第三十三話:行きずり
第四章は奇数日の十二時に投稿します。
(そうか、三月も終わりなんだな)
賑やかになった町を歩き、カークは季節の変わり目を感じていた。
(今週はカーニバルだぞ)
町の広場には普段よりも多くの商人や、旅芸人達が集まっている。
農業大国である帝国は、カレンダーも農耕行事に深く関連していた。三ヶ月毎に四季が移り変わり、春とともに一年の始まりを迎える。
一週間は七日あり、四週間で一ヶ月だ。但し、各季節の最終月は大の月で五週間ある。春の終わりである三月は、種蒔きや苗植えなど田畑の準備を終えた農家が一週間の休暇を楽しむのだ。
(どんな商売があるのか、リサーチしよう)
カークは独立したばかりのソロの旅商人である。
◇◇◇
(警備員が目立つな)
臨時で雇われた傭兵達が、揃いの兜とサーコートを身に付けていた。青と白の縦縞模様が、体格の良さも相まって目立っている。
(客の大半が農夫だから、町に慣れていない。そんな彼等をスリ等の犯罪から護っているのか)
元より厳つい見た目の傭兵だ。そんな男達が、刺股と呼ばれるU字型の金具が先端に付いた長い棒を持っている。警備員として公的権力を得たとあっては、後ろめたい者達は敬遠していた。
「おい、お前」
人混みの中、カークの背後で声がする。
「良い帽子を被っているな。俺にくれよ」
振り向くと、貴族らしく身形の良い若者が、農夫と分かる少年に絡んでいた。
「代わりにコレをやるから」
自分が被っている帽子を脱いだ。大きな三角眉と鷲鼻が目立つ。
「お前の方が似合いそうだからな」
地味だが見るからに造りの良い帽子は、明らかに釣り合いが取れていない交換である。しかし貴族の若者はご機嫌だった。
「これなら、お忍びだとバレないだろう?」
周囲を警護している四人の男達へ、無邪気に同意を求めている。カークと同年代に見えるが、色々と残念な若者だ。
彼等が去った後に、地元の者が農家の少年へ事情を説明した。彼は納得すると、帽子を大切に鞄へ仕舞い込んだ。
鷲鼻の若者は、ここグレート・クリフの領主の跡取り息子である。いづれ自分が統治する町のことを隅々まで知っておきたい、という希望を持っていた。そして、それを実行しているのだ。
貴族の坊っちゃんらしい抜けた処はあるが、表裏のない明るい性格は町の皆から愛されていた。
(あれは、雑技団か)
一際賑やかな人集りへ足を運ぶ。
(ほう、凄いな)
幾つかのステージが設置され、それぞれが順番に演技を披露していた。
「うニャッ!」
小柄な三毛猫娘が、段違い平行棒を自在に駆け巡っている。クルクルと前転したかと思うと、違う棒へ飛び移り逆上がりに変わった。
背中が大きく開いたレオタードだ。後頭部からウナジを通って肩甲骨の間まで、綺麗に揃えられた三毛が美しい。お尻から生えた長い尻尾は、動きに合わせて曲がったり伸びたりしている。丸いお椀形の両胸は、先端のポッチが動きを表していた。
「オオーッ!」
最後には尻尾だけでぶら下がり、観客へ向けて笑顔で両手を振る。殆んどが若い男の大歓声が上がり、次々と硬貨が投げ入れられる。ステージの手前に置かれた大きな箱は、チャリチャリと良い音を鳴らしていた。
カークも金貨を一枚投げる。
ステージ上で愛想を振り撒く三毛猫娘と、一瞬だが視線が交差した。
『今夜だニャ』
空耳ではない、と確信する。
「この俺様と腕試しをする、勇気を持った奴はいないのか!?」
隣のステージでは、チャレンジ・アームレスリングが開催されていた。大きなピットブル系の犬獣人が、大声で参加者を募っている。
「俺がやるぞ」
若い熊獣人の少年が手を上げた。日焼けした肌と逞しい身体は、まさに農夫だ
「挑戦権は銀貨一枚よ」
アシスタントの乳牛娘が、銀貨とチケットを交換している。
「俺様に勝てば、賞金は金貨一枚だぜ」
ピットブルが煽った。
「制限時間は、この砂時計が落ちるまでよ。引き分けは敗けと同じ判定ね」
審判を務めるのは乳牛娘だ。ヒラヒラした薄い生地のワンピースを着ているが、透けた奥に深い谷間が見え隠れしていた。
「レディ……ゴー!」
彼女の掛け声で試合が始まる。
「タイムオーバー!」
良い勝負をしていたが、結局は時間切れで引き分けに終わった。
「次は俺だ!」
仲間であろう、もう一人の熊獣人が手を上げる。
「ウオォーッ!」
今度はピットブルが敗れた。
「連戦で疲れていたんだ」
言い訳をしながらも、勝者を称える。
「賞金の金貨一枚です」
乳牛娘が高く掲げた。大勢の観客が拍手で迎えると、勝った少年が照れてしまう。
「お前と俺で勝ったんだ。この賞金は二人で山分けにしよう」
大声で宣言した少年に、更なる拍手が沸き起こる。その賞金も、このカーニバルで消費されるのだろう。
「俺も挑戦したい」
カークが手を上げた。
「おう、どんとこい」
ピットブルは安請け合いする。賞金のやり取りで休憩時間を稼げたのだ。
「レディ……ゴー!」
カークのチャレンジ・アームレスリングが始まる。
(凄い、赤鬼のチャハンと同じ強さだ)
腕に全力を込めたカークは舌を巻く。
(そして、やはり肘を痛めているぞ)
魔力を循環させて対抗しながら、こっそりと診た。
(ばれずに治療してやろう)
二十パーセントの身体強化で均衡を保ちながら、対戦中のピットブルへ治療魔法を掛けてゆく。完治した相手は更に力を増し、五十パーセントまで強化した。
「タイムオーバー!」
砂時計は約一分間だ。
アームレスリングと共に治療魔法を並列していたカークは、身体よりも精神的に疲労していた。汗を拭いて溜め息をつく。
「良い勝負だったな」
ピットブルが握手を求めてきた。
「ありがとうございました」
本心から疲れた顔でカークは応じる。
引き分け、負け、引き分け、と続いたのを見た多くの観客は、我も我もとこぞって参加した。しかし、万全の体調を取り戻したピットブルは、驚異の十人抜きをやり遂げたのだ。
十一人目で勝ちを譲ったのは、流石にエンターティナーである。
ニコラスに貰った指環が効力を発揮した。人混みに紛れて近付くスリの気配を察知し、事前に回避することができたのだ。
『止めておけ』
テレパシーで伝えると、皆が怯えて逃げた。
『皆の商売が上手く行っている。これはとても良いことだな』
突然、カークの心へ声が届いた。
『俺は知っているぜ。皆が納めてくれた税金から、父上の給料が支払われているんだ』
貴族の若者が喧騒から離れてベンチに座り、皆の楽しむ姿を見ている。無意識の内にテレパシーが繋がってしまったのだ。
『俺はこの町の皆に、これまで育ててもらった。いや、今でもそうだ』
歓喜と決意が漏れている。
『皆が安心して商売を続けられるように、俺にできることは何でもやってやろう』
彼の強い感情が、カークに伝わってきた。
(これがカリスマなのか)
カークは納得する。
その後もスリを警戒して気配を消し、隠密行動でカーニバルを楽しんだ。
◇◇◇
「お待たせニャ」
夕暮れ時に雑技団のステージを訪れたカークは、そこで待っていた三毛猫娘に出迎えられた。
「きっと来てくれると、分かっていたニャ」
小柄な彼女は、巧みに彼の左腕へ絡み付く。今はレオタードではなく、裾の長い七分袖のシャツを着ていた。形が浮き出ているので、下にホットパンツを履いているのは分かるが、外からは生足しか見えないのでドキドキが押さえられない。
「門限だなんて、どこのお嬢様だよ」
不満を述べる貴族の若者だが、警護の四人に連れて行かれてしまう。その姿をカーク達は静かに見送った。
三毛猫娘に腕を組んでもらいながら、彼女がお薦めの屋台を訪れる。肉料理の専門店だ。
「チーズ入り鶏ササミのフライが一番ニャ」
彼女のお気に入りらしい。カークも気に入った。
「軟骨入りのミートボールも、忘れてはいけないニャ」
彼女は小柄だが良く食べる。激しく身体を動かす演技をしているから、大量にエネルギー補給が欠かせないのだろう。それでも量はカークの半分である。
「これも食べるニャ」
大皿からトングで料理を取り分けてくれるのだが、大きく開いた七分袖から中が覗けてしまう。彼女の戦術にまんまと嵌まるカークだった。
雑技団は様々な地方を巡回しており、豊富な話題でカークの知らないことを教えてくれる。人当たりの良い三毛猫娘は、とても会話が上手だった。
「朝までなら、金貨三枚だニャ」
会話と料理を楽しみデザートのフルーツを待っていると、三毛猫娘は静かに囁く。カークは無言で頷いた。ここまでの会話で、それとなく仄めかされていたのだ。
「ウチの小屋でニャ」
一番安全らしい。
屋台ではカークが全て支払う。
彼女の小屋には、レオタードが干されていた。綺麗に洗濯され裏側を向けて吊るされていたが、丸い二つの球が仕込まれていることに気付く。カークはプロの演出に感心した。
「人種が違うと、危険性は低くなるニャ」
そして、彼女はプロの技も披露する。自分の体重を支える程に強い尻尾が、思いもよらない攻撃を仕掛けてきたのだ。指環の効果の範囲外なので、カークは無防備のまま耐えるしかなかった。
(やはり、関節に負荷が掛かっていたな)
攻撃に耐えながら、さり気なく彼女の身体を診たカークは黙って治療魔法を掛ける。意識を割くことで長持ちできた。
(解毒魔法でアルコールを飛ばすのは、無粋というモノだろう)
彼女のナカから全身へ隈なく治療を施し、完全に健康体となったことを確認する。魔法が良く効いたのだ。
(これで心置きなく楽しめるぞ)
だがカークは若く、経験不足であった。
(彼女には明日も公演があるんだ)
底抜けの体力を有するカークだが、優しくもてなしてくれた三毛猫娘を思いやる。
やがて二人は穏やかな眠りに就いた。
◇◇◇
「わ、悪い黒猫さんだニャ」
別れ際にもう一度キスをねだったカークは、三毛猫娘に掌の肉球で胸をフミフミされる。
◇◇◇
『尻尾が弱点ダニャ』
今朝はフェアリーの言葉が、やけに鋭く心へ突き刺さった。
続く
R15でした。




