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令嬢、空へ  作者: Lance
29/42

「竜の誇り」

 結局、竜舎へ戻ってもバースの手綱を掴むどころか、触れることすら無かった。

 グランエシュードが言ったのだ。

「バースはきっと、貴方を乗せざるしかなかったことを不満に思っているはずだ」

「不満ですか……」

「やはり別の竜が来るまで待つべきかもしれないな」

 その言葉はヒルダの空への憧れを激しく抉った。何故、こんな気持ちになるのかは分からない。悔しくて悲しい。己の非力さにうんざりする。そんな心境だった。

「いや、エシュード殿、ヒルダさんはバースを乗りこなせると思いますよ」

 レッドドラゴンのバッシュを職員に任せ、ウォーが歩んで来た。

「しかし、ガランのドラグナージークが面倒を見ていた竜だ。我々熟練者でもこのバースは完全に心を開いてくれない」

 グランエシュードが言った。

 ヒルダは惨めに思い、顔を伏せていた。

「ヒルダさん、顔を上げて、バースを見てやって。あなたが興味を無くせば、それで全ては終わってしまう」

 ウォーに言われ、ヒルダはバースの横顔を見た。フロストドラゴンは、どこ吹く風というようにこちらの深刻な相談などお構いなしの様子であった。

「バース」

 ヒルダは手を伸ばした。バースはヒルダの呼び掛けにも応じない。ヒルダはふと、誰も手綱を握っていないのを見て、試したくなった。空では手綱を握らせて貰えなかったけど、陸ならどうかしら。

 殆ど、何も考えず、手綱に手を伸ばし、握った瞬間、バースが絶叫し、頭を右へ左へ振った。

 ヒルダは手綱を握ったまま、右の床へ、左の床へ、身体を打ち付けられた。

「バース!」

「ヒルダさん、手を放して! バースは嫌がっている!」

 嫌がっている。

 ヒルダは手を放した。バースはとっとこ歩き始め、自ら自分の寝床へと戻った。

 背を二度も強打した。纏っている分厚い布鎧が無ければ、きっと背骨を折っていただろう。

 グランエシュードがバースを追い駆け、ウォーと二人きりになった。

「ケガは無いか?」

「ええ、背中が少し痛みますが」

 ヒルダは他の竜や、竜乗り、職員らがこちらから視線を外すのを見た。どうやら、一騒ぎ起こしてしまったらしい。

「ウォー殿、私はバースを諦めたくはありません。バースは私に何を求めているのでしょうか」

「それは、誇れる乗り手であるかどうかだと思う」

 ヒルダはその言葉を聴いて、以前言っていた貫禄が自分にまだまだ不足していることを思い知った。

「ガランのドラグナージークを乗せた竜。バースはそれを誇りに思っているのだろう」

 難題だ。ヒルダはドラグナージークの戦いぶりを見たことがあるが、動作に優雅さを感じていた。同時に、あんなの今の自分には無理だとも感じた。

 ふと、頭に思い浮かんだことがあった。ドラグナージークに関わらず、ウォーもグランエシュードも、竜乗り達は鉄の鎧を着込んでいる。もしや、この格好が賢いバースの誇りを傷つけているのかもしれない。

「私、強くなります。バースが誇れるような勇者になります」

 その決意を聴いたウォーは頷いた。

「それしか道は無いだろうな。竜は賢く誇り高いのが常だ」

 ヒルダはバースのもとへ歩んで行く。バースは眠っているのか、目を閉じていた。

「バース、ごめんね。こんな情けない格好の主なんて誇れないわよね」

「ヒルダ嬢はどうしようと思っているんだ?」

「とりあえず、もう少し鍛えます。鉄の鎧を着れるまで」

「しばらくバースに会うつもりはないということかな?」

 グランエシュードが更に尋ねてきた。

「今の私の姿ではバースにとっては目障りでしょうから」

「そう決めたのだな。バースの世話はワシらに任せて置けば良い」

「はい」

 ヒルダは急に身震いし、溢れて来る悔しさを我慢できず、涙を零した。

 後を追って来たらしいウォーがハンカチを差し出してくれた。

 少し泣いて、ヒルダは帰ることにした。シンヴレス皇子が同じフロストドラゴンのバジスとじゃれ合っていた。

 ヒルダは竜舎の入り口で振り返って、その光景を眺めた。

「バース、またしばらく、さようなら。必ず強くなって戻って来るから」

 ヒルダはそうして竜舎を後にした。



 2



 ヒルダは早朝から身体を動かしていた。貴族街を自らの足で駆け、庭では基礎鍛練に素振りに投擲。

「頑張っているな」

 やはり朝の九時に偽の闇騎士が訪れた。

「竜に認めて貰うために、軟弱な身体を鍛えなければなりません」

 ヒルダは師を振り返って答えた。

「それは誰でも通る道だ。自分だけが特別情けないとは思うな」

「はい」

 偽の闇騎士はそう言うと、ヒルダの足元にあるショートソードを見た。

「ダガーではないのだな」

「はい。コロッセオではショートソード未満の短剣は置いて無いので。これで練習をしようと思っています。以前通り、お相手になって下さいませんか?」

「良いだろう」

 偽の闇騎士は馬から下りると、ヒルダからラウンドシールドを受け取り、十メートルほど距離を保った。

 そうして投擲の練習が始まる。腕の力をめいいっぱい込めて、相手の顔から目を逸らさずに投げ付ける。

 偽の闇騎士が盾を下げると、彼の腹辺りに剣がぶつかった。

「腕力が足りんな。だが鍛えれば済むこと。それを貴殿は良しとするならば、近距離で正確に命中できるようにすべきかもしれぬな」

「ええ、腕は別に鍛えます。だから」

「うむ」

 偽の闇騎士は七メートルほどの位置に立った。

「いきます!」

 ヒルダはショートソードを投げ付けた。

 剣は突き刺さらず盾に当たって落ちた。だが、顔付近に命中している。この調子だ、と、ヒルダは思い、足元のショートソードを拾っては投げ付けた。

 正午、結局、一本も突き刺さらなかった上に、投擲だけで師との貴重な時間を終えてしまった。

 偽の闇騎士はサクリウス姫の護衛の任へと戻って行った。

 道に出て、その馬上の彼に、深々と頭を下げて見送るヒルダの隣で、バルトが呟いた。

「あの馬……しかし、何故」

「どうかしましたか?」

「ああ、はい。実は」

 と、バルトは口開きかけて噤んだ。

「良い馬だなと思いまして」

「そうね」

 ヒルダもかつての馬上訓練でのことを思い出して頷いた。

「昼食後、バルト、手合わせ願えるかしら?」

「私程度でよろしければ」

「お願いね」

 そうして狙ったようにヴィアが屋敷から出て来て昼食の準備が整ったことを伝えに現れたのだった。


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