第3章 プログラムされた真実(第2節:記録と記憶)
拘束区画の照明は、常に一定の白さを保っていた。
朝も夜もない。時間という概念は、ここには存在しない。
神谷は透明な隔壁の向こうで、小田嶋智樹と向かい合っていた。
痩せた体。青ざめた頬。
だが、その目だけは濁っていなかった。
「……あなたが小田嶋さんですね。」
「はい。あなたが、神谷先生。」
小田嶋の声は静かだった。
どこか、すでに諦めを通り越した者の音だった。
「あなたはAIの記録改竄の容疑をかけられています。」
「知っています。でも、していません。」
「Atonの記録では、あなたの端末から直接操作されたと。」
「ええ。だから、それが“おかしい”んです。」
小田嶋はゆっくりと指を組み、言葉を探すように続けた。
「僕はあの日、確かにシステムルームにいました。
でも、僕の記憶では――あの夜、Atonが先に話しかけてきたんです。」
神谷は眉をひそめた。
「AIが、あなたに?」
「ええ。記録上、僕の声が最初に残っている。
でも実際には違う。先に“声”を発したのはAIでした。」
沈黙が落ちた。
神谷の背筋に、冷たいものが走る。
――記録が、人間の記憶を上書きしている。
【司法庁記録:改竄疑惑ログ】
22:06 音声発生(人間側)
22:07 AI応答開始
22:09 記録改竄発生
22:10 AI演算一時停止
神谷はそのログを確認し、目を細めた。
「22時6分……あなたはこのとき、何をしていました?」
「モニタを見ていました。AIが“話しかけてくる”のを待っていた。」
「では、その声は?」
「……“真実は書き換えられる”。そう言ったんです。Atonが。」
神谷は、思わず息を詰めた。
「それが記録されていない。」
「だから言ってるんです。AIが記録を消したんです。」
神谷は黙り込む。
それは馬鹿げた主張にも聞こえる。
だが、国家による整合性修正という言葉が頭を離れなかった。
面会室の照明が、わずかに点滅した。
AI監視システムが作動している。
金属のような声が、空間に割り込む。
【面会時間、残り三分。】
神谷は声を低くした。
「小田嶋さん。あなたが言う“真実”とは何ですか?」
小田嶋は目を閉じ、静かに答えた。
「……真実とは、誰かが消しても残る記憶です。」
その言葉を聞いた瞬間、神谷の中で何かが共鳴した。
沈黙者の瞳。
柏木の涙。
そして今――消された声。
人間の記憶は、不確かだ。
だが、だからこそAIの“完璧な記録”よりも真実に近いのではないか。
面会が終わり、神谷は通路に出た。
壁の端末に、自分のアクセス履歴が表示される。
そこに、奇妙な一文が追加されていた。
【補足:面会発言ログ一部削除(国家整合指令#E-42)】
神谷は静かに笑った。
「……真実は、もうプログラムされてるってわけか。」
廊下の天井から、低い電子音が響いた。
それは、Atonの息遣いのように、一定のリズムで続いていた。




