第三十二話:お土産
第四章は奇数日の十二時に投稿します。
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「待ち人が居る」
エプロンを着けた太い眉と大きな鼻の男が、カウンターの中から声を掛けてきた。
「奥の個室だ。案内しよう」
まだ何もオーダーしていないカークは、その男に連れられて店内を移動する。早い時間帯なので、店内に他の客は少なかった。ここは<青翠亭>という小さなレストランで、彼は夕飯を食べにきていたのだ。
勿論<互助会>の店である。
『エルフさんデスヨ』
フェアリーが教えてくれた。
(……いやはや、なんとも。この町にエルフの知り合いは居なかったと思うが……)
無表情を装おうカークは、互助会との相性について考える。
「どうぞ」
ノックに応じて男の声がした。
「お連れしました」
エプロンの男は、ドアの手前で言う。
「ありがとう」
部屋の中から応える。
「失礼します」
促されたカークがドアを開けた。四人掛けのテーブルには、バケツ形のワインクーラーが置かれている。他には、大皿に並べられたチーズとクラッカーがあった。
「初めまして」
席を立って出迎えてくれたのは、金髪で背の高いエルフの男だ。色白で痩せており若く見えるが、落ち着いている表情からは年齢が読み取れない。恐らくかなりの年齢なのだろう。
「ニコラスと申します」
穏やかな笑顔で挨拶する。
彼は白い長袖のシャツにモスグリーンのベストを重ねており、いかにもエルフらしい服装だった。
「カークです」
既に知られているだろうが、一応名乗っておく。
『猫ちゃんデスネ』
フェアリーの声に視線を移すと、ニコラスが座っていたと思われる椅子にホンノリと光る猫が居た。
『綺麗な眼をしてイマス』
身体は白いが、顔、耳、足、尻尾がチョコレート色をした、ポインテッドカラーのシャム猫だ。楔形の整った顔立ちで、アーモンド形をした眼のエメラルドブルーが美しい。
「では、こちらへ」
ニコラスは自然に猫の隣の椅子へ座り、カークは向かい合わせに着席する。
「まずは喉を潤しましょう」
おもむろにワインクーラーから撫で肩のボトルを取り出し、タオルで水を拭き取ると慣れた手付きで栓を開けた。プシュッと空気が抜ける音が止まるまで、右手で栓を押さえている。
静かに細長いグラスへ注がれたのは、スパークリングワインだった。
「導きに乾杯」
眼の高さへ持ち上げたグラスを軽く振る。カークもその仕草を真似た。
「紹介が遅れました。彼女は私のバートナーで、シーと呼んでいます」
大人しく隣席に座るシャム猫を眺めて、ニコラスが教えてくれる。猫のシーはカークだけではなく、紋白蝶とフェアリーにも頷いて挨拶をした。
「フェアリーと紋白蝶です」
カークも仲間を紹介する。
「宜しく」
ニコラスは笑顔で応えた。
「さて、本日カーク殿には、お礼をお伝えしたいと思っています」
ワインのお代わりを注ぎながら、優雅な口調でニコラスが告げる。絵に描いたような美男子だ。
『先日は、私の友人を救出していただきまして、誠にありがとうございました。彼はとても大切な人物だったのです』
笑顔のまま、突然心へ話し掛けてくる。
『他人には聞かれたくない事情があります』
戸惑うカークを静かに見詰めながら、穏やかな表情で話を続けた。
『伝えたい言葉だけ聞こえマスヨ』
フェアリーがテレパシーの使い方を教えてくれる。この室内では、ニコラスからカークへと魔法を繋げているようだ。
『この指環を進呈します』
小さな袋を手渡してくれる。とても柔らかくて滑らかな手触りだった。
『悪意を持った精神的な脅威を、ほぼ全て反射する魔法が込められています』
取り出してみると、シンプルな細い金の指環だ。
『副次効果として、今のような簡易版テレパシーが使えます』
丁寧な話し方を崩さない。
『指に嵌めていなくても構いません。魔除けの鈴と一緒にして、腰から提げておくとよいでしょう』
何もかもお見通しのようだ。
『帝国にも反社会的勢力と呼ばれる組織が、残念ながら幾つか存在しています』
テレパシーで会話を続ける。
『私の友人を拉致監禁した者達や、古代人の霊廟を暴いた教会内の武闘派。帝国の支配に対する抵抗勢力など、カーク殿の脅威となる可能性を持っています』
チーズを乗せたクラッカーを食べているが、テレパシーには関係ない。
『この<互助会>に所属するメンバーへ、逆恨みを抱く恐れがあるのです』
シャム猫のシーは前足を折り曲げて、大人しく香箱を作っていた。リラックスしているようだ。
『森林資源はエルフが、鉱物資源はドワーフが、その基本使用権を握っています』
話が変わった。
『普段は人間の政治に関わりませんが、ある程度の介入ができるように作られたのが<互助会>です』
衝撃の事実だ。
『両種属ともに莫大な資産と、少なくない影響力を持っているので、どうぞ安心してください』
その他では、ノームが信仰を、ホビットが情報を担当しているらしい。人間は生産と消費である。
『もう一つ、お土産を預かってきました』
ニコラスが草で編まれた手提げ鞄を、そっとテーブルに置く。
『新鮮な<ネクタル>と<アムブロシア>です』
仄かに甘い香りが漂う。
『お互いに共通の知り合いから、と言えばお分かりいただけると思います』
テレパシーでも名前を告げない。
『この部屋であれば私の結界が有効なので、安心してお召し上がりになれます』
シャム猫のシーがアクビをした。
「いただきます」
カークは手提げ鞄を受け取る。
『久し振りデスネ』
食いしん坊なフェアリーが光った。
陶器製のスキットルからネクタルを飲み、世界樹の葉で包まれたアムブロシアを食べる。とても懐かしい味がした。シャム猫のシーには一口お裾分けだ。
『ここの支払いは私に任せてください』
少ない量だが満腹していた。
『それでは導きのままに。またお逢いしましょう』
満足したフェアリーを連れて、カークは独りで店を後にする。
◇◇◇
(……これは、魔力が増えたのか?)
翌朝、トラベラーズ・インで目覚めたカークは、二日酔いにも似た目眩を感じた。夢を見たはずだが、何も覚えていない。
『確認シマス』
フェアリーもどこか物憂げだ。
『魔力量が三倍に増えていマシタ』
カークの身体を調べた結果を教えてくれる。
『ネクタルとアムブロシアを摂取した効果デスネ』
彼もそんな気がしていた。
『普段から全身に魔力を循環させまショウ』
身体能力が二倍に強化されるらしい。筋肉や骨格の耐久力が増すことで、大きな出力が可能になるのだ。
『新しい魔法も覚えてイマス』
フェアリーは少し元気になっていた。
『これは<呪文封印>の魔法デスネ』
相手の呪文を封印することで、魔法を使えなくする効果がある。
『シスター・メリィほどの高位は無理デスヨ』
クリフト神父ならば、五割の確率で魔法を封印できるそうだ。
(人に対して魔法を使ってくる相手と、敵対する可能性が増えるのか?)
カークは悩む。
(ニコラスに貰った指環は悪意を反射する)
不意討ちを防げるのだ。
(そして<呪文封印>か)
恐らく古代人のアーク・リッチには、レジストされてしまうだろう。
(強制睡眠との使い分けを、シッカリと考えておかなければならない)
これまで経験がない困難が待っているのだ。
『もう一つ覚えていマシタ』
フェアリーが光っている。
『コッチは<完全解毒>の魔法デスネ』
治療魔法の殺菌効果よりも強力で、解毒される対象範囲も広い。肉や魚の腐った部分を分解し、完全に無毒化できるのだ。体内のアルコールも飛ばせるので、二日酔いには重宝するだろう。
(ヒュージ・スコーピオンやキラービーなど、昆虫系の毒に対しても有効なのか)
フェアリーの説明を聞きながら考える。
(しかし、魔法や毒への対策が必要になるとは、まるで傭兵か戦士みたいだな)
自分はソロの旅商人であるはずだ。
(これから何が、待ち受けているのだろうか)
カークは新たな魔法を覚えた喜びよりも、予測不能な前途に不安を感じる。
『魔力循環を練習しまショウ』
フェアリーは笑顔で前向きな発言をした。
続く