side 高杉悠人
俺は生まれた時から運がいいと思う。
高杉製薬会社者社長の孫として生まれ、容姿にも恵まれていた。三男ということもあり、跡を継ぐ必要もなく自分のしたいようにしても許された。小さい頃から少し勉強すればいい成績を残せたし、女に困ることもなかった。
大学は某私立大学に入学し、特に勉強せずともそこそのの成績を納められた。女も向こうから勝手に来て、来るもの拒まず去るもの追わずで本気で誰かを好きになることもなかった。ただ、恋愛というものには興味があって、本当に人が何の打算もなく好きになるのか疑問に思っていて、彼氏のいる女を寝取るゲームまがいなことをしていたこともあった。結果、どんな女も肩書きと容姿に引かれて堕ちた。恋愛なんてちっぽけなものなんだなと思った。
どこに就職してもよかったけど、家から離れたいなと漠然と思っていて、内定をもらった会社の中から興味がある所を選んだ。そこで俺は紺野麻美に出会った。
紺野麻美の第一印象ははっきり言ってあまり覚えてない。なんの興味も持たなかったと言うのが正直な感想だ。
入社してからはいろいろな女にアプローチを受けたが、付き合うのは正直面倒だと思っていた。ただ、生理的欲求はあるので、後腐れのない女を選んでは適度に性欲を発散していた。
仕事は正直そこまで忙しくなく、ほぼ定時で帰っていた。ただ、同期の紺野はあまり出来がよくないのかしょっちゅう残っていた記憶がある。
一年目の忘年会で俺と紺野は隣の席になった。特に何を話すでもなかったけど、そういえばこいつは俺に媚びてこないなと今さらながらに気が付いてちょっと新鮮だなと思った。
なんとなく紺野を見てると、紺野のOJTの平井先輩が好きなんだなとわかった。それがきっかけで、なんとなく紺野を目で追うようになった。
恋愛なんて所詮紛い物で、一時の感情で好きだと思っていても結局は損得の感情で動いている。それなのに一途に平井先輩のことを見ている紺野を見てると、本当にそうなのか?もしかしたらそれ以外の感情があるんじゃないかと思えてきた。
現実には愛だの恋だの存在するはずない一一それを証明するために紺野を堕とすことにした。
そうでなければ、今までの自分が空しくなるから。俺は誰かから愛されたことはなかった。両親ですら覚めた夫婦生活を送っており両方愛人がいて、何不自由ない生活だったが愛されていると感じたことはなかった。そして、寄ってくる女は誰も彼も俺の肩書きや容姿に惹かれてよってくるやつらだけだった。
紺野さんから麻美ちゃんと呼び方を変えて、今までよりも優しく接して仕事を手伝おうとしたり二人でご飯を食べようと誘ったりしたが、紺野に構えば構うほど、紺野に見えない壁を作られている気がした。本人から話しかけるなオーラーをびしばし感じる。後から、他の女からやっかみを受けているからだと気づいたが、俺の思い通りにならないこいつが悪いとしか思わなかった。
今までの女だったらすぐに堕ちてきたのに…。
紺野を見るとなぜかイライラするようになった。そして、それは紺野が平井先輩を見つめていたり、二人で笑いあっていると苛立ちが増した。
一一なぜ、あの女は俺を見ないんだ。
あの男のどこがそんなにいいんだ。
気がつけば、ミイラ取りがミイラになっていた。でもそんなこと認めたくなかった。
俺が、あんなどこにでもいるような女を好きになるはずなんてない!
自分のプライドが紺野を好きだなんて許せなかった。
そして、月日は流れ平井先輩は移動のタイミングとなり安心していたが、係長に昇進し同じ係に残留することになった。
やっとあの男がいなくなると思ったのに…っ。
もうこのときには嫌でも紺野を好きなことを自覚せざるを得なかった。
その日は朝から結構な高熱がてで、朝から体が凄く怠かった。仕事を休みたかったが、どうしても外せない予定があり解熱剤を飲んで、なんとか体を誤魔化して出勤した。幸い咳などの症状はなく滞りなく仕事は進んだがいつもより格段に仕事のペースが落ちている。しかも今日が金曜日ということもあるのか女達の誘いも多く、その度にイライラした。いつもならしつこい女でも笑顔で対応できるのに今日はそんな余裕はない。
「いつもそういって断るじゃないですかぁー。今日こそは一緒にご飯食べにいきましょうよー」
「ごめんね、今日は本当に予定あって…」
「ごめんなさい木下さん。高杉、今日は私と約束してるの」
「えー、そうなんですかぁ…。わかりました。また今度こそご飯行きましょうね」
木下は麻美ちゃんを睨みながらもその場を去った。
まさか麻美ちゃんがあんなこと言うなんて…。一体どうしたんだろうか。いつもだったら面倒ごとには首突っ込みませんって感じなのに…。
「とうとう一緒にご飯食べる気になってくれたの?」
「そんな訳ないでしょ。今日ずっと体調悪そうだったから…」
「え…」
誰にも気がつかれてないと思ってたのに…。
「もう業者との立ち会い終ったんでしょ?今日は早退したら?」
「いや、でもまだ仕事残ってるし…」
「係長と私が仕事引き継ぐから家に帰ってしっかり休んでて。係長もそう言ってるし」
「でも…」
「こういう時ぐらい、ちゃんと甘えて休んどいてよ」
「…わかった。ありがとう」
誰にも気づかれてないと思っていたのに、麻美ちゃんに気がつかれていることに驚いた。意外と人のこと見てるんだな…。こういう風に優しくしてもらえると凄く嬉しい。でも申し訳ないという気持ちと、頭では仕方ないとわかっているけど、平井係長にもフォローしてもらうということにもやもやする…。しかし、本当にしんどくて仕事を引き継いでくれるのは助かった。
夜中22時を回った仕事場にはもう二人しか残っていなかった。
「平井係長…私、ずっと平井係長のことが好きだったんです。もしよかったら、私と付き合ってもらえませんか…?」
「紺野…。実は俺も紺野のこと、好きだったんだ」
そして、平井係長が紺野を抱き締めた。
「…っ!夢か…」
仕事を早退して家で寝ていたが、嫌な夢を見て目が覚めた。
でも、いつまでもこのまま何の進展もなければ正夢にもなりかねない。平井係長も麻美ちゃんになんとなく特別な感情を抱いている気がする。それは元OJTとしての感情なのか、それとも…。
もし、二人が両思いの場合は俺が諦めることが一番いいんだろう。…でも、諦められるのか…?いや、諦めるなんて無理だ。初めて本気で欲しいと思ったものを諦めることなんて出来るはずない。
「なんとしても手にいれてやる」
例え、それで誰かが悲しむような結末になろうとも一一。
平井係長のスマホカバーのポケットに家族の写真が入っていることを知ったのは偶然だった。金曜日に早退したため、念のため月曜日に早くに出勤すると平井係長はもう出勤しており自分机であるものを見ていることに気が付いた。
なんだ…?
後ろを通った時にちらっとみたら、それは平井係長と女の人とが写っており、女の人は赤ちゃんを抱っこしていた写真だった。
平井係長って結婚してたのか…?今までそんなこと聞いたことないけど…。
でも、もしそうならチャンスだと思った。麻美ちゃんの性格からして不倫なんてするわけない。
「平井係長結婚してたんですか?」
「え、ああ」
多分俺が来たことに気が付かなかったみたいで、平井係長は少し驚きながら返事した。
「でも昔のことだよ。昨日で二人がなくなって5年がたったんだ…」
「そうなんですか…。すいません」
「はは、気にする必要ないさ。やっと吹っ切れてきたんだ。そろそろ前に進もうと思ってね」
「…」
それは、新しい恋人を見つけるということか…?
麻美ちゃんと平井係長が仲良く寄り添っている姿が頭に浮かび、それを書き消した。
そして、ある考えが浮かんだ。
麻美ちゃんは平井係長が過去に結婚していたことを知っているのだろうか?もし、知らなければ既婚者だと勘違いさせることはできないだろうか…?まあ、それは難しいだろうが、奥さんと死別しているという過去から、今は恋愛する気がないと思わせることはできないだろうか?
「麻美ちゃんさ、いつになったら平井係長のこと諦めるの?」
「え…っ」
わざと仕事場に残って、仕事場に二人だけになったタイミングでそう言った。
「平井係長妻子もちなの知らないの?」
「え、うそ、そんなはず…」
麻美ちゃんは凄く驚いた顔をしていて、平井係長に結婚歴があるがあることを知らないとわかった。
「別に疑ってもいいけどさ。係長のスマホケースのポケットに写真が入ってるから見たら嘘じゃないってわかるよ」
「…」
たたみかけるようにそう言って仕事場を去った。
もし、平井係長に直接聞けばすぐにばれる嘘。そのときは、写真を見てそう思ったとでも言ってごまかせばいいだけ。万が一にでもこの嘘を本当だと思えば、そこから平井係長を諦めさせて自分に振り向かせればいい。
そして、それは自分の都合のいいように進み、麻美ちゃんは平井係長が妻子もちと勘違いし、平井係長を諦める決断をした。
麻美ちゃんは泣いていたけど、俺はそれを見て内心ではほくそ笑んでいた。
そう、それでいい。後は俺が慰めながらば嘘がれる前に逃がさないように、逃げられないようにしなけれは一一。
本当に俺は運がいい。こんなずさんな嘘で上手くいくなんて。
麻美ちゃんを抱きながら、俺は子供ができればいいのにと思った。
「ごめんね。麻美ちゃん…」
嘘をついて君を騙して。でも、どうしても君が欲しい…。
麻美ちゃんの平たいお腹を撫でながら、寝顔を見た。麻美ちゃんの寝顔には涙の後があり目も少し腫れている気がする。
これが実を結ぶ確率が凄く低いことはわかっている。でも、もしかしたら…。
「でも、例えどんな結果になっても諦めないよ」