12. コミュ障なわけ
「!?!?!?」
声は聞こえないけど、凄く慌てている。珍しく表情筋が動いて、側近みたいなのが目を見開いているくらいに。
バンッと窓が開いて、腕が伸びてくる。そのまま掴まれ……え?
浮遊感。気がついたら室内の廊下にいた。呆けている私を置いて、ベネディクト様は膝をついてまでこっちをペタペタ触ってくる。
「ど、ぶ、け!?」
「どうやってって……普通に歩いてきて、塀は登ってですよ。無事です。怪我もないです。……だからそんな慌てなくても」
珍しく声が出たと思ったら一文字って。それ私以外だとわかんないですよ。ほら、側近さんが固まってる。
「な!?!?」
「なぜって、ベネディクト様のことが知りたかったから」
意味がわからないらしいベネディクト様。うん、いい気味。そして石化が解けた側近の熱視線が嫌だ。そんなにジロジロ見なくても。ちょっと嫌な顔をしていると、ベネディクト様が体で隠してくれた。いつもは首が痛くて大変だけど、大きい人はこういう時ありがたい。……しかしベネディクト様もじっと見てくる。何、何ですか。
「美しすぎる」
──なぜ今日はいつもと違った装いなんだ?
「いや、侯爵邸に普段の服は流石にダメかと……」
ドレスや貴族らしい品質の服を駄目にしすぎた結果、お母様が自ら縫い上げているのが普段の服。一見少し軽装くらいの普通の服のようだけど、内側の生地は安物で伸縮性があり、丈夫という作り。
「いつもの方がいい」
──皆が魅了されてしまっている。
「はぁ……」
相変わらずの誇張表現。そんな困った犬のような顔をされても困る。他人から見たら真顔だろうけども、私にはわかるのだから。
──とりあえず応接間に案内する。ついてきてくれ。
「行くぞ」
「はいはい」
見つかってしまったからにはしょうがないと大人しくついて行ったところで、後ろから足音が聞こえた。
「どなた?」
冷たい声。振り向くと、ベネディクト様と同じ瞳の銀髪の女性がいた。血統の力とは凄い。聞かなくてもわかる。
……ベネディクト様、まさかの母親と同居。ほとんどの代替わりをした貴族は別邸とか世界旅行でのんびり過ごしてるのに。
「ベネディクト・グランウィル。説明しなさい」
「はい。彼女はアリス・ブランシェット。以前雇っていたブランシェット夫人の孫です」
威圧的な雰囲気と、強張った返事。こういう時は話せるんですね、なんて茶化してあげたかったけど、どうにも顔色が悪い。今にも倒れそうなくらいだ。お祖母様はなんかベネ母に説教してるし。聞こえてないし視えてませんよ。
「聞きたいことではないとわかっているでしょう」
「学園の事業の際に知り合い、友人になりました」
まあ、うん、そうですけど。嘘は言ってないけど。わかってはいたし、だからここに来たんだけど。
……友人ですか。
「家督を継いだとはいえ、貴方には報告の義務があったはず」
「その通りです」
ベネ母様、そんな高圧的に言わなくても。ただの友人に、報告もクソもない。ただの友人には。
その後もベネディクト様を責めるような、会話とも言えない受け答えが続いた。どうにもベネディクト様の顔がいよいよ白くなってきたのが気になってきた頃、初老の執事がやってくる。
「ご子息様、あの方がお呼びです」
ベネディクト様のお母様の口撃がピタリと止まった。なんだこの間。
「……後で報告するように」
「御意」
家族で御意なんて言葉、使わないでしょうに。
なぜか全員揃って移動する。これは班か何かなんですかね。そろそろこっちを見たらどうです、ベネディクト様。
「あの方って誰です?」
──巻き込んでしまって、
「……すまない」
ベネディクト様が目を逸らす。
お祖母様はつまらなそうにプカプカ浮いていて、つまりそれ以上は何も言ってない。
「旦那様、ご子息様をお連れしました」
「入れ」
執務室のような部屋の真ん中に、両肘をついた男性がいた。濃紺の髪にアイスグレーの瞳。これまた血が濃く、ベネディクト様のお父様だとすぐにわかる。
「事業に優先したいと言っていたのは嘘だったのか」
「い……え、そのようなことは」
「……私に口答えするのか」
ベネディクト様を尋問しているベネ父。その父を黙って睨みつけているベネ母。実に最悪な空気。怖くはないけど気分のいいものじゃない。
「いえ、そのようなつもりは」
ベネディクト様がコミュ障なの、絶対この環境のせい。
さてどうぶち壊そうかと考えていた時、お祖母様が何か思いついたように手を叩いた。何やらスケッチブックに書き込んでいる。はぁ……へぇ……なるほど。なんだそれ。
「答えろ、ベネディ……」
「素直になったらどうですか?」
部外者が発言して、沈黙。
嫌な空気は壊すに限る。やはり破壊こそが正義なのかもしれない。お祖母様も頷いている。
──以下ベネ父母の内心
──ああ、レイラ様。今日も美しい。年々輝かしさが増している。
──ニコラス様の声、素敵。どうしてこんなに耳に残るの? またずっと会えないのだろうから、しっかり聞いておかなくては。
喜劇か? こんな吹雪みたいな雰囲気出しといて?




