表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導かれる者  作者: タコヤキ
第四章:移動
34/145

第三十四話:ターゲット

第四章は奇数日の十二時に投稿します。

「……どうして、こうなった?」

 カークは何度目かの自問を繰り返す。

「まあ、自業自得か……」

 そして、直ぐに諦めた。


 日曜礼拝のために教会を訪れたカークは、孤児院の子供達へお菓子を差し入れた。これと言って特徴のない妙齢のシスターへ挨拶をすると、いつの間にか子供達の相手をすることになっていたのだ。




 最初は男の子達と遊ぶ。

 以前に治療してもらった経験を持つ子供達は、厳つい見た目のカークに慣れている。とても懐いていたのだ。


 一人の少年がカークの元を訪れた。いきなり構えて右の正拳突きを放つ。

 カーン!

「イテェーッ!」

 金属音の直ぐ後で、少年が悲鳴を上げた。彼の体格では丁度カークの股間の高さだったのだ。

「なんでそんなに硬いんだよ」

 涙目の少年が文句を言う。


「大人になれば分かる」

 カークは努めて冷静に答えた。

「君も男なら、答えは自分で見つけろ」

 ジョック・ストラップが、初めて仕事をしたのだ。




「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 今は女の子達とオママゴトをしている。胡座をかいたカークの両肩には幼女がよじ登っており、一人は肩車をしていた。

 オママゴトには木の実や葉っぱ、小石や砂までもが代用されている。しかし、木を削って作られた小型の食器が、幾つか使われていた。手先の器用な男の子が居て、彼が作ってくれたらしい。

 彼は一年前に家具職人の元へ丁稚奉公に行ってしまったので、今では新作が補充されることはない。だから、とても大切に扱われていた。




 日曜日は休日で、子供達は勉強を免除されている。普段は読み書き計算を習っているのだが、今日は遊んでいられるのだ。

 それでも掃除、洗濯、炊事といった日常業務は無くならない。当然のようにカークも手伝わされた。


 昼食を終え皆で協力して後片付けが済むと、年少組は昼寝の時間だ。年長組は干してあった洗濯物を取り入れてから、綺麗に畳んで収納する。

 カークの仕事はそこまでだ。


「皆がとても喜んでいました。本当にありがとうございます」

 妙齢のシスターに感謝されたが、何故か金貨一枚を寄付することになった。

(半日ボランティアの上に、寄付までさせられた。俺では到底、彼女に敵わないぞ)

 子供達に合わせた昼食が少なかったので、カークは屋台を目指すことにしたのだ。

(フェアリーや紋白蝶も喜んでいたが、子供達の中には<見える人>が居なかったな)

 少し残念に思った。




(これはまた、ストレートな悪意だぞ)

 教会を出たカークを、直接的な感情が襲う。

(反射した俺が、ここまで感じるんだ。跳ね返された相手は、どんなダメージを負うのだろうか?)

 彼は振り向きもせずに歩き始めた。



◇◇◇



 昼時を過ぎた露店街は閑散としており、営業中の屋台も少ない。謎肉の串焼きとレモネードを購入したカークは、近くの公園にあるベンチへ座って食べた。

 隣のベンチでは商人風の男が二人、何やら真剣に話し込んでいる。


『遠距離から狙ってイマス』

 レモネードを飲み干した時に、慌てたフェアリーが教えてくれた。

『三方向からデスヨ』

 悪意が反射されない距離と、町中での襲撃を躊躇わない相手に怒りが湧く。


『私に任せてー』

 突然、間延びした声が聞こえる。

『魔力が増えたでしょー』

 頭上からだ。

『だから大丈夫よー』

 まさかの紋白蝶だった。

『始めるわー』

 その言葉の直後に、カークの周囲で空間が揺らぐ。


 カークが座るベンチの左右上方からは弓矢が、そして背後の高い位置からはファイヤーボールが射出された。弓矢のどちらかを避けても、ファイヤーボールが当たる軌道だ。

 カークは動かずに居る。だが、その身体は陽炎に包まれていた。


 弓矢を放った一人は後頭部を射られて即死。もう一人は背中から心臓を貫かれる。少しの差はあったが、ほぼ同時に死亡した。

 ファイヤーボールの魔法を放った者は、その攻撃を背後からまともに喰らう。瞬く間に全身が燃え上がった。

 三人ともに自分が放った攻撃を受けたのだ。


(何が起きた?)

 呆然とカークは空を見上げる。

『反転ですよー』

 紋白蝶が答えた。

『私の<ゾーン>に触れるとー』

 もどかしい。

『相手の背後に転移するのー』

 理解できなかった。


『前はねー』

 まだ続いている。

『私の存在と引き換えー』

 謎は深まるばかりだ。

『今はねー』

 どうなる?

『一晩で戻れるのー』

 そう告げると光の粒子となり、カークの胸に吸い込まれていった。

『ここで休ませてー』

 心臓を包むような存在を感じる。

『魔力に浸れるのー』

 その後は静かになった。


『凄いデスネ! 知りませんデシタ!』

 フェアリーはふよふよと浮いている。




 三人の狙撃犯は、普段から人気のない建物の屋上に陣取っていた。道行く人々も上は気にしない。ファイヤーボールで焼け死んだ者を含めて、誰にも気付かれなかったのだ。



◇◇◇



(さて、どうする?)

 トラベラーズ・インに戻ったカークは、備え付けのデスクへ肘をついて考えた。

(俺は刺客に狙われたが、紋白蝶の特殊能力で助けられたんだ)

 その特殊能力とは、カークの周囲へ半径二メートルの<ゾーン>を発生させて、そこへ届いた攻撃を相手の背後二メートルに転送する。


 ファイヤーボールを放った相手は、カークに着弾する直前で魔法が消え、次の瞬間には自分の背後からそれを喰らうのだ。弓矢も同様の結果を迎える。


(魔力の消費量が多く、紋白蝶の存在と引き換えに行使される魔法らしい)

 しかし魔力が三倍に増えたカークと繋がっていれば、一晩で回復できるのだ。

(防御における、取って置きの切り札だな)

 カークに実感はないが、今回の襲撃の危険度はワイバーンに匹敵していた。


(俺の存在自体が狙われているのか、それもとこの町から追い出したいのか)

 色々な要素を考慮する。

(ニコラスの話によると、教会の武闘派が絡んでいるのは間違いない)

 猫背のシスター・メリィが目に浮かんだ。

(どちらにしても、帝都を目指そう)

 武器や防具などの装備も充実したし、ワイバーンの魔石をオークションに出品する予定もある。

(明日は商人組合の事務所に寄って、帝都までのルートを決めるぞ)

 これから夏を迎えるのに、わざわざ南方へ向かって移動するのだ。それなりの対策が必要である。



◇◇◇



「クソッ!」

 青白い顔の男が舌打ちした。

「アイツはただの<治療士の商人>じゃあなかったのかよ!」

 まだ二十代半ばだが、高位の司祭だ。


「何故、誰も報告に来ない?」

 夕食を終えて個室に戻り、手配の者からの報告が無いことに腹を立てていた。薬草の村の近くで発見された古代人の霊廟を暴き、アーク・リッチの復活を画策したのはこの男だ。

 その計画をシスター・メリィに潰されてしまう。苦労して調べた結果、アーク・リッチを倒したメンバーの名前を突き止めたのだ。その中で一番弱そうな若い男を、誘拐のターゲットにした。脅迫という交渉のネタにするためである。


 しかし今日の午後には、ターゲットの男を拉致しようとして失敗している。そして、偶然に逗留していたアサシンのトリオへ、その事態を知られてしまったのだ。


「任せろ」

 リーダーの魔法使いが言った。

「誰にも見つけられない」

 彼等は最近とみに名を上げている。配慮に欠けるきらいはあるが、すこぶる暗殺の腕は良い。機嫌が悪かった青白い顔の男は、怒りに任せて暗殺を依頼してしまったのだ。


 実際にアサシンのトリオは能力が高く、ターゲットを捕捉すると直ぐに作戦を実行した。物理と魔法の両面攻撃は、これまで失敗したことがない。

 しかし彼等は自分達の腕を、自ら体験してしまう。


 初夏の暑い気候は腐敗を促進した。弓矢の二人が隠れていた建物の屋上に、大量のカラスが群がっていることを不審に思った家主は、調査の結果、射殺された遺体を発見する。毒矢だ。

 離れた二箇所で同時に見つかった変死体は、警備兵を悩ませる事件となった。


 もう一人、魔法使いの焼死体は骨になっていたので、かなり発見が遅れる。季節が巡り、年末の大掃除まで放置されていたのだ。


 屋上の変死体は夏の二件と関連付けられたが、何の手掛かりも得られず迷宮入りした。失敗してもクライアントへ繋がる証拠を残さない、アサシントリオの完璧な仕事である。



◇◇◇



『船旅も良さそうデスネ』

 フェアリーが提案した。

『楽しみだわー』

 紋白蝶も復活している。

 カークはまだ決めかねていた。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ