第三十四話:ターゲット
第四章は奇数日の十二時に投稿します。
「……どうして、こうなった?」
カークは何度目かの自問を繰り返す。
「まあ、自業自得か……」
そして、直ぐに諦めた。
日曜礼拝のために教会を訪れたカークは、孤児院の子供達へお菓子を差し入れた。これと言って特徴のない妙齢のシスターへ挨拶をすると、いつの間にか子供達の相手をすることになっていたのだ。
最初は男の子達と遊ぶ。
以前に治療してもらった経験を持つ子供達は、厳つい見た目のカークに慣れている。とても懐いていたのだ。
一人の少年がカークの元を訪れた。いきなり構えて右の正拳突きを放つ。
カーン!
「イテェーッ!」
金属音の直ぐ後で、少年が悲鳴を上げた。彼の体格では丁度カークの股間の高さだったのだ。
「なんでそんなに硬いんだよ」
涙目の少年が文句を言う。
「大人になれば分かる」
カークは努めて冷静に答えた。
「君も男なら、答えは自分で見つけろ」
ジョック・ストラップが、初めて仕事をしたのだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
今は女の子達とオママゴトをしている。胡座をかいたカークの両肩には幼女がよじ登っており、一人は肩車をしていた。
オママゴトには木の実や葉っぱ、小石や砂までもが代用されている。しかし、木を削って作られた小型の食器が、幾つか使われていた。手先の器用な男の子が居て、彼が作ってくれたらしい。
彼は一年前に家具職人の元へ丁稚奉公に行ってしまったので、今では新作が補充されることはない。だから、とても大切に扱われていた。
日曜日は休日で、子供達は勉強を免除されている。普段は読み書き計算を習っているのだが、今日は遊んでいられるのだ。
それでも掃除、洗濯、炊事といった日常業務は無くならない。当然のようにカークも手伝わされた。
昼食を終え皆で協力して後片付けが済むと、年少組は昼寝の時間だ。年長組は干してあった洗濯物を取り入れてから、綺麗に畳んで収納する。
カークの仕事はそこまでだ。
「皆がとても喜んでいました。本当にありがとうございます」
妙齢のシスターに感謝されたが、何故か金貨一枚を寄付することになった。
(半日ボランティアの上に、寄付までさせられた。俺では到底、彼女に敵わないぞ)
子供達に合わせた昼食が少なかったので、カークは屋台を目指すことにしたのだ。
(フェアリーや紋白蝶も喜んでいたが、子供達の中には<見える人>が居なかったな)
少し残念に思った。
(これはまた、ストレートな悪意だぞ)
教会を出たカークを、直接的な感情が襲う。
(反射した俺が、ここまで感じるんだ。跳ね返された相手は、どんなダメージを負うのだろうか?)
彼は振り向きもせずに歩き始めた。
◇◇◇
昼時を過ぎた露店街は閑散としており、営業中の屋台も少ない。謎肉の串焼きとレモネードを購入したカークは、近くの公園にあるベンチへ座って食べた。
隣のベンチでは商人風の男が二人、何やら真剣に話し込んでいる。
『遠距離から狙ってイマス』
レモネードを飲み干した時に、慌てたフェアリーが教えてくれた。
『三方向からデスヨ』
悪意が反射されない距離と、町中での襲撃を躊躇わない相手に怒りが湧く。
『私に任せてー』
突然、間延びした声が聞こえる。
『魔力が増えたでしょー』
頭上からだ。
『だから大丈夫よー』
まさかの紋白蝶だった。
『始めるわー』
その言葉の直後に、カークの周囲で空間が揺らぐ。
カークが座るベンチの左右上方からは弓矢が、そして背後の高い位置からはファイヤーボールが射出された。弓矢のどちらかを避けても、ファイヤーボールが当たる軌道だ。
カークは動かずに居る。だが、その身体は陽炎に包まれていた。
弓矢を放った一人は後頭部を射られて即死。もう一人は背中から心臓を貫かれる。少しの差はあったが、ほぼ同時に死亡した。
ファイヤーボールの魔法を放った者は、その攻撃を背後からまともに喰らう。瞬く間に全身が燃え上がった。
三人ともに自分が放った攻撃を受けたのだ。
(何が起きた?)
呆然とカークは空を見上げる。
『反転ですよー』
紋白蝶が答えた。
『私の<ゾーン>に触れるとー』
もどかしい。
『相手の背後に転移するのー』
理解できなかった。
『前はねー』
まだ続いている。
『私の存在と引き換えー』
謎は深まるばかりだ。
『今はねー』
どうなる?
『一晩で戻れるのー』
そう告げると光の粒子となり、カークの胸に吸い込まれていった。
『ここで休ませてー』
心臓を包むような存在を感じる。
『魔力に浸れるのー』
その後は静かになった。
『凄いデスネ! 知りませんデシタ!』
フェアリーはふよふよと浮いている。
三人の狙撃犯は、普段から人気のない建物の屋上に陣取っていた。道行く人々も上は気にしない。ファイヤーボールで焼け死んだ者を含めて、誰にも気付かれなかったのだ。
◇◇◇
(さて、どうする?)
トラベラーズ・インに戻ったカークは、備え付けのデスクへ肘をついて考えた。
(俺は刺客に狙われたが、紋白蝶の特殊能力で助けられたんだ)
その特殊能力とは、カークの周囲へ半径二メートルの<ゾーン>を発生させて、そこへ届いた攻撃を相手の背後二メートルに転送する。
ファイヤーボールを放った相手は、カークに着弾する直前で魔法が消え、次の瞬間には自分の背後からそれを喰らうのだ。弓矢も同様の結果を迎える。
(魔力の消費量が多く、紋白蝶の存在と引き換えに行使される魔法らしい)
しかし魔力が三倍に増えたカークと繋がっていれば、一晩で回復できるのだ。
(防御における、取って置きの切り札だな)
カークに実感はないが、今回の襲撃の危険度はワイバーンに匹敵していた。
(俺の存在自体が狙われているのか、それもとこの町から追い出したいのか)
色々な要素を考慮する。
(ニコラスの話によると、教会の武闘派が絡んでいるのは間違いない)
猫背のシスター・メリィが目に浮かんだ。
(どちらにしても、帝都を目指そう)
武器や防具などの装備も充実したし、ワイバーンの魔石をオークションに出品する予定もある。
(明日は商人組合の事務所に寄って、帝都までのルートを決めるぞ)
これから夏を迎えるのに、わざわざ南方へ向かって移動するのだ。それなりの対策が必要である。
◇◇◇
「クソッ!」
青白い顔の男が舌打ちした。
「アイツはただの<治療士の商人>じゃあなかったのかよ!」
まだ二十代半ばだが、高位の司祭だ。
「何故、誰も報告に来ない?」
夕食を終えて個室に戻り、手配の者からの報告が無いことに腹を立てていた。薬草の村の近くで発見された古代人の霊廟を暴き、アーク・リッチの復活を画策したのはこの男だ。
その計画をシスター・メリィに潰されてしまう。苦労して調べた結果、アーク・リッチを倒したメンバーの名前を突き止めたのだ。その中で一番弱そうな若い男を、誘拐のターゲットにした。脅迫という交渉のネタにするためである。
しかし今日の午後には、ターゲットの男を拉致しようとして失敗している。そして、偶然に逗留していたアサシンのトリオへ、その事態を知られてしまったのだ。
「任せろ」
リーダーの魔法使いが言った。
「誰にも見つけられない」
彼等は最近とみに名を上げている。配慮に欠けるきらいはあるが、すこぶる暗殺の腕は良い。機嫌が悪かった青白い顔の男は、怒りに任せて暗殺を依頼してしまったのだ。
実際にアサシンのトリオは能力が高く、ターゲットを捕捉すると直ぐに作戦を実行した。物理と魔法の両面攻撃は、これまで失敗したことがない。
しかし彼等は自分達の腕を、自ら体験してしまう。
初夏の暑い気候は腐敗を促進した。弓矢の二人が隠れていた建物の屋上に、大量のカラスが群がっていることを不審に思った家主は、調査の結果、射殺された遺体を発見する。毒矢だ。
離れた二箇所で同時に見つかった変死体は、警備兵を悩ませる事件となった。
もう一人、魔法使いの焼死体は骨になっていたので、かなり発見が遅れる。季節が巡り、年末の大掃除まで放置されていたのだ。
屋上の変死体は夏の二件と関連付けられたが、何の手掛かりも得られず迷宮入りした。失敗してもクライアントへ繋がる証拠を残さない、アサシントリオの完璧な仕事である。
◇◇◇
『船旅も良さそうデスネ』
フェアリーが提案した。
『楽しみだわー』
紋白蝶も復活している。
カークはまだ決めかねていた。
続く




