「ヒルダの戦い」
午後、城下のすぐ南にある宿場町にヒルダは居た。
バロを厩舎に預け、コロッセオへと足を運ぶ。
「頑張れよ、新進気鋭!」
顔なのか姿なのか、すぐにその正体は、おそらくコロッセオ通いの人々らにバレてしまう。
厩舎からコロッセオまでの間の先々で声を掛けられた。だが、応援されるとはここまで気持ちが良いものなのか、身体に熱が漲ってきた。
しかし、忘れてはならない。自分は竜乗りなのだ。コロッセオはあくまで通過点、いや、力量を測るための場でしか無いのだ。
大きな石造りの外壁にぽっかりと開いた出入り口に着くと、受付嬢もまたヒルダの顔を覚えている。
「今日こそ、三回戦突破して見せてね」
「やれるだけやります」
控室まで迎えに現れたのはジェーンだった。
「ヒルダ、少し逞しくなったんじゃない?」
「そうですか?」
ヒルダは武具一式を預け、闘技用に取り変える。
鞘を八つベルトに括り付け、そこに八本のショートソードを入れる。
「そんなに使うの?」
ジェーンが呆気にとられた顔で言った。
「少し戦術を変えたの」
ヒルダは思わずにっこりと答えた。偽の闇騎士の練習は無駄では無かった。そう証明したい。強くそう思ったのであった。
2
一回戦に呼ばれた。
太陽が土の大地を照らし、観客が熱狂する。どちらも眩しかった。
木剣ならぬ長槍の模造品を持った相手が待っていた。
ヒルダは会場の入り口から出ると、いつものように顔の間に木剣の柄を寄せ、勝利を祈り、高く掲げた。
その時だった。
「ヒルダアアアッ!」
渦と渦。これだけの熱狂の中、ヒルダコールが波を割るように轟いた。
ヒルダは歩み始めた。
「あなたとは二回目か?」
兵士の格好をしたマルコ・サバーニャが言った。
「そうですね、今度は倒します」
「うん、その意気込みは大事だ」
審判が間合いについて尋ねてきた。どうやら、通常の開始位置では長槍では不利だと言うことらしい。
「短く持てば良いし、勝てば良いだけだ。通常の距離で構わない」
マルコは言った。
「では、それで」
審判がヒルダを見たので頷いた。
マルコの自信に満ち溢れた笑みが見える。この位置だと、槍の柄の中に入る場所である。ヒルダが飛び込めばマルコは応戦に苦戦するだろう。
短気な観客達からヤジが飛び始めた。
「両者、よろしいな? では第三試合マルコ対ヒルダ、始め!」
ヒルダは駆けようとして、思わず足を止めた。
マルコは宣言通り、慣れたように槍の柄を戻し、間合いを楽な物にしたのだ。
侮れない相手だ。
マルコが槍を薙いできたので、ヒルダは後方に飛んだ。マルコが槍を伸ばす。あっという間に形勢は相手の間合いが有利となった。
距離、十五メートル。投擲では届かない。
ヒルダが動かないと見るや、マルコが突き出してきた。磨かれた木製の槍の穂先がそれでも真剣のように陽光に輝いた。
ヒルダは右から左からそれを裂けた。
消極的なヒルダにブーイングが飛び始める。焦ってはいけない。
その時、脳裏に浮かんだのはバースの顔だった。
貫禄を、バースに乗るに相応しい誇りを私は取るためにここに来たのだ。
槍が少し上向きになる。そして振り下ろされる。重い風の音色と共に穂先が地面を穿った。土煙が舞い上がる。以前はこれが避けられなかった。マルコは次々落雷の様に槍を振り下ろしてきた。そう、以前ヒルダを戦闘不能にしたように、頭を叩くつもりだ。
槍が振り下ろされる。ヒルダは避けると、槍が持ち上がる前に、その穂先の真下を踏み付けた。
そして真っ直ぐマルコ目掛けて駆け出した。
マルコの槍を戻すのが早いか、ヒルダの突撃が早いかの勝負だったが、必殺の薙ぎ払いは、戻された槍によって阻まれた。
マルコの実直そうな顔が歪んでいる。ヒルダも競り合っているためにこんな顔をしているのだろうと、無意識に思った。
少し、離れ、再度飛び込もうとするとマルコが短く持った槍を突き出してきた。
ヒルダは、それを避けると、薙ぎ払う様に追い駆けて来る槍に追われ、マルコの周囲を一周し、マルコの槍が思ったより遅いことに気付いた。駆けたまま、マルコに真っ直ぐ踏み込んだ。
横に振るった木剣の刃は、石突きによって防がれた。
長槍を短く戻し、操る芸当はなかなかのものだ。今の防御も判断が早い。
だが、間合いは長槍の間合いでは無く、剣の間合いだ。
ヒルダは次々乱打し、マルコが石突きを突き出すと、それを避け、横に飛びながら、左手を腰にやり、ショートソード型の木剣を抜いて、投げ付けた。
木剣は回転し、槍を戻そうとするマルコの顔面にぶつかった。
「おおおおおっ!」
観客達が驚きの声を上げた。
「それまで!」
審判が言った。
それで分かった。投擲武器もまた盾以外ならどこでも当たれば勝ちなのだ。鎧兜など、実はお飾りに過ぎない。なのに選手達がわざわざ鉄装備で現れるのは自分の格好をアピールするためでもあり、観客へサービスでもあるのだ。
「そんなに武器を差してどうしたのかと思えば、投擲とは恐れ入った」
鼻血を片手で防ぎながらマルコが言った。
「良い戦いでした」
「ああ。ありがとう。新進気鋭の賞味期限は短いからな、もっと上まで上がって客に名前を売ると良い。頑張れ」
マルコはそう檄を残すと退場していった。
一勝できた。投擲も決まった。
ヒルダは嬉しさに震えていた。
二回戦目の相手がマルコと入れ違いで現れた。
どんどん近付いて来る相手を見てヒルダは思わず声を上げた。
「グランエシュードさん!?」
「ヒルダ嬢、威信を掛けた戦いだ。遠慮はせんぞ」
老兵の手にしているのは長弓で。木で出来た刃が両端に取り付けられていた。そして背中の両側に見えるのは矢の羽の数々だった。
「まさか、弓で?」
ヒルダは驚いて尋ねた。
「フフッ」
グランエシュードが不敵に笑った。
ヒルダには想像ができなかった。弓なんてグランエシュードが圧倒的に不利では無いか。構えている間に間合いに飛び込めば良いし、矢がそうそう当たるわけも無い。
審判が二人を見る。またも間合いに付いて持ちかけられた。
「通常で良いだろう」
「でも、それでは私が有利に」
「マルコとの戦いも、ヒルダ嬢は間合いを活かしきれなかった。ま、手合わせしてみればよく分かる」
老兵の厳しい指摘にヒルダは思わず反省した。ただ踏み込んで斬って終わる試合では無いということだろう。
「では、六メートルだ」
審判がそう言い、二人を見た。老兵もヒルダも頷いた。
「では第二試合ヒルダ対グランエシュード、始め!」




