第36話 ニーカの誓約
「ケイラン…お兄さま…!!」
シャーランがわぁっと声をあげ、ケイランの体をゆすって泣くが、ケイランはゆさゆさと揺られるだけだった。
「シャーラン、もう無理だ…ケイランは…死んだ…。辛いだろうが、何があったのか、今教えて欲しい」
マハラはケイランをゆするシャーランの手を掴み止めると、シャーランは声をワナワナと震わせる。
「が…学園長に言われて私…この部屋についてきて…そうしたら、すぐに、が…学園長が私に抱きついてきて、それで、驚いて振り解こうとしていたら、どうしてか、ケイランがそこのドアから入ってきて…それで2人が揉み合いになって、それで…学園長がナイフを服の中から取り出して…それで…」
涙をボロボロと流しながら話すシャーランに、マハラは暗い表情で動かないケイランを見つめながら聞く。
「そうか…わかった…話してくれて、ありがとう」
そう言った後、マハラは握り拳をつくり上に持ち上げると、床に勢いよく振り下ろす。
振り下ろした拳は、ケイランの血溜まりにズチャッと音を立て、シャーランとマハラに飛び散る。
「——オレらが…あのとき、シャーランがついていくのを止められていれば…!」
目をギュッと握り悔しい表情をするマハラに、ジャンが沈痛な面持ちで近寄る。
「マハラ…後悔をするのは後にしよう…今はここからいち早く出た方がいい。廊下に飛び出した血だらけの学園長らに、僕らは姿を見られているんだ。いずれ彼らは後処理のために、ここに戻ってくるだろう…。だから、今はこの部屋から出ないと」
ジャンがケイランの死体を見つめ苦しそうな表情をするが、顔をそむけると、シャーランとマハラの肩に手を置く。
すると、背後でブツブツ言う声が聞こえた。
「ぼ、僕は、このことに関係ない…僕は関係ないんだ!!」
りんご飴屋の男は、恐怖に引き攣った顔をしてそう叫ぶと、バタバタと足をもつれさせて転ぶように部屋から逃げ去った。
「あっいつ——!!」
怒りの表情をしたスカイが、後を追いかけようと部屋のドアの両側を両手をバン!!と勢いよく掴み廊下を見るが、もう男の姿はなかった。
「おい、スカイ、廊下に誰かいるか?」
咄嗟に、ケイシが鋭くスカイに尋ねると、スカイは廊下の左右を素早く確認する。
「いない。逃げるなら今だぜ」
スカイは開きっぱなしのドアのそばから動かず、人の気配がないか耳をそばだてる。
「行こう」
マハラは、力なくへたり込むシャーランの両脇に手を入れ立ち上がらせるのを手伝う。シャーランは、涙が止めどなく零れ落ちる瞳でマハラを見つめる。
「待って…」
そう言うと、またその場に座り込み、震える手をケイランの両目にそっと当て、半開きになっていたケイランの瞼を優しく閉じる。
「…う…ううっ…」
そのまま、また泣き崩れてしまったシャーランに、マハラは隣にしゃがみ、シャーランに寄り添う。
ルイは、心痛な面持ちでシャーランとケイランを見つめる。
「…俺達の失態はいつだってケイラン卿に尻拭いしてもらっていたな…。俺達は、もっとケイラン卿と深く話し合えば良かった…。そうすれば、もっと分かり合えたかもしれない……。それに、ケイラン卿が最後に言った、セントラル国王はシャーランをまた利用するつもりだという話が事実なのであれば……この国の中には逃げ場はない…」
「…そうっすね。ここから逃げるって言ったって、どこに…って感じっすね…」
いつもは頭の切れる提案をするタクも、国家権力を前にして、何も考える力がわいてこなかった。
タクだけではなく、全員が今の手詰まりな状況に、シャーランや自分達が今後どうなるのか考えては、この先の未来に絶望していた。
静まり返った部屋で、誰も動けずにいる中、シャーランがケイランの死体を見つめたまま、ポツリと静かに話す。
「……海を…見にいきたい……」
小さな声でそう呟いたシャーランを、皆、無言で見つめる。
「海か…いこっか」
シャーランの隣にしゃがんでいたマハラは優しくシャーランを見つめると、シャーランの手を握り体を支え、共にゆっくりと立ち上がる。
スカイはまたドアから顔を出し、廊下を左右確認し、誰もいないことを伝える。
一言も話さず、そして皆は特に急ぐでもなく、ゆっくりと部屋を後にした。
◇◇◇
…ザザーン…ザザーン…
打ち寄せる波を前に、砂浜に座るシャーランは、何をするでもなく、ただ海の遠くの方を見つめていた。
外は日は傾き始めていて、空はほんのり赤く染まっていた。
マハラ、スカイ、ケイシ、ジャン、タク、ルイは、立っているシャーランの後ろの砂浜に座り込み、シャーランと同様、無言で海を見つめていた。
沈黙の時間が数分続いたあと、ルイが海に視線をやったまま話しだす。
「俺…さ、父上に頼んでセントラル国王に会ってみるよ。皆を罰しないよう、陛下に進言してみる。実際、俺らは何もしていないし、やったのは陛下の息子だ…それに、弱みを握っているのは俺らの方だし…」
海風にふかれ、ルイの髪がサラッとなびく。
決意に満ちたような声ではあったが、表情は不安そうであった。
「…消されるだけっすよ、そんなことしたら。ルイが消されて終わりっす。王族の弱みを握った人間を、生かしておくとは思えないっす」
タクが砂を手ですくい、サラサラと手の中から溢こぼす。
皆、無言になり、海の波の音だけが聞こえる。
「……どうしたら…いいんだ……」
マハラが暗い表情で呟くと、急にマハラ達の目の前の砂に何か物が投げ込まれ、砂がブワッと散る。
「——な、なんだっ!?」
マハラは咄嗟に前方に座るシャーランに駆け寄り、シャーランの前に自分の身を呈ていす。
投げ込まれた辺りを見ると、そこには四角い袋があった。
スカイが恐る恐る近付き、袋の角を親指と人差し指でつまみ持ち上げ、まじまじと見る。
「なんだ?これ……んん?飴か…??」
「そうーですよ!全く男が数人集まって辛気臭いムーブかましてるから、声かけにくかったじゃないか」
そう明るいトーンで話す男は、サンダルでキュッキュッと音を鳴らしながら砂浜を歩いてくると、白い歯を見せて笑う。
白シャツでカジュアルな服装をしたその男は、鼻が高く爽やかな雰囲気だった。
「そこの君ー持っている飴、俺にくれる?」
男に言われ、スカイは飴の袋を男に向かって投げる。男はそれを受け取ると、シャーランの方に近寄る。
マハラは近づいてくる男を警戒し、シャーランの前で睨みをきかすが、男と飴を見ているうちに、記憶がよみがえってきて、思わず口を開ける。
「あっ!あのときの、ビーチバレーしたときにいた飴男!?」
マハラの言葉に、男はフフンと口角をあげ、シャーランの前へと回り込む。
砂浜に座るシャーランの足先近くまで波がきていたため、男はジャブジャブと音を立て海の中にサンダルごと入り、シャーランの前で仁王立ちをする。
ぼんやりと海を見つめていたシャーランだったが、目の前で視界を遮る男に、ゆっくりと、力のない瞳のまま視線を上げる。
男はシャーランの前でしゃがみこむと、飴の袋を開け中から飴を1つ取り出し、手のひらにのせシャーランに渡す。
「食べる?また会えたのは、お互いに縁があるからかなーなんて」
ニカッと白い歯を見せて笑う男は、シャーランの手を取り飴を渡す。
「なーんて、そんな冗談はここまでにして」
男は、急に真面目な表情に変わると、シャーランの前に片膝をつき頭を下げる。
「シャーラン・シュトム様。私はタイキ・ニーカと申します。ご記憶にあられないもしれませんが、私達ニーカは代々シュトム族様のおそばにいることを血で定め誓約しております。そして」
タイキは、シャーランのアイスブルーの瞳を瞬きせず、じっと見つめる。
「私は、シャーラン様を再び眠りにつかせに参りました」




