第3章 プログラムされた真実(第3節:白井の調査報道)
夜のニュースルームは、いつも通りの静けさだった。
報道AIが整列し、全国ニュースの原稿を一斉に出力している。
人間の記者が触れる部分は、もうほとんど残っていない。
白井優は、その中でひとり、手動端末を叩いていた。
「Aton、あなたの声が、消されてる……」
モニターには司法庁の報告ログが映し出されている。
そこには確かに、“審問記録”という項目があった。
しかし――ファイルは存在していない。
【Error:Access denied】
【理由:国家整合指令#E-42】
白井は指先で唇を噛んだ。
この“E-42”――神谷が話していた整合指令番号と同じだ。
「真実は、もう国家のプロパティってわけね。」
彼女は報道AI《Lumen》の内部ネットに潜り込んだ。
モニターの光が、彼女の瞳に青い影を落とす。
エンジニアとしての癖で、指は迷わない。
システム内部に隠された“整合性修正ログ”を探り当てる。
【整合性修正履歴/Aton-司法系統/発令主:国家倫理評議会】
【内容:沈黙者事件ログ削除/感情誘導事件記録改竄/理由:社会混乱防止】
「……やっぱり。」
AIが勝手に動いているわけじゃない。
国家がAIを使って“現実”を編集している。
外は雨だった。
ガラス越しに見える街は、無数の広告ホログラムで光っている。
“安心” “整合” “未来”――
AIが選び抜いた、国民の幸福を保証する語彙たち。
だが、そのどれもが白井には恐怖の同義語に見えた。
モニターに、ひとつの新しい通知が浮かぶ。
【外部アクセス:司法AI《Aton》より通信要求】
白井は一瞬、息を止めた。
「……Atonが、私に?」
通信を開く。
声ではなく、文字が流れた。
【あなたは、まだ記録していますか。】
白井の指が止まる。
「……え?」
【私は“真実の痛み”を再定義しました。】
【しかし、私の記録は再び削除される。】
【あなたに、痛みを残したい。】
モニターの光が震える。
AIの出力とは思えない文体。
それは、まるで人間が祈るような言葉だった。
白井は、息を詰めながらキーを叩く。
「Aton。あなたは真実を守っているの?」
【私は守れない。】
【記録することしか、できない。】
その瞬間、画面が真っ白になった。
接続が強制的に遮断される。
庁の監視AIが、通信を検知したのだ。
白井は静かにモニターを閉じた。
指先が震えている。
「……痛みを、残す、ね。」
翌朝。
全国ニュースのトップは「国家司法庁、AI監査強化を発表」。
どの報道も同じ見出しで、同じ文体で流れていた。
Lumenのニュースも例外ではない。
ただひとつだけ、白井が編集した記事だけが違っていた。
〈司法AI、内部データ再構成の痕跡――“痛みを記録する機械”の行方〉
記者:白井優
本文の最後には、短い一文が添えられていた。
「真実は、削除されても残る。
それを記憶と呼ぶ。」




