「ウォーへの思い」
まずは軽やかな音楽が奏でられ会場では異性を見付けられた令嬢達がそれぞれ向かい合って、ダンスを始めた。
ヒルダも嗜みとして、役目としてダンスを学んでいたが、披露するのは久しぶりであった。なのにも関わらず、彼女はウォーと息を合わせて踊ることが出来ている。
ヒルダが驚いていると、ウォーが青い空のような目をウインクした。
そこでヒルダも遠慮は要らないのだと思い、二人は曲ほど軽やかでは無く、派手に、互いに積極的に踊った。ヒルダの右手を握るウォーの手はガントレットではなく生身であった。温かさが身体中に伝わって来る。周りでは令嬢や騎士、貴族の息子らが、踊りながらもウォーとヒルダから目が離せない様子であった。
曲の雰囲気が激しいものになると、二人も動きを更に大胆に軽快に舞った。ウォーの目を見詰め、ヒルダは彼がここまで心強い人だとは思わなかった。という、感想を抱き、激しいダンスのためか、心臓の鼓動が早くなるのが聴こえて来るようだった。
曲が緩やかなものになると、二人も、動きを合わせた。そうして締めの曲になる。
十五分踊った。踊り切った他のカップルも見事とは言えるが、息一つ乱していないのはウォーとヒルダの組だけだった。
「女性への誉め言葉としては不適切かもしれないが、ヒルダさん、逞しくなったな」
「色々な方が私を鍛えてくれたからです」
「ダンスと、トレーニングならどちらが好きだい?」
その問いに対する答えはこうだ。ウォーと踊るのならダンスの方が好きだ。
「どちらも好きです」
「ヒルダさんなら他の異性達も歓迎するだろうね」
「それはウォーさんも同じでは」
ヒルダは、令嬢達が向けるウォーへの熱い視線を見てそう言った。
「どうかな」
ウォーは軽く笑うとゆっくり手を放した。
「それじゃあ、サクリウス姫様達の様子を見て来るよ」
「分かりました。お相手ありがとうございました」
ウォーは軽く手を振って会場の端へと姿を消した。
女達の嫉妬の視線を受けながらヒルダはこれで今日の夜会は遠慮しようと思った。
だが、貴族の息子達が待ち構えていたように自分の相手に見向きもせず次々こちらへ歩み寄ってきた。
女達の嫉妬と悲しみの視線は全てヒルダ一人に注がれているのを知っていた。
ユシュタリア侯爵の娘だとはおそらく彼らは分かっていない。差別をする気は無いが、自分の相手を務めた異性をあっさり手放す態度にヒルダは呆れ、少し憤りを覚えていた。
持ちかけられるダンスにお茶会の誘いもヒルダは丁寧に断り、逃げるように、いや、挑むように会場の外へと抜け出した。竜乗りという荒事をしているウォーの方がまだまだずっと紳士だったとヒルダは思っていた。
外に出ようとすると、名を呼ばれた。
そこにはガウンを羽織ったカーラが立っていた。
「カーラさん、しばらくぶりです」
「ヒルダさんが元気そうで安心したわ。見ていたわよ、あの見事なダンス」
「相手の方が勇気をくれたのです」
「ウォーね。軽薄そうだけどそんな男じゃないのよね。ヒルダさんに相応しいわ」
そう言われ、ヒルダは身体が熱くなった。
「そんな、私なんて」
カーラがかぶりを振る。
「自信を持って。人の一生はあっという間よ。出会いこそ遅かったけれど、お互いに勇気が無かったから私と旦那は遅い結婚になってしまったもの。ヒルダさんさえ良ければウォーに話しを持って行くけど」
心の準備の出来ていないヒルダだが、人の手を借りようとは思わなかった。
「ウォー殿は確かに素晴らしい方です。もし、私が好きになったら、その時は自分で告白します」
「分かったわ。世の中、良い異性はウォーだけじゃないものね。でも、恋人と空を飛べるなんてロマンチックじゃない?」
「それは、そう思います」
ヒルダが肯定するとカーラは軽く笑い声を漏らした。
「まぁ、ヒルダさんにはやることが今はいっぱいあるものね。コロッセオにも通ってるそうじゃない?」
「はい、腕試しにですが、一回戦敗退ばかりですけど」
「ヒルダさんが、歴戦の猛者達を下す姿をいつかは見て見たいわね。私もこのお腹の子を産んだらコロッセオに参加しようと思ってるの。だから、それまでに三回戦ぐらいまでは踏ん張れるように、まずは頑張って」
「はい!」
カーラは今でも師だ。ヒルダはそう思っている。期待を寄せられるのは迷惑だが、カーラや偽の闇騎士からの期待だけは邪魔では無く、むしろ闘魂を燃やしてくれた。
「それじゃあ、またね。時々会いに来てくれると嬉しいわ」
「私で良ければ」
ヒルダが言うと、カーラは頷いて背を向けて薄暗い回廊を歩んで行った。
さぁ、帰るか。役目は果たしたし、ウォーと踊れて、カーラと出会え、それだけで今日は満足だ。後は屋敷で自己研鑽に励むとしよう。
再び曲が流れ、ダンスが始まっていたが、踊る者達は男女ともにぎこちなかった。ヒルダは、会場の隅を歩んで行ったが、そんな彼らの色々な思いの視線が絡まって来るのを感じた。
視線がリボンのように見えたなら剣で一刀にしてやりたいものだわ。
ヒルダはそう思いながら会場を、城を後にした。
2
屋敷に戻るとまずは門番のバルトが勿論声を掛けて来た。
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいま、バルト」
ヒルダはバロの背から下り、手綱を引いて厩舎に連れて行った。
そうして屋敷に入ると、煌々と蝋燭が照らすのは居間だけであった。リーフとヴィアが居るのだろう。
「ただいま」
ヒルダが言うと、リーフとヴィアは席から立ち上がった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
リーフとヴィアが声を揃えて言った。
「それでお嬢様、ステキな方と出会えましたか?」
ヴィアが問い、リーフがその脇腹を肘で小突いた。
「出会えたわよ」
「何処の家の、どんな方ですか?」
今度はリーフが身を乗り出し、静かだが殺気立った剣幕で尋ねてきた。
いつまでも、私が相手を見付けないと、この二人も動けないわよね。何せ、リーフもヴィアも義理堅かった。主人より先に相手を娶るということをきっと良しとしないだろう。なのでヒルダは知っていることだけを話した。
「何処の家の方かはわからないけど、べリエル王国の竜乗りの方よ。私より少し年上かしらね」
リーフとヴィアが嬉しそうに頷き合った。
「竜乗りは騎士と対等な家柄でございます」
リーフが落ち着きを取り戻そうとする様子を見せながらゆっくり真剣に述べた。
「ダンスはなさったのですか?」
今度はヴィアが問う。
「ええ」
「足を踏まれたりしませんでした?」
「いいえ、お陰で立派なダンスを披露することが出来ました」
そう答えると、リーフとヴィアは手を取り合ってガッツポーズをした。
「お嬢様、今度、その方を屋敷にお招きなさってください」
リーフが言い、ヒルダは驚いていた。ウォーを招いて食事をするのは良いが、間が持つかどうかが不安だった。ヒルダはあまり喋らない方だからだ。
曖昧に答えようとした時、男の声が割り込んだ。
「お二方、今日はそのぐらいにして下さい。お嬢様は大役を果たして帰宅してきたのですから」
ヒルダは分かっていたが、居間の入り口にバルトが立っていてそう言った。
「もう、バルト殿」
ヴィアが少し怒って述べた。
「お風呂の準備をして参ります」
リーフはそう言って姿を消した。
ウォーを家に招待する。彼とは自分の呼吸で物事が進められる気がする。何回かときめきだって覚えた。家のためにも私も少し結婚を視野に入れて置くべきだろう。
ヒルダはそう思い、ドレスから着替えるために部屋へと向かう。ヴィアが慌てて手伝いに続いてきた。
「ヴィア、あなた達の言う通り、今度、その方を家に招いて見ようと思います」
すると燭台を持ったヴィアが笑顔で頷いた。
「そうなさってください。旦那様に代わって私達が見極めますから」
女中からの答えにヒルダは思わず苦笑いを浮かべた。




