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令嬢、空へ  作者: Lance
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「ウォーの来訪」

 その日、屋敷中は慌ただしかった。領主達が各領地に在住する決まりになっているイルスデンでは、この白亜の都に立つ立派な屋敷の群れをそれぞれの娘や息子、代理人などが在番することになっている。何故、こうなったか。ヒルダが生まれる前に、現皇帝と弟を派閥がそれぞれ囲み、対立するということがあった。

 結局、事情を察した弟側が帝位継承権を捨て、出奔し、ことは収まった。しかし、エリュシオン帝の怒りと恐れは凄まじく、宰相、各大臣の役目を無くし、皇帝自らがその任に就くという歴史の例にも無いことになった。ヒルダもまた父の代わりとして、この言わば別荘の管理をし、王宮と領地との橋渡し役を務めることになっている。

 リーフとヴィアが室内を箒で掃き、窓を磨き、バルトは外を塵一つ無いように言わば女中頭のリーフに念を押されて、掃き清めている。

 まだ朝の五時である。ヒルダも手伝おうとしたが、リーフに厳しく止められた。

 仕方なしに、ヒルダは庭で剣を振っていた。何もしないよりは気が紛れる。そういえば、今日は偽の闇騎士殿は来られるのだろうか。偽の闇騎士とウォーの初顔合わせになる可能性もある。おそらく、偽の闇騎士は今日は去るだろう。あれから城中を探しても偽の闇騎士は見つからず、更に広大な平民街では捜索することを諦めた。だが、一つだけ、確証に確証を得たことがある。真の闇騎士はやはりコロッセオのチャンプであることだ。ジオログは他に何か知っていそうだったが、話してはくれなかった。

 朝食を取ると、リーフとヴィアは再び清掃に戻った。広い屋敷の使わない部屋までしっかり掃除している。ヒルダが口を挟んだが、二人揃って、姉妹の様に、「油断大敵です」と、言われ、背中を押された。

 そう、ヒルダはウォーを屋敷に招待したのだ。昨日の午後、皇子殿下とサクリウス姫様の護衛として外に立っている彼にそう告げたのだ。ウォーは快諾し、昼に尋ねて来ることになっている。

 懐中時計が九時になった。だが、これまで時間きっかりに現れた偽の闇騎士が姿を現すことは無かった。ヒルダは少し心配だった。どこか体調を悪くしたのだろうか。そう案じながらバロをブラッシングしていると、平民街から流れる昼の鐘の音がさざ波の様に聴こえて来た。

 いよいよだ。ウォーに対して彼を信頼し、胸がときめくこともあった。夜会のダンス時など息がぴったりで驚いた。私にはこの人しかいない。他の貴族令嬢から行き遅れと揶揄されることもヒルダの気に障り、彼女の気持ちを充分に焦らせていた。

 外壁の向こうから馬の歩む馴染みの音が聴こえて来た。

「失礼ながら、あなたがウォー・タイグン殿でしょうか?」

 バルトの問いが聴こえ、ヒルダは慌てて駆け付けた。

「いかにも。本日は」

 と、言いかけたところで、馬から下りていたウォーがヒルダに微笑みかけた。

「バルト、対応ありがとう。ウォー・タイグン様で間違いありません」

「この度は、招待いただいてありがとうございます」

「いえ、御迷惑じゃなければ良かったですが」

「迷惑などありませんよ。任務の方は他の屈強な同僚に頼みましたから」

 強い風が吹き、ウォーの艶やかな緑色の長い髪を弄ぶ。

「どうぞ、家の中へ。バルト、ウォー殿の馬をお願いね」

「はい、お嬢様。しかし、この馬は……」

 バルトの訝しむ声は最後まで聴き取れなかった。

 屋敷の玄関口で、リーフとヴィアが、スカートの裾をつまんで会釈をした。

「お客様、ようこそいらっしゃいました。日頃からお嬢様と親しくしていただいてありがとうございます」

 リーフが言った。

「私の方こそ、ヒルダ殿には親しくして貰っている。こちらこそ、礼を言いたいぐらいだ」

「そ、そんなことは」

 ヒルダが言いかけると、ウォーは真面目な顔でこちらを向き、一礼した。

「ヒルダ殿、日頃から、こんな無骨物と仲良くしていただいてありがとうございます」

「あ、頭を上げてください! ウォー殿は、無骨物ではありませんよ!」

 ヒルダは慌ててそう言った。

「あの、これは当屋敷の女中であるリーフとヴィアです。門番の名は」

 と、言いかけたところでヴィアが割り込んだ。

「さぁ、玄関口では何ですからどうぞ、居間へ」

「では、失礼いたします」

 ヴィアの案内にウォーが続いて行く。

「昼食の方は任せてください。さぁ、お嬢様も行って」

 リーフに言われ、ヒルダは多少の緊張を覚えながら居間へと足を運んだ。

 ウォーはクッションのようなソファーに座っていた。対座する位置にヒルダは腰を下ろした。

 ヒルダの頭の中は真っ白だった。何を話せばいいのだろうか。

「ヒルダ殿、腕の筋肉がついたな。あまり鍛えすぎてドレスの袖が通らないということにならねば良いが」

 ヒルダは不動の鬼を思い出していた。筋肉のせいで袖の無い服を着ていることがある。

「でも、そのぐらいにならなければコロッセオでは這い上がれないかもしれません」

「コロッセオの空気には慣れましたか?」

「ええ、観衆の声、刃は無いですが木剣の打ち合う音、一度だけ二回戦へ進みましたが、後は今のところ初戦敗退です」

 ウォーは笑顔だが笑わなかった。

「それでも、段々と戦士の顔つきになってきたと思いますよ。日頃からの剣の腕も上達しておりますし」

「バースは受け入れてくれるでしょうか? このままだと誰が主人なのか分からなくなってしまいませんか?」

 ヒルダは思わず不安を吐露した。

「正直言うと、その心配はありますね」

「やっぱり」

「まぁ、それでももう少し頑張ってみてください。心配いりません、威厳は出てますよ」

「い、威厳?」

 ヒルダは思わず問い返した。脳裏に威厳と言えば、と、不動の鬼や、城の料理長ジオログ、コロッセオの猛者達の顔が映った。

「私、男っぽいでしょうか?」

「竜に憧れる時点で、そうでしょうね」

「そうですか」

 ヒルダがガッカリすると、ウォーは少し気を遣うように笑いながら言った。

「女性の竜乗りならサクリウス姫がいらっしゃる。一流の戦士で竜乗りながらお美しいではありませんか。ヒルダ殿もそういう頼もしい美しさが出て来たのだと思いますよ」

 サクリウス姫は確かに帝国と王国が争っている時に、よく名を聴いた竜乗りであり、希少種であるアメジストドラゴンを乗りこなしている。片目を眼帯で覆いながらも、シンヴレス皇子が伴侶に選んだように、優しい気性も充分に持ち合わせていた。

「サクリウス姫のようになりたいですね」

「なれますよ」

 ウォーが言ったところで、リーフの声がした。

「昼食の準備が整いました。どうぞこちらへいらして下さい」

「さぁ、参りましょう」

 ウォーが立ち上がり手を差し伸べた。ヒルダはその手を掴みソファーから立ち上がったのであった。

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