三、白石 美月
「ふぅ……」
配信を終え、ため息を吐く。
律月 セリアの十万人突破配信、その全てが完了した。
体の力を抜いて椅子にもたれかかる。
彼女の十万人突破は多くのファンに喜ばれていた。
「ははっ」
乾いた笑いが響く。
その音が自分の物だと理解するのに少し時間がかかった。
なんて、他人事だ。
自分が配信してるのに、自分がこのチャンネルをここまで成長させてきたのに、どこか自分事に思えない。
VtuberとしてのV体を見ても、それが私であると脳が認識しない。
思考を切り替えるように背伸びをし、新曲のコメント欄を開いた。
いつも通り気持ちの悪いファンが多くいる。
Vの活動を初めてから三年が経ったが未だに慣れない。
ファンが私に好意を向けてくる。
どうせガワが剥がれたら嫌いになるくせに。
そんな奴らの本心なんて信じられない。
「……『好きだ』、……『結婚して』、……ふふっなにこれ『子々孫々語り継ぎたい』」
コメントに目を通す。律月 セリアに向けられたコメントを。
どれもが私の嘘に騙され、虚無へと吐き捨てられた言葉たち。
存在しない者へ愛の告白をするなんて、まさに虚無。
馬鹿みたいだ。
ピンポーン……。
ああ、彼が来た。
急いでパソコンをシャットダウンし、部屋を出る。
彼を思うだけで心が高揚する。
嘘を吐いたという罪を赦してもらえる気がする。
扉を開けたその先にいる彼、後藤 健人に飛びつく。
彼はそんな私を優しく抱きしめ、「好きだよ」とただ空言を言ったのであった。
しばらく抱き合ったのち、家に入った。
「はい。これお金」
そうしてすぐに私は封筒に入った二十万円を彼に渡した。
Vtuberとして稼いだお金はこうして彼に渡している。
しばらく会えておらず、溜まった分が増えていた。
「ありがとう」
彼はお金を数えながら私の頭を撫でてくれる。
ちゃんと愛してくれる。
化粧をしなくても、香水をつけなくても、ガワを被らなくても、彼は愛してくれる。
「ね、次に会えるのはいつごろになりそう?」
「あー……、すぐに会えるよ」
「そう言って前は一カ月くらい会えなかったじゃん」
無意識に頬を膨らませる。
彼の前では素でいられる。
それがとても楽だ。
「大丈夫。今回は本当だよ」
そう言って彼は私をソファに押し倒した。
邪魔なクッションを床に落としながら。
大きく重い他人が、私を押し潰した。
ソファに並んで座りながら、彼の肩に頭を預ける。
彼の匂いがする。
誰か他人が作り出した香水の匂いを、私は彼の匂いとして記憶してしまう。
だからこの匂いも彼のものではない。つまりは嘘だ。
彼本来の匂いはまた別にあるのだろう。
ゆっくりと目を瞑り、寝たふりをする。
薄目で彼を見ると、なにやらLINEで会話をしているようだった。
恐らく女の子だ。
私は本命ではないのだ。
それどころか今LINEで話している女の子すら本命とは限らない。
だからこそ安心できる。
ファンの人達とは違う、嘘の愛を与えてくれる。
可変性の本心ではなく、不変の嘘で愛してくれる。
彼はお金をくれる女の子であれば、誰であっても愛してくれる。
好きだとか、嫌いだとか、そんな下らない価値基準で彼は動かない。
ただ、お金をくれるかそうでないかの二元論。
分かりやすい。
お金がある限り愛される。
愛してくれる。
何をしたって蛙化もされない。失望されない。
化粧をしなくても、香水をつけなくても、ガワを被らなくても、彼は愛してくれる。
嘘を吐かなくても、嘘の愛で私を満たしてくれる。
私は欠けている。
心が欠けている。
彼はその欠落を補完してくれる。
彼がいるから、満ちられる。
ただ、彼の嘘だけが信じられる。
だから彼が私の心を満たしてくれる。
彼も心の内では私を嫌っているのだろう。
それでいい。
私は嫌われて当然の人間なのだから。
その方が、信じられる。




