課後の話だった。



 暫くは精神的ショックで学校に行くのは辛いだろうという父の判断で一週間学校を休んだ。

 一週間後学校に行くと、僕が奇声をあげて倒れた事実は気持ち悪いフィクションも織り入れて学年全体に拡がっていた。

 当然、僕に話しかけようとする勇気のある人物はいなくて僕は孤立した。

 周りの人がこういう態度をしめすのには慣れていたが、いつも隣には鷹翼がいた。だから、乗り越えられてきた。

 しかし、今はいない。

 全ての刃の様な視線を一人で背負っていかなくちゃいけないのかと思うと、無性に登校拒否になりたくなった。

 まあ、父が心配する様なことはしないからそんなことしないけどね。

 そう言えば僕と最後に昼休みを共にした佐藤はいなくなっていた。何故なのか分からないけど転校したという事実は入ってないから不登校らしい。

 もう僕には無縁の男だ。知ったこっちゃない。



 初っぱなから嫌われた(というよりも敬遠されるようになった)僕の高校生活は本当に平凡……地味だった。

 皆僕に近づいたら危険だと思っているのか苛められることがないのが、僕にとっては好都合だった。ただ会話する相手がいないってだけで意外と済んでいた。


 けど、誰も近づかないと思っていた日常は変わった。

 ある時の放課後。学校祭が近づいていて皆が練習に明け暮れる中、特に誘われていない僕は帰る訳にもいかないから時間を持て余していた。

 だから、時間を潰すためにも僕は一人で図書室へと向かった。取り合えず誰にも気を使わずに楽に出来る場所を求めていた。

 図書室には運営するべき図書委員がいなくって、広い図書室に僕だけがいるような状態。

 それが心地よい。誰にも気を使わなくて良い場所が学校にあったなんて驚きだ。

 僕は何か本を読もうと図書室の中を物色する。難しすぎる本でなくって良い。それでも簡単すぎる本じゃつまらないから程良いものを探す。

 ぱたぱたと僕の足音が無音の図書室を彩る。

 しかし、それは突如崩れた。僕の後方から走る足音が聞こえて振り向こうとする前に押し倒された。

 どさっ、という音の後に僕の『ぐへぇ』という汚い声が図書館に響く。

 だってそれは仕方がないんだ。押し倒されたことによって前のめりになって、顔面から床に落ちたんだから。それもぶつかった人の体重+僕の重さ分の痛みだ。

 結構痛いのを分かって欲しい。


『い……っ、たぁ……』

『わ、ごめんなさい……痛かったですよね?』

 僕は今さっき痛いと言ったばかりなのに聞こえなかったのか僕にぶつかった女性は痛みを聞いてくる。

『僕が痛いと思うなら退けてくれませんか?』

 うつぶせになっていた状態から、身体を回転させて上を向いて座った。すると、ぶつかった女性が申し訳なさそうに正座した。

 その女性は首が隠れる程の黒髪を指で弄りながらペコリと僕に向かって礼をした。けど、その礼は義務化している様な不自然な感覚を受け取った。

 二人とも向き合ったまま正座しているこの謎の空気は暫く続いて、それが不快だったから口を開いた。

『あの、本を読みたいんで……』

『ダメです!』


 その女性は立ち上がろうとした僕のスラックスを掴んで止めた……が力強く立ったせいで、ずるっ……とだらしない音を立てて膝上まで脱げてしまった。

 一応僕には羞恥心があるから女性に下着を凝視されるのは恥ずかしいのだが、スラックスを上げようとしたら女性は阻止した。

 え、何?こんな新手の痴女は真っ昼間から活動するんですか?しかも、何故そんな泣きそうな顔で僕の股間を凝視するんですか?

『離して……下さい』

『お願いです。分かって下さい』

 手を払おうとするとその女性の猫目から大粒の涙が流れた。

 何故?何を泣きながら僕にお願いしているんだ。そんな心当たりはないし理由も分からないが、この女性が強い意志を持っているのだけは分かる。


『理由をっ……ふ、』

 教えて下さい。と言おうとした口は女性の口によって塞がれた。つまりキス、されたということなんだが感動も何もなかった。

 キスしなれているって訳じゃなくって、ただ学年も名前も顔も知らない高校生女子とのキスは嬉しさを感じなかった。

 暫く僕の口内を荒らしてからちゅ、とリップ音を大きくたててから顔を離した。

 けどその後も巧みに首に手を回して、僕の頬に唇を擦り寄せるからこちょばしくて堪らない。


 何だ。何で。どうして。

 やっぱり僕は思春期男子で、こんな至近距離で女子と触れ合う機会はなくって全身の血液が局部に集まっている感じがある。

 これはどうしても避けられない悩みだ。

 座る僕の上に跨がってぴったりとくっつく女性に気づかれない様に、別のことを考えて熱を冷まそうとするが……ふにふにの女性の身体が僕の上を動いてると思うとなんか、もう、アレだ。うん、ヤバイよ。

 再び女性は僕に口をつけた。

 誘ってるのか、だとしたらどういう意図なのか。相手にどんな利益があるのか。そう考えると怖くなって、気持ち悪い。

 もしも女性が僕と同じ学年だとしたら、僕が異常者だってこと知っているから近づかない。他学年だとしても僕に願う理由はない。何故。何故?


『意味が分からないって、顔ですね』

『そりゃ、そうですよ。この痴女が』

 本当は力強く罵声を浴びせたかったんだが、こんなことを初めて言うし状況が状況なので、盛大に声が震えた。

『そんな痴女に反応してくれてるんですよね?なら、良いじゃないですか。お願いです』

 女性は僕の下半身に手を伸ばして、触れた。

 瞬間にびくりと身体を震わせてしまった。熱が集まった感覚はやっぱり当たっていて、バレてしまった様な恥ずかしさで顔にまで血液が集まった。

 そのせいで血の回らない頭がクラクラしている様な気がする。

『な、んで。僕に願うんですか。初対面だというのに』

 熱い柔らかさと、女性の匂いで吐きそうだ。

『アナタじゃないと駄目なんです。断られたら、私…」

 そして衝撃な言葉を耳元で吐いた。



『殺されるんです』



 何故?と聞こうとする前に口を塞がれた。

 一見、僕らは図書館で盛るバカップルの様だけど違う。今の女性の一言で分かった重いナニかを背負っているということを。

 唇を話すとまた耳元に口を寄せてから、耳たぶをはむっと口に含んだ。ちょっと、待て。そんな必要あったのか。

『詳しくは言えませんが、事情が色々とあるんですよ。アナタの知らない所で動いているんです。分かったら頷いて下さい。声に出さずに』

 こくり、と頷いた。

『単刀直入に言います。私はアナタとしないと殺されます。なのでして下さい』

 こくり、と……頷けなかった。

 だって意味が分からない。僕としないと殺される…そんなジョークみたいなことがある訳ない。嘘だ。僕をからかって苛める種を作るためだけの嘘。

 なのに、何故女性は真面目な顔で僕を見るんだ。嘘なんてついていない様な目で見ないでくれ。

『本当……ですか?』

 こくり、と頷いたのは女性の方だった。

 やっぱり何度も疑ったが嘘をついている様に見えないけど、僕で良いのか?何か勘違いしているんじゃないんだろうか。僕には何もないから。

 まあ、でも良いや。今は気持ち良いんだし。快感に身を委ねてみよう。



 そして、僕は逆レイプの様な形で初めてを失った。



 コトの途中に女性は泣いた。

『中に出して。孕まないと……殺される……』

 と、そんな萎えてしまう様なことをぶつぶつ呟きながらの行為は僕が達したことによりすぐに終わると思われたが、僕が2、3度達するまで終わらなかった。

 気持ち良いと思うよりも先に、水分不足でこれまでにない程にカラカラになった。

 終わったら、彼女は僕に凄く感謝している態度を見せた。何度も何度もありがとうと言って泣いた。

 こんな僕でも役にたてるのは嬉しかったが、流石に喜び過ぎだと思う。そんな泣く程のことじゃあ…ねえ?

 結局、その女性の名前すら聞かずに僕は図書室を後にした。何事もなかった様に振る舞うと、本当に何もなくって夢だったのかもしれないと錯覚しそうになった。

 けど確かにあった。

 R18規制にかかる行為を18歳以下の僕がしてしまった。まあ、誰にも言わないから誰も咎めることはないんだろう。しかし、少し罪悪感。

 生でしてしまった挙げ句、後処理は全て女性に任せてしまったことに対して。……やっぱり僕が分泌した物だし僕が処理すべきだったよな。

 でも、女性は全て任せて下さいと泣いていた。だから望んでのことだったのだろう。


『しっかし……』


 こんな非現実的なことが起こるんだな。

 僕は正常な人間だと思ってたけど実は異常者で、皆に敬遠されていたのに知らない高校生女子に襲われて、初めてを失ってこうして生きている。

 けど、彼女が残した最後の言葉。

『12年計画の為に』

 アレは一体何だろう。そして、その言葉を言った時の彼女の悲しそうな表情は今だ網膜に焼き付いている。



 平凡な僕が非凡になったのはその時だけで、地味な高校3年間を送った。

 進路は適当に。学校なんて進学する気にもなれないから一番最初に受かった会社に就職することにした。

 僕なんかを雇ってくれる会社はやっぱりそんな会社で、馴染むこともしない相応の距離を保った会社で寧ろ居心地が良かった。



 そうやって無駄に大人になった高校生時代はホンの一瞬のことで、歳は取っていくのに僕は無能な大人へと成り下がる。




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