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No.13 魔力




「魔法はお前が見てやりなさい」


 俺はその日の夕方、闇属性が発現したヴィクトールを連れて視察から帰ってきた父上へ報告しに執務室を訪れていた。


 案の定、闇属性という珍しさと持て余すほどの魔力に父上は絶句していたが、安心して勉強を始められるよう早めに環境を整えてくれることになった。


「…… それはもちろん。ですが…… 」


 先程ヴィクトールと口約束はしたが、本当にこのまま俺でいいのかと少し不安になる。


 正直、ちゃんとした講師を呼んだほうがヴィクトールの為になるだろうし、後々イースレイにも魔力があると知れば、早いうちに他人と関わることに慣れさせたほうが効率も良いんじゃないのかと考えていたところだった。


 さらに二人とも来週からは貴族教育も始まる為、かなり忙しくなるはずだ。


「闇属性の魔法使い、もしくは専門性のある講師をお呼びするほうが良いのではないですか?」


 そんなスケジュールの中で俺と一緒に勉強をする?どこにその隙があるんだ?というか弟たちはちゃんと休めるのか?


 心配だ。何より二人とも、屋敷に来たばかりだというのに。


「今はまだ早い。何より、ヴィクトールはお前と一緒に居たいのではないのか?」


 しかし、そんな俺のつまらない考えとは違い、父上とヴィクトールの考えは同じだった。


「そう、です。魔法を教えてもらうと約束したから…… 兄上がいい、です」

「もちろん俺も力になる。だけど、本当にいいのか?貴族教育も始まるし、せめてお前が忙しくない時にしようかと考えていたけど…… 」

「でも、頑張りたい……!勉強も、魔法も、いっぱい頑張るって決めたから」


 ヴィクトールの決意は思っていた以上に強固なものだったらしく、その瞳はやる気に満ちていた。


「…… 分かった」

「!ほ、本当に……?」


 自分が先生なんだと構えると上手くやれるか不安になるけれど、一応魔法学院のカリキュラムをこなしたんだ。それに、ヴィクトールほどではないが俺も魔力は多いほうの人間だし、きっと出来ることは沢山あるはずだ。


「じゃあ授業の時間も入れてもらおうか。後で執事に頼んでおくよ」

「う、うん……!あ、あの…… 俺の為に、ありがとうございます、父上…… 兄上」


 照れながらも心から嬉しそうに感謝を伝える様子に、俺も父上も自然に笑みを浮かべる。


 あのヴィクトールが魔力を持っていることに前向きでいてくれる。それだけでも嬉しいのに、魔法も学びたいと本気で思っているんだ。


 ならば俺も、その気持ちに応えないとな。


「…… お前の力はとても大きなものだ。ちゃんと学んで使いこなせるようになりなさい」


 父上の言葉に、ヴィクトールはさらに張り切っていた。とても輝かしくて、夢と希望に溢れたような、まるで明るい未来は目の前に、その手を伸ばせば届く距離にある、そんな風に思わせてくれるようなキラキラとした笑顔を向けて返事をしていた。


「はい……!頑張ります……!」


 あのヴィクトールの愛らしい笑顔をもっと見たい。絶対、弟たちに明るい未来をプレゼントするんだ。二人が毎日、心から楽しく過ごしてくれるなら俺は何だってしてやりたいんだから。


 心の中で、新たに誓った。


 そのはずだったのに、俺はその誓いをすぐに破ることになってしまったんだ。


 ーー二日後。時刻は午後二時。


 俺は「イースレイも授業においで」と誘って、弟たちを自分の書斎へと案内した。


「二人とも、今日から魔力や属性、それから魔法について少しずつ一緒に勉強していこうな」

「は…… はい、頑張り…… ます」

「はーいっ!」


 元気良く返事をする弟たちに、俺はまず、伝えなければならないことがある。


「ヴィクトール、肩の力を抜いて大丈夫だ」

「う、うん、分かった」

「今日は魔力について。簡単に説明するぞ」


 魔力を持っている人間は、それを自覚するように出来ていること、属性は十歳前後で発現して、その魔力は魔法として使えるようになること、属性が発現するまで魔法は使えないこと。


「そして、魔力は主に王侯貴族に宿り、平民の殆どは魔力を持って生まれてくることはない」


 俺は、この事実を包み隠すことなく伝えた。


 その言葉に、ヴィクトールの顔色を失い目を泳がせながら静かに俯いた。そりゃそうだ、俺は今、イースレイには魔力がないと言ったも同然だからだ。


 本来は質問がなければ次の説明へ進むけれど、俺は今日、授業という場を利用して二人が知るべき必要がある事実から話をしようと考えていた。


 つまり授業を始める前の授業、下準備のようなものだ。


「え……っ、じゃあぼくは…… ぼくだけまたっ…… 」

「あ………… えっと、その…… 」

「イースレイに魔力がない。と、二人ともそれを心配しているんだろ?」


 図星を突かれた二人は、俯いていた顔をぱっと上げる。


「だけど俺はさっき、殆ど、とそう言った。それにはちゃんと理由があるんだ」


 不安げな表情をしながらも、話を最後まで聞こうと耐えている弟たちの頭を撫で回したい気持ちに駆られる。


「な、何……?」

「りゆう……?」


 二人の心配を取り除いてやりたくて、俺は慎重に、かつ丁寧に一つずつ説明していく。


「それはな、ちょっと説明が難しいんだけど…… 要は親か兄弟に魔力を持っている人間がいる場合、魔力は遺伝することがあるんだ」

「……?いでん…… って?」

「遺伝というのは、血の繋がりとか、基本的には親から子どもへ引き継がれるもののことだ」


 ヴィクトールは、すかさず質問を投げる。


「でもそれは…… 親子だからでしょ?兄弟っていうのは何か、何か変だ…… 」


 その通り。魔力というものは、実に変なんだ。俺は「ここで言う親は母親だけの話になるんだけど」と前置きをしてから言葉を続ける。


「実は、お腹の中にいる子どもが魔力を持っていると…… 次に生まれてくる子どもにも魔力が宿る…… そんな不思議なことが、稀にあるらしい」


 これは完全に小説で知った内容だ。


 そんなことがあり得るのか?と不思議に思っていたけれど、元々魔力は遺伝しやすくて、母体にも残ってしまうという設定に「流石はファンタジーだな」と感心した覚えがある。


「……!それは、イースレイにも魔力があるかもしれないって…… そういうこと……?」

「そうだ。そういう理由から俺は、平民同士の間に生まれた子ども、つまりイースレイも魔力を持っている可能性があると考えている」


 俺は魔法学院で学んだことや個人的に読んだ本で知ったこと、そして小説から得た知識を織り交ぜながら説明を補足していく。


「ほ、ほんとぉ……!?どうしてっ!?」

「魔力はどれだけ弱くても遺伝しやすいんだ。ヴィクトールの魔力はとても強いから、母親のお腹の中でイースレイにも魔力自体は遺伝しているはずだと考えている。ただ…… 」


 あの小説でイースレイにも魔力があったということは知っているが、身体が弱っていたせいでその魔力は弱かったと書かれていた。だから正直、この世界でイースレイが健康であった場合、本来の魔力がどの程度あるのかは分からない。


「たとえ遺伝していたとしても魔力がどれくらいあるかは…… 実際に属性が発現して、魔法を使えるようになるまでは何とも言えないんだ」


 魔力はある、けれどそれ以上は上手く伝えられないのが悔しい。


「そっ…… そっかぁ。でも、ぼくっ…… まりょくがあればうれしい…… っけど!もし、もしなくても…… なくてもいいっ」


 俺もヴィクトールも驚いて目を見開いた。


「え……?何で……?あんなに、あんなに…… 兄上の魔法に憧れてたのに……!」


 イースレイは魔法に興味津々だったから、そんな発言が飛び出すとは思いもしなかった。


「だって…… ぼくだけちがうのに…… ここにいていいって、そういってくれたからっ!いいっ!」


 切ない。このイースレイの発言に対して抱く感情にこれ以上適切な言葉なんてないだろう。胸の奥が酷く締め付けられるような感覚がする。


 万が一イースレイに魔力が無かったら、俺の魔力をイースレイに分けてあげられたらいいのに。


「…… そっ、か……………… っ!?あ、ァ!?」


 その時。突然、ぶわっと凄まじい魔力の流れを肌で感じた。


「ッ!?イースレイ!!」


 俺は咄嗟にイースレイを庇う。


 一秒。たったの一秒も魔法を出す時間は無かった。


「ヴィクト、ッ…… 」


 ぐわん、と大きく脳が揺れる。


 ヴィクトールから溢れ出した膨大な魔力そのものが、俺の頭に直撃した。


「にーさん……っ!?ねえっ!!どうし…… っ、おに、おにーさまっ!!おにーさまぁああ!!」


 近いのに、遠くから聞こえてくるような叫び声。


「は、っ…… はぁっ、ッイー…… スレ、俺から、離れ…… 父、うえ…… 呼、ッ…… ああぁぁああああァア止まらなッ、止ま、てっ、ッ!!」


 遠い、声。


「にーさんっ!?にーさんどうしたのっ!?なにっ、ッ!?なんっ?ちちうえがなにっ!?」

「ッよ、で…… 呼ん、ッァア、くっ…… 呼、べ」

「よぶっ!?わ、わかった!!まっててっ!!」


 ーーヴィクトールの最期は、こんな感じだったのだろうか。


「あに、ッう…… ごめ、なさ……っ、ごめ、ッ」


 霞む意識の中、ぼんやりと小説の内容を思い出していた。そんな余裕は何処にもないはず、なのに。


「…… ヴィ、トー…… る、ッ…… 」


 ーーそうだ、暴走、だ。じゃあ今、これは?


「あ、にっ…… ッ……!?」


 魔力そのものを直に食らった身体を必死に持ち上げ、這いずるようにしてヴィクトールへ近付いていく。


 ーー今、俺に何が、出来るか、考え、ろ。


「…… だい…… じょー、ぶ、っ…… 落ち、着け」

「なにしッ、危っ!あ…… あれ……?」


 俺は力を振り絞って、ヴィクトールの身体に触れて自分の魔力を流し込んだ。少しずつ、少しずつ。


「な、何か治って…… きた……?」


 魔力は何故、属性が発現するまで魔法として使うことが出来ないのか。その理由は、魔力は血液みたいなものだからだ。


 普通、魔力を全て放出させることは出来ない。


 魔力を使い切るというのは大量失血のようなもので、無くなれば死んでしまう。しかし、属性が発現することで魔力という名の血は「魔法」として放出させて扱うことが出来るようになるのだ。


 感情の起伏により魔力が漏れ出すことはあるが、本来であれば大したことはない。但し、どのようなものにも例外は存在する。ヴィクトールのように、膨大な魔力を持つ者が、もしも魔力を暴走させてしまったらどうなるか。


 それは、そう。あの小説の展開と、全く同じことが起きてしまうということだ。

 

「おちつ、たか……?」


 そして意外にも、魔力そのものを正しく使う方法は幾つか存在している。


 自分の身体に他人の魔力が必要以上に流し込まれると命を脅かされかねないが、少量であれば、魔力暴走などを抑えてくれる効果がある。


 つまりこの応急処置は、その内の一つだ。


「兄…… 上……?」


 ーーや、ば。落ち、る。


 こんな風に倒れてなければもっと楽に、もっと簡単に対処することが出来たのに。


 ああもう、俺は、どうして俺は、こんなにも。


「あ、兄上……!?兄上っ、起きて…… 兄上!!」


 暗闇の中。


 俺は何処か懐かしいような、そんな長い夢を見た。


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