No.12 ここから始まる物語
ヴィクトールの闇属性の発現、そして溢れ出た魔力は落ち着きを取り戻した。当然イースレイと執事には先に事の詳細を簡単に伝え、俺は朝食後、共に広間へと向かった。
窓が割れた部屋を片付けに入る使用人たちをはじめ、この家に来たばかりのヴィクトールに何かあったのかと色々と心配を掛けてしまう為、朝から不在の父上以外、予め執事に屋敷の人間を全員ここへ集めさせた。
「皆、仕事中にも関わらず集まってくれてありがとう。話を始める前に先ず、俺の弟たちを紹介させてくれ」
ヴィクトールとイースレイを俺の一歩前へ進ませるて、挨拶をしてもらうように促す。
「初めまして…… ヴィクトール・グランヴァイスです…… よろしく、お願いします」
「はっはじめましてっ、ぼくはっ…… イースレイ…… イースレイ・グランヴァイス、ですっ!よろしくおねがいしますっ!」
使用人たちは唖然とする奴、混乱している奴、微笑ましいものを見るような奴、嬉しそうな奴と様々な表情だ。どの反応も別に間違ってはいないけれど、意志は必ず一つにしてもらわなければならない。
「因みにヴィクトールと俺は血の繋がりがある。イースレイと俺はそうじゃないが、そんなことはどうだっていい」
嫡男だろうと婚外子だろうと、たとえ血の繋がりがあろうとなかろうと。この二人は俺と同様に、当主である父上が正式にグランヴァイス侯爵家の人間だと認めた存在である、そういうことだ。
俺の言葉に広間が騒めく。しかし、俺はそれを許さない。
「ここまで言えば俺が何を言いたいのか…… ここにいる全員その意味、分かるよな?」
ここに居る者たち全員へ、今度こそ堂々と俺は釘を刺した。
「もし分からない者がいるなら今すぐ暇を出してやる、遠慮なく言え。今この場で申し出るなら…… 解雇するだけで勘弁してやってもいいぞ?」
しん、と瞬く間に空気が張り詰める。先程の騒めきなど、所詮この程度。他愛もない奴らだ。
「優しく言ったつもりだったが、俺の誠意が足りないのか?大丈夫だ、何もしない。ただクビにするだけ…… あぁ当然、解雇って意味だ」
クビという言葉に、使用人たちは何を想像したのか顔を青褪めさせていく。やり過ぎたか?まあ、これで弟たちが避けられることなく理不尽に冷遇されなければ俺はそれでいい。
「…… 分からないと、そう申し出る者はいないな?ならば、改めて」
意志の統一。俺が屋敷の使用人たちへ求めるのはこれだけで充分だ。簡単なことのようで一番、難しい。たった一つ、皆が同じ志を強く持って弟たちへ仕えるということ。
「このグランヴァイス侯爵家に、そして目の前にいる新しい主に真心を持って仕えると誓え!!」
逃れられない枷のように重たい意志を、俺は今ここで欲しいんだ。
「「「「「はっ!!」」」」」
執事長をはじめとして皆が騎士のように、その場に跪いた。
流石は名門貴族と言われているだけのことはあるな、使用人の格も一味違うというわけだ。何かしらイレギュラーが起こったとしても、この切り替えの早さ、一糸も乱れぬ姿は正に圧巻としか言いようがない。
「それでいい。今まで通り、これからもグランヴァイス侯爵家の使用人として相応しい人間であるというのならば、その胸を張っていろ」
微笑みながら伝えると、その激励に使用人たちは恐れ慄いているように見えた。何でだ?もう脅すようなことは何も言っていないのに、そんなに怖がらせてしまったか?まぁ、良い。それでも俺は、権力とはこのように正しく使うべきだと思う。
私利私欲の為に振るう権力などゴミに等しい、金に物を言わせるだけなら最後は誰も付いてはこないのだから。
「俺は、この屋敷に携わる皆を誇りに思っている」
話を変えよう。そもそも、こちらのほうが本題だ。
「…… ここからは、より真剣に聞いてくれ。今朝、ヴィクトールの属性が発現した。それも珍しいとされている、闇属性だ」
使用人たちは先程のように騒めくことなく、俺の言葉に耳を傾けている。
「闇属性ということで、皆は驚いているだろうが、驚くべき点はそこじゃない。寧ろ喜ばしいことに、ヴィクトールは侯爵家の血を引く者であると同時に本人の資質も相俟って、魔力自体が並外れている。これは、素晴らしいことだ」
ヴィクトールは気まずそうにしながらも、俺に大々的に褒められて嬉しそうだ。良かった、これでこの家の中では闇属性であることを隠そうとしないだろう。
「魔力を多く持つ者は、その扱いに慣れるまで時間が掛かる。ヴィクトールは闇属性が発現した瞬間、溢れる魔力で窓を割ってしまったが、それは仕方ないことなんだと思って、必要以上に怖がらないでくれ」
あの執事も、使用人たち全員が驚きを隠せないようで俺の顔を見つめて逸らさない。
「これから部屋へ清掃に入る者には手間を掛けさせてしまうが、もし何か困ったことがあれば俺に何でも質問するといい」
そんなに驚くことはないだろ?普通に魔法を使うところを見せていたのだから、と言ってもここ最近だけ、か?そう、そうだったな。これは驚いて当然か。
「…… 魔力を持つ人間は貴族をはじめ多くいるが、何も知らなければ恐ろしく思えてしまうのは理解出来る」
俺も約一年前に部屋をぶち壊した時、その現場を目撃されたわけではない。何か得体の知れないことが起こったと怖がらせてしまっただけだ。
元のルディノアも、恐らく魔法を使ったり、使ったとしても誰かにわざわざ見せたりしなかったのだろう。魔法学院へ進学したのも俺の意志だった。
「だからこそ、皆も知っていて損はないだろう…… と、そう考えている」
小説で知っただけだが、要は無関心な性格だった人間が、こうして使用人に対しても寄り添う言葉を発するのは変なんだろうな。だが、そんなつまらないことを気にしている暇は無い。
物語の流れを狂わす、俺はそう決めたんだから。
「そもそも、当主である父上は当たり前のように仕事でその力を発揮しておられる」
魔法を使い、領地を安定させることは魔力を持つ人間、つまりその領地を管理する貴族の義務だ。
朝から不在の父上は、今日も領地内のいくつもの場所へ視察へ赴き、その目で見て、考えて、何かあれば対処しているはずだ。毎日のように地味なことをコツコツと、この領地の為に務めているらしい。
正直、俺のような人間には到底真似出来ないやり方だ。どう考えても面倒だし、それに何よりその過酷さを想像するだけで嫌になる。
「現に…… このグランヴァイスの領地は他の、どんな場所よりも穏やかだろ?」
ただ、これが本物の貴族の在り方だと俺は思う。
「見たことなくとも、魔力、属性、魔法、それらは何も怖いものなどではない。誰にでも長所と短所があるように、どれほど便利なものであっても扱いが大変な時もある。簡単に言うと、それだけの話だ」
要約すると、本当にただそれだけだ。
メリットがあればデメリットがある、魔法は便利だけれど使い方によっては簡単に人を傷付けたり、最悪の場合、小説で起きたように死者を出すことだって容易い。
そしてその大きな力を持つ人間が扱い方を知らなければ、より被害は大きなものとなる。小説のヴィクトールが、己が身までも破滅させてしまったように。
「これからも、何かしら心配を掛けるようなことが起こり得るが、過度に恐れる必要はない。大体のことは俺が何とかするし、それでも大変なことがあれば父上も必ず手を貸してくれる。つまり…… だ」
俺は先程とは違う形で、堂々と宣言をする。
「皆は安心して、この屋敷で働けばいい。誠心誠意、今まで通り俺たちに仕えるだけで充分助かる。分かったか?」
使用人たちはホッとした表情に変わった。この場に居る全員に正しく伝わったことで、俺も俺でちゃんと安心出来た。
「よし、話は以上…… あ、それと。これから弟たちの執事や侍女の選定があるかと思うが、先に言っておく」
まだ何かあるのか、と固唾を呑んでいる使用人たちを尻目に俺は言葉を続ける。
「ヴィクトール付きの執事とイースレイ付きの執事、それから身の回りの世話をする侍女に選ばれた者は…… この国の使用人の中で一番の幸せ者だぞ。俺が保証してやる」
以上、解散。そう告げて俺とヴィクトール、イースレイは部屋へ戻る。他の使用人たちはともかく、あの男の、執事の顔はにっこりと薄気味悪い笑顔をこちらに向けていた。あれは、あの笑顔は一体何なんだ。そういえばあの男も選定に関わっていた、ああもう余計なことは気にしないでおこう。
「ヴィクトール、イースレイ、何も心配しなくていいからな。俺はお前たちの味方だし、これからもずっと守ってやるからな」
俺たちは広間から部屋へ戻ってきた。俺は、大勢の前に立ち挨拶を頑張った弟たちを褒めてやる。
「ちゃんも挨拶出来たな。偉かったぞ、二人とも」
「ありがとう…… あ、兄上…… 」
「えっ、あっあにうえっ!?に、にーさんっ!?いいいいいま!!ルディノアさまのこと、あに、あにうえって、そうよんだ……!?」
イースレイは度肝を抜かしている。初めて兄上呼びをするヴィクトールに遭遇して、目を丸くさせながら少し、いやかなり何故か慌てている。もしかしてヴィクトールが俺に失礼なことをしたとか、そう思ったのか?様子がおかしい。
「…… うん、呼んだ」
「えええぇっ!?いつのまにっ!?そんな、そんなのずるい…… っ!」
一人だけ様付けで俺の名を呼んでいることが相当嫌だったのか、何故か「狡い」という言葉を使ってヴィクトールを非難し始めた。
「狡いって何だ?イースレイも、その…… つまり好きに呼べばいい」
喧嘩になったら困る。俺はまだ「兄弟喧嘩」とやらは分からない。今のイースレイの気持ちが正確に分からないけれど、まだ幼いし、きっと語彙も少ないんだろう。上手く感情を言葉にすることが出来ないなんて六歳児らしくて微笑ましいじゃないか。
「じゃ、じゃあっ!うーんっ、と、えと、お…… おにーさま、とかっ?ど、どうかな……っ?」
お、お?
「イッ、イースレイ…… その、もう一度…… 」
お兄様?あれ、今日はよく幻聴が、いや、これは現実、ん?都合の良いゆ、いや夢じゃない!?何だこの僥倖は?理想的なデジャブは?本当にこれは現実か?まだ疑えるぞ。まだ、まだ。
「おにーさまっ!ルディノアおにーさまっ!!」
「くっ…… わ、分かった、そう…… 呼んでくれ」
世界中の皆々様へ、お知らせです。俺は、弟たちが可愛くて可愛くて堪りません。
ご覧のとおりです。一切の説明を省かせていただいても伝わることかと存じます。敢えて言うのであれば、つまり、弟たちはこの世のものとは思えないくらい可愛くて愛くるしい存在、天使、神、最早それら全てであると言えるでしょう。
「やったあ!!ぼくねっ、おにーさまがふたりもいてくれて、ほんとに…… ほんっっっとーに!とってもうれしいよっ!」
天然という名の攻撃?あざとさに絡め取られてしまうが、それも本望。俺は弟というこの世の全てに、あれ?それだけでは足りない気がするぞ?ん?だからつまり、そう!弟たちは、この世の動植物、他の生命体、いや万物を超越した存在である、ということか。
「…… 俺にも兄ができて…… その、凄く嬉しい」
成程、答えは出た。
可愛いは正義、従って弟たちは正義。
「俺の可愛い弟たち…… 俺が、絶対。絶対にお前たちを守ってやるからな」
ーーようやく俺の知っている異世界転生が始まろうとしているのだから。
ーーこんな俺に異世界転生してきた意味があるとするなら、この子たちの兄になれるということなのかもしれない。
ーーヴィクトールを破滅させない。イースレイを病死させない。絶対にグランヴァイス侯爵家を没落させない。
ーーこれ以上、誰かに弟たちを傷付けさせない。
ーーいつか自然と兄上、お兄様、そう呼ばれる日が来るんだろうか?この俺が?いやまさか。
ーー居場所が与えられて、初めて存在が許される人間だって居る。
ーー俺が物語を狂わせる。何度でも流れを変えてやる。
部屋をぶっ壊したあの日、小説の世界へ転生した。
小説通りの展開、物語の流れ、悲劇のその全てを。
あの日の部屋のように全部、ぶち壊してしまおう。
さあ正義を守る為、ここから始まるんだ。
俺は、栄えある悲劇に選ばれた悪役暴君の兄に転生した。
No.0〜No.12まで読んでくださった読者の皆様方へ
私の作品を見つけてくださり、誠にありがとうございます。
完結まで長いお付き合いになるかとは思いますが、精一杯この作品を盛り上げて参りますので、引き続き、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
読者の皆様に愛と、心からの感謝を込めて。
氷翠いろ




