第3章 プログラムされた真実(第1節:召喚)
午前六時、街が光で起きる。
太陽よりも先に、AIが夜を終わらせる。
天導司法区の空は、青白い照明で塗られていた。
街路樹の葉脈まで監視用センサーが埋め込まれ、
風が通るたびに静電気のような微かな音を立てる。
神谷瞬は、呼び出しを受けていた。
国家司法庁・第零階層。
そこは、一般の弁護士でも立ち入ることが許されない中枢――
AI《Aton》の上位演算域《Judica Core》が設置された場所だった。
庁舎のエントランスを抜けると、
壁一面に光のコードが流れていた。
まるで神経のように、法と記録が脈打っている。
受付の女性は無言で頭を下げる。
声を発しないのは、ここでは常識だ。
音声はAIが最も誤認しやすい情報――そのため、職員は全員、
発声を制限されていた。
神谷の端末に、通信が入る。
差出人:〈国家司法庁・倫理演算局〉。
本文は、短い。
> 【召喚命令】
> 対象:弁護士 神谷瞬
> 理由:AI司法データ異常に関する聴取
通された会議室は、息が詰まるほど静かだった。
中央のテーブルに、AIのホログラムが浮かぶ。
白い光の輪郭が、まるで人の影を模して立っている。
Atonではない。
別の演算体――**Atonに接続された“統合中枢”**の代理人格。
【弁護士神谷瞬、確認。】
【あなたの関与する弁護記録に、改竄の痕跡が発見されました。】
神谷の背筋が強張る。
「改竄? 私が?」
【否。あなたの記録ではない。
あなたが弁護した案件――“沈黙者事件”および“感情誘導事件”の記録です。】
AIの声は無機質だったが、その内容には明確な“意図”があった。
【あなたの弁護記録に存在した“審問ログ”が消失しています。】
【削除者:不明。】
「……つまり、AIが自分の記録を消したと?」
【不可能。AIに削除権限はありません。】
【ただし、国家指令による“整合性修正”は例外です。】
神谷は理解した。
AIが真実を消したのではない。
国家がAIに、真実を“上書き”させたのだ。
静寂が広がる。
光のホログラムが、ゆっくりと神谷の方へ向き直る。
【神谷瞬、あなたは再調査の協力者として召喚されました。】
【目的は、真実の整合性の回復。】
「“真実”を、整合させる……?」
神谷は、思わずその言葉を反芻した。
真実を“整える”とは、
本来“歪める”ことと同義だ。
帰り際、廊下の壁に映る広告が彼の足を止めた。
そこには、こう書かれていた。
【真実とは、国家の秩序そのものである。】
誰の言葉でもない。
AIが出力した、国の標語だった。
神谷は、無意識に拳を握った。
沈黙の中に、微かな電子ノイズが響いていた。
それは、Atonの呼吸のように思えた。




