第30話 ルイの父親
ルイは階段をものすごい速さで降りて行き、あっという間に1階に到達すると、左右を見回し学園長室の場所を探す。
「どこなんだ、学園長室は…」
ルイが知らないのも無理ない。
この学園に入園してから、学園長室になど1度も行ったことがなく、ましてや先ほどの事務員の口から出るまでは、その存在すら知らなかったのだから。
それに、学園内は果てしなく広いにも関わらず、学園内のどこにも地図は掲示されておらず、皆、授業部屋など自分に必要な部屋は、実際に行って覚える、といった形だった。
「ルイ、待てよ」
やっと追いついたスカイ、ケイシ、ジャンは、はぁ、はぁ、と、息をきらしながら、ルイに近付く。
「いたか、親父さん?」
焦った表情でキョロキョロして見回すルイに、スカイは呼吸を整えながら、話しかける。
「いや、というか、学園長室がどこか分からないから、探しようがない。さっきの事務員に聞くべきだった、くそっ」
いつもは丁寧な言葉遣いが多いルイだが、焦りからか、あるいは父親がこの学園に来ていることに余程動揺を覚えるのか、言葉が思わず乱暴になる。
「そうだな…1階にはあまり用事がないから知らなかったけど、こんなに広かったんだな」
ケイシが、こめかみから汗を一筋垂らしながら、左右の廊下を交互に見る。
それぞれの廊下はその先が見えないほどに長く続いており、廊下の片側は窓、そしてもう片側は同じような部屋がいくつもあった。
部屋の外に部屋の名前が表示されているわけではないため、一見するだけでは何の部屋なのか全く分からなかった。
「仕方ない、さっきの事務員の人が降りてくるのを待つか」
「いや、ケイシ、降りてくるのは待ってられない。一部屋ずつ少しドアを開けて、中の様子を見てみる。俺は左から行くから、誰か右を頼む」
「え?おい、待てルイ!いくらなんでも、勝手に開けるのはまずい、なんの部屋か分からないんだぞ、おい!」
ジャンがルイを引き留めようとするが、ルイはジャンの言葉が耳に入らないようで、早足で左の廊下に進んでいく。
「ルイ、おい!待てよ!」
ルイが左の廊下の手前のドアに手をかけ、開けようとしたときだった。
「学園では、ずいぶんと自由に、自分勝手に振る舞っているようだな、ルイ」
落ち着いた低い声で呼ばれたルイは、ドアにかけた手を止め、急いで後ろを振り返る。
「…父上…」
ジャン、スカイ、ケイシも驚き声のした方を向くと、初めて見るルイの父親をマジマジと見つめる。
ルイの父親は背が高く、ルイに似て鼻も高い。そして、顔には年齢により刻まれたシワがあるものの、若い頃は相当な美形であったのは、今の姿からも容易に想像ができた。
ルイの父親は、大きく鋭い目をルイに向け、無言のままルイとただ向き合っている。
ルイも黙ったまま父親を見つめ返す。
ジャン、スカイ、ケイシは、この無言の空間をどうしたらいいのか分からず、2人の様子を固唾を飲んで見守っていた。
すると、バタバタバタ、と落ち着きのない音がしたと思ったら、先ほどの事務員がやっと階段を降りてきて、皆のところに、はぁはぁ息を切らしてやって来た。
「おぉ…良かったです、こちらで、お2人お会いできたのですね。せっかくですから、お2人でお話できるどこか近くのお部屋にご案内を…」
「いえ、結構です。父とこのまま私の部屋に行きますので」
ルイは事務員の話をピシャリと遮ると、父親に、部屋へ行きましょう、とだけ言い、1人スタスタと歩き出す。
ルイは、ジャン、スカイ、ケイシの前を通り過ぎるも、真剣な表情で前を見つめたままで、3人の方を見ることもせず前を通り過ぎる。
その後に続くルイの父は、3人の前を通り過ぎるときには3人をジロリと横目で一瞥すると、無言で通り過ぎて行き、ルイの後を追い階段を上って行った。
3人は気まずい顔を互いにし、その後足早にルイとルイの父親を追いかける。
◇◇◇◇
部屋の前に着くと、ルイはドアを開け、無表情でルイの父を見上げる。
ルイの父も、ルイを無言で見つめると、そのまま部屋へと入る。
ルイとルイの父の間にはしる、緊張した、そしてピリピリとした空気感に、ジャン、ケイシ、スカイは、不安そうに顔を見合わせる。
3人も部屋に入ると、部屋で寝ていたマハラがベッドから、のんびりと顔を出した。
「ん〜…なんだぁ、みんなもう授業終わったの?オレ、けっこうガッツリ寝ちゃっ……た…」
布団から顔を出したマハラは目をこすりながら、あくびをすると、部屋にいるルイの父親がじっとこちらを見ているのに気づき固まる。
「えっ…だれ…」
「あっ、ちょっとすみません…マハラ、ルイの父親だよ、布団から出て挨拶しろ」
スカイは、ルイの父親に向かってぺこっと頭を下げ前を通り過ぎると、マハラに小声で教える。
「ルイの父親!?やべっ…」
布団をガバッと持ち上げ勢いよくベッドから飛び出したマハラは、直立不動でルイの父親に向かい挨拶をする。
「初めまして。ルイくんと同部屋のマハラといいます」
「……ルイはこの学園に勉学の意義を見出しているようだったが、この様子を見るとレベルは大したことはなさそうだな」
ヨレヨレのパジャマ姿で、髪の毛は寝起きでボサッとしたままのマハラを、ルイの父親は蔑んだ目で見つめる。
ルイの父親の目線にたじろぐマハラ。
すると、部屋のドアが勢いよくバターン!と開かれる。
「ただいまー!あー疲れた。第4外国語はやっぱもう異次元っすね、きつー」
タクが大きなため息と共に入ってくると、部屋の中の皆は、またシンと静まり返る。
「あ…れ?この方、だれ…」
驚いてドア近くで立ち止まったタクは、目をパチクリさせて、ルイの父親を見つめる。
「君は、第4外国語を学んでいるのか」
「え、あ、はい。そうですけど…えっ、どなたですか?」
突然ルイの父親に話しかけられて、挙動不審な動きをするタクは、ルイの父親と皆の顔を交互に見る。
「すごいな。私も第4外国語まで学んでいるが、あれは何年かかっても、全てを理解するのは難しい。君の年齢で既に第4までいっているのなら、いつかは君も第5外国語までいけるかもしれないな」
「えっ、あ、はい…ありがとう…ございます…」
で、誰なんだ?という表情で、皆んなに無言で問うタク。
「相変わらず、能力に秀でている人が好きですね、父上は。タク、紹介が遅れたが、私の父だ。何か用があって学園に来たらしい」
「成績がいい者を褒めて、何が悪い。ルイ、お前も彼を見習って、早く第4に進まなないといかんぞ。いいか、将来というのは、どれだけ優秀な頭脳をもっているかで決まってくるのだ。第5とまでは言わん、せめて第4外国語まではスラスラと話したり書いたりできなければ、話にならんぞ。公爵家の発展のためにも、お前には人並みならぬ努力が必要なんだ。どうしてもこの庶民の集まる学園で学びたいというので来させてみたはものの、同部屋の彼らをみて心配したが、なんだっけかな、タクくんだったかな?君がいるなら、少しはマシになるな」
ルイの父親の話の最中に、ルイはまた始まった、とばかりに、違う方を向き大きくため息を吐き、ジャン、スカイ、ケイシは自分達がルイの父親のお眼鏡に叶っていなかったことに恥ずかしくなり、マハラに至ってはルイに申し訳なさすら感じていた。
タクは動揺していたが、自分の存在がルイに少しでもプラスになったなら良かった、のか?と心の中で安堵していた。
「で、父上はなぜ今日この学園に?」
ルイは父親からの嫌味にも慣れているのか、反論もせず淡々とした口調で尋ねる。
「いや、セントラル国王様と昨日話をしてな、その関連で今日はこの学園長にも挨拶に来ただけだ」
「俺に会いに来た、わけではないのですね」
「いや、ついでにルイにも会うつもりだったが。なんだ、そういうお前こそ、私に何か話したいことでもあるのか」
「ついでね…」
ボソッと言い苦笑いするルイは、下を向きふぅ、と息を吐いた後、父親を真っ直ぐと見据える。
「はい、そうです、父上に聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「…この学園に在籍している、シャーランのことは知っていますね…?」
「…どうした、突然」
「彼女のことで知っていることがあれば、教えて欲しいんです」
「…何を聞いてくるかと思えば、女性のこととは。お前はここで何を学んでいるんだ」
「父上はセントラル国王と親しい、それは先ほどの話からもよく分かります。父上は、国王様からシャーランのことについて、何か聞いてるのではないですか?」
「…聞いていたら、なんだというのだ?」
「私も国王様と会ったことはありますが、私はシャーランの話を国王様の口からも、父上からも一度も聞いたことはありません。ですが、この学園に来て彼女に会い、実際に彼女の伝記と思われるものも目にしました。父上は、私がこの学園に学びに来るのを許した背景に、彼女が…シャーランがここにいるから、という理由があったのではないですか?」
「何を言い出すのかと思えば…お前は何を言って…」
「父上は…息子の私が言うのもなんですが、もともと身分至上主義な性格だと思います。なので、この学園がセントラル国王様の監視下にあるとはいえ、やはり庶民の集まりである場所に私を預けたくはなかったはずです。なので、学園に入園してすぐに休学、式典というあたかも公的な理由をつけて私を家に引き戻しましたね。ですが、それから間も無くして、私が学園に戻ることを許しました。その背景には、シャーランがこの学園に途中入園してきたことが、関係するのではないですか?」
ルイの話に、表情が固まり身動き一つしなくなるルイの父親に、マハラ、スカイ、ケイシ、ジャン、タクも、思わず息を殺す。
しばらく続いた沈黙のあと、ルイの父親は目を伏せ、その高い鼻から息を長く吐き出す。
そして、重い口を開く。
「そこまで分かっていながら、彼女と男女の関係をもたないお前の愚鈍さに、私は苛立つがね」
ルイの父親は、鋭い目つきでルイを見つめていた。




